関西大学・栗田隆:著作権法注釈

著作権法 第42条(裁判手続等における複製)

 著作物は、裁判手続のために必要と認められる場合及び立法又は行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合には、その必要と認められる限度において、複製することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。


目次文献略語

1 本条の趣旨

本条は、司法・立法・行政の円滑な遂行のために、著作権者の経済的利益との調整に配慮しつつ、複製権の制限を認めた規定である。裁判手続のために必要となる場合には、他の場合と異なり、裁判所の構成員のみならず、当事者も本条の複製権を行使することができる。著作権が憲法32条の裁判を受ける権利の円滑な行使の妨げとならないようにするためである([田村*1998a]203頁)[1]。本条により複製をした者は、複製の目的に従い、複製物を裁判所・相手方当事者、会議の出席者等に譲渡することができる(47条の3)。

2 裁判手続で用いる場合

本条により複製することができる者と複製の態様
裁判官や検察官は、判決や起訴状等の作成のために、他人の著作物を複製することができる。複製の態様の例:

他方、裁判所が当事者の主張や陳述あるいは証人の陳述の内容を判決のなかに取り入れ手複製することは、本条によるというより、裁判の基礎資料となるべく主張あるいは陳述されたこと自体により許されるとみるべきであろう。これらについては、43条1号では認められていない翻案も許されるべきであり、また、代理人の主張については、原告あるいは被告の主張と表示することも許されるべきである[2]。

事件の当事者・代理人も、裁判手続のために必要な範囲で、本条により複製することができる。手続が現に開始されている必要はなく、訴えの提起等の準備のために複製することも認められる([田村*1998a]203条)。複製の態様の例:

当事者等は、裁判所に提出するものについてのみならず、相手方当事者に送付する副本についても本条により複製することができる。外国語で書かれた文書については、翻訳することもできる(43条2号。民訴規則138条1項参照)。当事者等は、準備書面等を裁判所や相手方にファックスにより送信する方法で提出あるいは直送することができるが(民訴規則3条1項・47条1項)、これも本条の複製の範囲に入る(公衆に向けて送信するわけではないので公衆送信にはならず、ファクシミリ送信の結果が複製となる)。

本条は、鑑定人にも適用がある。調査の嘱託を受けた団体についても(民訴186条)、調査の回答に必要な範囲で、本条の適用を認めるべきである。

裁判手続の範囲
裁判手続の代表例は、民事訴訟法による判決手続およびこれに付随する決定手続、並びに、刑事訴訟法による公判手続である。国民が裁判所に権利の実現あるいは紛争の解決を求める次の手続を含めてよい。

特許庁の審判手続など、行政庁の行なう裁判に準ずる手続においても、本条による複製が認められる(40条1項カッコ書)。

他方、弁護士が法律相談に来た者に法的助言を与えるにとどまる場合をこれに含めることはできないであろう。

3 立法機関および行政機関の内部資料としての利用

本条の「立法」は広義であり、立法機関には、国会のみならず、地方公共団体の議会も含まれる。行政も同様に広義であり、行政機関には、国の行政機関のみならず、地方自治体あるいは司法行政権を行使する裁判所も含まれる。

これらの機関の構成員は、立法又は行政の目的を達するために内部資料として必要と認められる限度で、本条により複製することができる。外部に配布することは目的外使用となり、著作権者の同意等がない限り許されない(49条)。

4 目的外利用の禁止

本条により複製されたものを、その目的以外の目的のために、当該複製物を頒布し、または当該複製物により当該著作物を公衆に提示した者は、21条の複製をしたものとみなされ(49条1項1号)、また目的外に譲渡することは規許されない(47条の3但書)。著作権者の利益を守るための規定である。したがって、そのような行為は、著作権者の承諾がある場合あるいは他の著作権制限規定が適用される場合を除き、許されない。43条2号により作成された翻訳の複製物の頒布および複製物による公衆提示についても、同様である(49条2項1項)。目的外利用を防止するために、複製物に本条による複製であることを明示しておくことが望ましい。

もっとも、本条による複製物が訴訟記録に含まれると、民訴法91条により自由閲覧に供されるが、これは公正な裁判を保障するために民事訴訟法により認められた例外であり、49条1項1号の対象外と考えるべきである。また、判決の中に取り込まれて複製されると、その判決が13条により自由に利用されることになるが、これも49条1項1号の対象外と考えるべきである。

5 著作者人格権との関係

同一保持権・氏名表示権
本条による複製も著作者人格権に服し、同一性保持権、氏名表示権を害することはできない。複製者は、著作者の氏名を表示する義務を負うのみならず、出所を表示する義務も負う(48条)。

公表権
公表権を害することができないのも原則である。本条の規定により複製することができるのは、公表された著作物に限られず、未公表の著作物も複製できるが、著作者の公表権が本条により制限されるわけではないので(50条)、公表となるような形での利用は禁止される。立法または行政機関での利用については、「内部資料として」という要件が課せられているので、これにより公表権の侵害が多くの場合に防止される。未公表の著作物の複製物を審議会などで配布することは公表となるので、著作者の承諾が必要である。

裁判手続では、訴訟記録の自由閲覧の原則が定められているので(民訴91条)、本条により複製される未公表著作物の取扱いが重要な問題となる。著作権法の立場からは、未公表著作物は訴訟記録の一部となった場合でも著作者の公表権は維持され、著作者は公表を差し止めることができると考えたいところである。他方、民事訴訟法の立場からは、公正な裁判の実質的保障のために訴訟記録は公開されるのが原則であり、閲覧制限は重要な秘密に関してのみ認められる(民訴92条)。両者の間の差異をどのように解決すべきかが問題となるが、憲法82条に裏付けられた民事訴訟法の立場を優先させるべきであろう。未公表著作物は民訴法92条の秘密の記載された部分に該当すると主張することは、意味がない。民事訴訟法92条は、未公表であることのみを理由に閲覧を制限できるとはしておらず、閲覧制限を民訴92条1項各号所定の要件を満たす場合に限定しているからである。92条の閲覧制限の対象となりえない未公表著作物は、著作者の意思に反しては裁判手続において利用しえないという解釈をとることも無理であろう。裁判手続は、権利の救済・正義の実現を目的としており、国民はその目的の実現に協力すべきであり、そして、裁判の正当性の担保のために訴訟記録の閲覧自由の原則も維持すべきである。著作物が判決の中に取り込まれた場合には、閲覧制限の余地もない。もっとも、証拠収集方法が違法あるいは公序良俗に反するために、証拠能力が否定される場合には、証拠となるべき著作物は訴訟記録から除外されるべきであろう(証拠となる日記が証拠の申出をする当事者により盗み出されたものである場合などがこれに該当しようと)。

6 その他

本条による複製については、35条の場合と同様に、著作権者の利益保護のために、但書による制限がある。主として複製物が市販されている著作物について問題となる。

7 外国法

オーストラリア著作権法(COPYRIGHT ACT 1968 )[R103]


1999年9月7日− 1999年9月7日