関西大学・栗田隆:著作権法注釈
著作権法 第26条(頒布権) |
(1) 著作者は、その映画の著作物をその複製物により頒布する権利を専有する。 (2) 著作者は、映画の著作物において複製されているその著作物を当該映画の著作物の複製物により頒布する権利を専有する。 |
映画は、多数の人員を動員して多額製作費をかけて製作されるのものが多く、投下資金の回収のために、上映用映画フィルムを映画館に賃貸するに止めることにより、製作会社が上映用映画フィルムの流通に強力な支配権を保持するという取引慣行があったのを受けて、映画にのみ頒布権という強力な流通コントロール権(配給権・頒布権)が認められた。他面、頒布権と内容的に重なりこれより小さいないし弱い権利である譲渡権、貸与権は、映画については認められていない。
映画の著作物については頒布権が認められており、譲渡権の対象とならない。映画は、第一次的には劇場で上映されるフィルムに固定されたものを指すが([加戸*1994a])、技術の進歩をあわせて、「映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物を含む」ものとされている(2条3項)。映画の著作物の頒布権が、劇場用映画を主たる対象として創設されたという経緯があるため、「映画の著作物」ないし「頒布権の認められる映画の著作物」に該当するか否かが争われものがある。
単独では頒布権の認められない著作物であっても、その著作物が映画の著作物の中で複製されている場合には、著作者はその映画について頒布権を有し、これにより映画著の複製物の頒布をコントロールすることができる(26条2項・26条の2第1項第2カッコ書き)。
映画の1コマの写真(スチール写真)は、映画の著作物としての属性を有しないので、頒布権の対象とならない([加戸*1994a]158頁 )。
動画と音声を含むものが、すべて映画になるわけではない。また、映画に該当する著作物の複製物が電気冷蔵庫や電子レンジに不可分的に組み込まれた場合でも、これらの電化製品の流通を映画の著作権者の頒布権によりコントロールすることまで認めることはできない。同様に、映画以外の著作物が電化製品に不可分的に組み込まれた場合にも、電化製品の流通を譲渡権によりコントロールすることができるとすることは、適当ではない。著作物が電化製品に組み込まれる形で複製されることを許諾した時点でそれらの複製物について頒布権・譲渡権の放棄があったと考えるべきである。表計算ソフトや文書作成ソフトに映画の小品が組み込まれている場合にも同様に解してよい。両者をソフトウェアとして分離されているが同一のCD−ROMに収納されている場合にも、映画の著作物が従たるものである限り、同様に解すべきであろう。
頒布は、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与することをいう。有償であるか否かを問わない(2条1項19号)。複製物を上映することや公衆送信することは、頒布の概念には含まれない。もちろん、頒布に際して上映等に制限を付すことはできるが、それは債権的効力にとどまる。
頒布権者は、映画の著作物の複製物が誰の所有に属しているかに関わらず、それを他に譲渡することあるいは貸与することをコントロールすることができる。したがって、頒布権者からの直接の譲受人のみならず、その他の者に対して再譲渡にあたって自己の同意を得るように要求することも、貸与期間あるいは貸与場所を指定することも、海外への送出を禁止することもできる([加戸*1994a]158頁 )。頒布権は、複製物の流通をコントロールする権利であり、流通先でどのような用途に使用されるかをコントロール権利までは含まない([加戸*1994a]158頁 )。
映画以外の著作物については、平成11年法律77号により譲渡権(第26条の2)が認められたが、そこでは第1譲渡による権利の消尽が認められている。これとの対比において頒布権は譲渡によって消尽しない権利であることが規定上も明確になった。頒布権のうちの貸与する権利は、もともと消尽になじまない権利である。
映画の複製物を著作権者の許諾を得ずに公衆に頒布すること、または許諾条件に反して譲渡することは、違法である。違法頒布を行った者は、譲渡権者に対して損害賠償義務を負う。違法譲渡がなされる虞がある場合には、その予防のためにの措置を求めることができる。間接強制(民執172条)により強制されるべき頒布禁止命令が基本的予防措置となる。違法に頒布された場合には、適法に複製がなされていることを前提にした場合に、頒布権侵害のみを理由に複製物の廃棄請求を認めることは、過大な権利保護にも見えるが、それでも、譲渡権の「侵害の行為を組成した物」に該当し、「侵害行為の予防に必要な措置」として廃棄を請求できるとすべきである(112条2項)。
違法頒布とくに譲渡を受けたが、自らは違法頒布行為をしていない者に対しては、どのような請求ができるであろうか。113条の2の反面解釈として、違法頒布を受けた者がさらに頒布する行為は、譲受の当時善意無過失であるか否かにかかわらず、頒布権侵害となり、頒布権者は譲受人による頒布について差止請求権を有する。頒布権者が譲受人に廃棄請求することは、譲受人が頒布権侵害行為をしたか否かに依存しよう。彼が頒布権侵害について悪意である場合には、頒布権の共同侵害者であり、彼が頒布権侵害の形で取得した複製物の廃棄を頒布権者は請求できるとすべきである。その他の場合、つまり頒布権侵害について善意である場合には、彼自身は頒布権侵害行為をまだしていないのであるから、廃棄請求はできないようにも見えるが、しかし、映画の著作物であれば、頒布権が存在し、頒布権者の承諾がなければ頒布権侵害になるのが原則であることを考慮すると、譲受人が頒布権侵害の点について善意であるとの抗弁は、原則として認められないことになろう。廃棄請求をされた譲受人は、違法に頒布した者に対して損害賠償請求すべきである。
民事執行と著作物の頒布権との関係を、頒布権が存続している複製物が金銭債権者の満足のために差し押えられた場合について検討してみよう。執行官による売却は、原則として、公開の競り売りであり、この売却は買受の誘因が公衆に対してなされるので、公衆への提供にあたる。以下では、このことを前提にする。また、差し押えられた複製物が債務者の所有物であることも前提にする。
(a)債務者が同時に頒布権者である場合 この場合には、強制執行手続において執行官が複製物を差し押さえて公衆に売却しても、頒布権は消滅しない。(α)頒布権を消滅させない譲渡でも、債権の回収として十分であれば、それでよい。それでは不十分である場合には、(β)当該複製物について頒布権を消滅させる等の措置、または、(γ)当該複製物限りで頒布権を複製物とともに移転させることが必要である。頒布権の移転となると譲渡の度に対抗要件が必要となり、おそらく、高コストのこととなろう。頒布権を消滅させることも基本的には同じであるが、それども、頒布権消滅の登録は一度すればよいであろう。理論的には、この方法が優れているが、ただ、著作権登録制度の中で、頒布権消滅登録制度が用意されているか言えば、疑問である。手続上の理由によりこの方法が採れないとなれば、現行法上は、(α)の方法に限られる。
(b)債務者が頒布権者でない場合 債務者が頒布の許諾を得ていない場合には、頒布権者は頒布権に基づいて売却を妨げることができ、そのために三者異議の訴え(民執法38条)を提起することができる。
動産執行においては、差し押えられた動産が債務者の責任財産であるか否かは、占有という外形に基づいて判断される。債務者が占有しているが第三者の財産である場合には、第三者の方から執行の不許を求めて第三者異議の訴えを提起しなければならないとの原則がとられている。これは、迅速な執行の実現のために採用された原則であるが、り、著作権者が頒布権に基づいて執行売却を阻止できる場合にまで妥当させることは困難であろう。第三者の頒布権の存否は、複製物が映画フィルムであるといった外形から明らかであり、また、たとえ売却したところで買受人が頒布権者から頒布の差止迷宮を受けることになり、執行売却信用が害されることになるからである。執行官は、第三者の頒布権の対象となりうる動産を差し押えた場合には、頒布権者の承諾が得られない限り、売却をすべきでない。
WIPO著作権条約[R102] 6条(頒布権)
韓国著作権法[R107] 20条(配布権)
合衆国著作権法[R101] §106(3)(譲渡権)、§109(消尽)。
ドイツ著作権法[R109] 15条1項2号・17条(頒布権)、17条2項(頒布権の消尽)
オーストラリア著作権法(COPYRIGHT ACT 1968 )[R103] SECT 38 (Infringement by sale and other dealings) /日本法113条に対応、SECT 44A (Importation etc. of books)
カナダ著作権法[R104] Secondary infringement ---27.(2) 日本法113条に対応