関西大学・栗田隆:著作権法注釈

著作権法 第26条の2(譲渡権)

 (1) 著作者は、その著作物(映画の著作物を除く。以下この条において同じ。)をその原作品又は複製物(映画の著作物において複製されている著作物にあつては、当該映画の著作物の複製物を除く。以下この条において同じ)の譲渡により公衆に提供する権利を専有する。
 (2) 前項の規定は、著作物の原作品又は複製物で次の各号のいずれかに該当するものの譲渡による場合には、適用しない。
   1 前項に規定する権利を有する者又はその許諾を得た者により公衆に譲渡された著作物の原作品又は複製物
   2 第67条第1項若しくは第69条の規定による裁定又は万国著作権条約の実施に伴う著作権法の特例に関する法律(昭和31年法律第86号)第5条第1項の規定による許可を受けて公衆に譲渡された著作物の複製物
   3 前項に規定する権利を有する者又はその承諾を得た者により特定かつ少数の者に譲渡された著作物の原作品又は複製物
   4 この法律の施行地外において、前項に規定する権利に相当する権利を害することなく、又は同項に規定する権利に相当する権利を有する者若しくはその承諾を得た者により譲渡された著作物の原作品又は複製物


目次文献略語

1 本条の趣旨

著作権者は、著作物の複製許諾に際して、複製物の譲渡について様々な条件を付すことができる。しかし、その条件は著作権者と複製権者との間の債権的の効力しかなく、これに基づいて、条件に違反して譲渡された複製物のその後の流通をコントロールすることはできない。そこで、著作物の流通を著作権者がコントロールできるようにするために、譲渡権が1999年法律77号により、本条において、譲渡権が創設された。映画の著作物については、譲渡権よりもさらに強力な頒布権がすでに認められていたので、映画の著作物は譲渡権の対象外とされている(1項カッコ書き)。

我が国がこのような一般的な譲渡権を認めにあたっては、次の国際的事情が影響していた。すなわち、すでにWIPO著作権条約あるいは英米独仏等の先進諸国の著作権法において一般的譲渡権(ないし頒布権)が規定されていて、国際的な著作権法の調和の観点から、我が国においても、頒布権の対象となる映画を除くすべての著作物を保護対象とする一般的譲渡権を創設することが必要であった([著作権審議会*1998c])[1]。

一般的譲渡権を認めるにあたっては、有体物たる複製物あるいは原作品の所有者の処分の自由、ならびに、取引の安全との調和を図ることが必要である。譲渡権が複製物または原作品のすべての取引に及ぶとしたのでは、この調和を保つことができないので、譲渡権は、本条2項の所定の取引には及ばないとされた。概括的に言えば、譲渡権は、譲渡権者またはこの者の許諾を得た者が原作品・複製物を他の者に譲渡した場合には、それ以降の譲渡には及ばない(譲渡権の消尽)。

譲渡権について消尽規定が置かれているのに対し、頒布権には置かれていない。頒布権は消尽しないことが明確になった。ある著作物が頒布権の対象となる映画の著作物であるか否かは、極めて重要ある。

譲渡権がもっとも効用を発揮するのは、違法に複製された著作物が譲渡されるときである。著作権者は、それを禁止することができる。このような譲渡は、譲渡者が事情を知っている場合には、113条により侵害行為とみなさる。譲渡権の創設前は、113条1項1号と112条により譲渡を禁止することができたが、今後は、譲渡権により直接禁止することができる。もっとも、そのような違法著作物が譲渡権に服するといっても、譲渡権が消滅しないことについて善意・無過失の取得者が再譲渡する行為は、取引の安全のために譲渡権に服さない(113条の2)。それでも、著作権者の権利は、次の2点で強化されている。

2 対象となる著作物

映画の著作物については頒布権が認められており、譲渡権の対象とならない。映画は、第一次的には劇場で上映されるフィルムに固定されたものを指すが([加戸*1994a])、技術の進歩をあわせて、「映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物を含む」ものとされている(2条3項)。映画の著作物の頒布権が、劇場用映画を主たる対象として創設されたという経緯があるため、「映画の著作物」ないし「頒布権の認められる映画の著作物」に該当するか否かが争われものがある。

いずれにせよ、頒布権の認められない著作物には、本条の譲渡権(および26条の3の貸与権)が認められる。

単独で譲渡権の認められる著作物であっても、その著作物が映画の著作物の中で複製されている場合には、著作者はその映画について頒布権を有し、これにより映画著の複製物の頒布をコントロールすることができる(26条2項・26条の2第1項第2カッコ書き)。

動画と音声を含むものが、すべて映画になるわけではない。また、映画に該当する著作物の複製物が電気冷蔵庫や電子レンジに不可分的に組み込まれた場合でも、これらの電化製品の流通を映画の著作権者の頒布権によりコントロールすることまで認めることはできない。同様に、映画以外の著作物が電化製品に不可分的に組み込まれた場合にも、電化製品の流通を譲渡権によりコントロールすることができるとすることは、適当ではない。

3 譲渡権の内容

譲渡権は、原作品又は複製物の譲渡により公衆に提供する権利であり、譲渡権者は他人がそのような行為をすることを禁止することができる。公衆は、不特定の者または特定多数の者を意味する(2条5項)。特定少数の者は公衆ではないので、これへの譲渡を譲渡権の対象とはならない(本条2項1号で「許諾」の語が用いられ、3号で「承諾」の語が用いられているのは、このためである)。

一つの複製物を有する者が、不特定の者に売買等の誘因をなし、誘因に応じた者に譲渡することが譲渡権による禁止対象となるかは、微妙である。譲渡の時点をとれば、特定の少数(1人)の者に譲渡したのであり、公衆への提供とは言えないからである。本条の趣旨を多数の複製物が公衆に提供される場合に、その複製物の流通をコントロールする権利を著作権者に認めた規定であると考えれば、これは譲渡権による禁止対象にならないと解釈することもできる。しかし、本条は、原作品または複製物が公衆に向けて流通する場合にそれをコントロールする権利を著作権者に認めた規定であり、一つの複製物しか有しない者がそれを譲渡する場合であっても、不特定の者(公衆)に誘因をなす場合には譲渡権による禁止対象になると考えるべきであろう。本条の適用対象外となるのは、誘因の相手が特定の少数者である場合に限られると考えたい。したがって、原作品と複製物との区別が重要な著作物(例えば、油絵)について、原作品のみを譲渡する場合についても、それが公開の競売によりなされる場合には、譲渡権による禁止対象となる[3]。

著作権者から複製の許諾のみを得て複製物を適法に作成しても、それを公衆に譲渡することはできない。複製の許諾を得る際には、譲渡の許諾を得ることが必要であり、その際に、どのような条件で譲渡することができるかを明確にしておくべきである。譲渡の許諾に際して、著作権者はさまざまな条件を付すことができる。ただ、独占禁止法に違反することはできない(独禁法23条による適用除外に注意[7])。

譲渡権の消滅しない譲渡により複製物を取得した者に対して、複製物等の返還を求めることは、譲渡権の内容とはなっていない。取得者がさらに公衆に提供することを禁止することができるにとどまる。

4 譲渡権の消尽

著作権者には、複製物の最初の譲渡をコントロールする権利を認めれば十分であり、また、それ以降の譲渡についてまで譲渡権を及ぼすと、複製物の流通に混乱が生ずるとの政策的判断の下に、譲渡権は本条2項所定の事由により消滅するものとされた。一般に、譲渡権の消尽と呼ばれる。

1号は、著作権者のコントロールの下で譲渡がなされた場合であり、譲渡権がその目的を達して消滅する場合である。1号に挙げられている譲渡は、譲渡権に服する行為であるので、他人がそれをなすには著作権者の「許諾」が必要である。

2号は、著作権者の意思に基づかない譲渡であるが、これらの譲渡については著作物の利用について相当の対価の支払いないし供託がなされることにより、譲渡権の消滅が根拠付けられる。他方、第47条の3による譲渡にあっては、対価の支払いがないので、譲渡権の消滅原因とされていない。67条の裁定に基づき複製物が少数部作成され、それが特定の少数者に譲渡される場合は、2号の文言上、同号の適用対象外となるが、この場合にも拡張して適用されるべきである。

3号の行為は譲渡権の対象ではない(それ故に、「許諾」ではなく「承諾」の語が用いられているのは)。しかし、この場合でも、譲渡権者自身が譲渡しているのであれば、彼はその経済的利益を守る機会を得ている。また、他人が譲渡する場合でも、それを「承諾」するあたって条件を付すことにより経済的利益を擁護する機会を得ている。公衆への提供する際の譲渡条件を直接にコントロールすることはできなくなるが、その点についての著作権者の利益より、複製物の円滑な流通の要請の方が重視された。

4号は、国際的消尽に関する規定である。次の場合がこれにあたり、譲渡が公衆に対してなされたか否かを問わない([岸本*1999a]49頁参照)。

  1. 第1項に規定する権利に相当する権利を害することなく譲渡された場合  次の2つの場合がこれに該当する。
  2. 第1項に規定する権利に相当する権利を有する者若しくはその承諾を得た者により譲渡された場合 ここでの承諾は、1号の「許諾」を含む広義の承諾である。 

4号は、対象となる著作物について、外国における著作権者と我が国における著作権者とが同一である場合には、問題なく適用される。両者が異なる場合にも適用されるのかは、明瞭ではない。この場合には、外国の著作権者が譲渡権を行使して利益を得ても、それは我が国の著作権者の利益に直結しないからである。この点からすれば、我が国の著作権者の譲渡権は消尽しないとすべきである。他方、著作物の複製物の国際的流通の促進の点からは、消尽が望まれる。迷うところであるが、消尽しないとすべきであろう。

著作物の公衆送信という形態で流通が今後盛んになることが予想されている(特に、音楽の著作物(の演奏)について、その方向が顕著になっている)。消費者は、それらを対価を支払って受信し、自己が保有する媒体に記録し、それを繰返し聴取する等の方法で使用することになる。消費者がこのような方法で適法に作成した媒体(複製物)を他に譲渡することができるであろうか[5]。受信者による記録媒体も、譲渡権の対象となる。問題は、譲渡権がいつの時点で消尽するかである。次の2つの解釈が考えられる。

  1. 本条の文言を厳格に解すれば、譲渡権は原作品または複製物の適法な譲渡により消尽するのであり、公衆送信は複製物の譲渡ではないから、譲渡権は消尽しておらず、消費者は著作権者の許諾がなければ公衆に譲渡できない。
  2. 複製物の公衆への提供も、公衆送信による提供も実質は同じであり、著作権者は公衆送信の許諾の対価を得ることにより経済的利益を確保しているのであるから、公衆送信の結果適法に作成された複製物については、譲渡権は消滅していると考えることができる。

いずれの考えをとるべきか迷うところであるが、迷うだけに条文の文言に素直に従って、Aの解釈をとるのがよいであろう。この解釈は、次の意味をもつ。

本条2項に該当しない譲渡によっては、譲渡権は消滅しないのが原則である。但し、複製物を取得した者が、その取得の際に、譲渡権が消尽しないことについて善意・無過失である場合には、取引の安全を確保するために、その者による再譲渡は譲渡権侵害行為ではないとみなされる(113条の2)。同条の文言上は、単に譲渡権の侵害とみなさないとされているにとどまるが、譲渡権はもはや消滅したと考えるべきであろう。そうでないと、譲渡権の制限に服さないと考えて複製物を取得した善意無過失の取得者の利益保護が徹底されない。もちろん、この者からの取得者が最初の違法な譲渡の譲渡人である場合には、実質的に見れば第一譲渡の解除と同じであり、譲渡権の存続を認めてよい。第2譲渡の譲受人が第1譲渡の譲渡人と密接な経済的関係にある場合も、同様である。

5 譲渡権侵害に対する救済

原作品または複製物を著作権者の許諾を得ずに公衆に譲渡すること、または許諾条件に反して譲渡することは、違法である。違法譲渡を行った者は、譲渡権者に対して損害賠償義務を負う。違法譲渡がなされる虞がある場合には、その予防のためにの措置を求めることができる。間接強制(民執172条)により強制されるべき譲渡禁止命令が基本的予防措置となる。適法に複製がなされていることを前提にした場合に、譲渡権侵害のみを理由に複製物の廃棄請求を認めることは、過大な権利保護にも見えるが、それでも、譲渡権の「侵害の行為を組成した物」に該当し、「侵害行為の予防に必要な措置」として廃棄を侵害者に請求できるとすべきである(112条2項)。

6 民事執行との関係

民事執行と著作物の譲渡権との関係は、譲渡権が存続している複製物が差し押えられた場合に生ずる。執行官による売却は、原則として、公開の競り売りであり、この売却は買受の誘因が公衆に対してなされるので、公衆への提供にあたる。以下では、このことを前提にする。また、差し押えられた複製物が債務者の所有物であることも前提にする。

)債務者が同時に譲渡権者である場合  この場合には、強制執行手続において執行官が複製物を差し押さえて公衆に売却すると、本条2項1号により譲渡権が消滅することを認めてよい。執行売却では、被差押物が債務者の意思に反して売却されるが、それでも債務者が売主の地位に立つことには変わりはなく、本条2項1号の要件を充足していると考えられるからである(2号を根拠にすると、レコードの複製物の譲渡の場合を説明できない。97条の2参照)。譲渡権の差押えは必要ない。

)債務者が譲渡権者でない場合  債務者が譲渡の許諾を得ていない場合には、譲渡権者は譲渡権に基づいて売却を妨げることができ、そのために三者異議の訴え(民執法38条)を提起することができる。複製物が違法に作成されている場合には、著作権者は、債務者を被告にしてその廃棄を訴求することができ、これらの訴えは併合することができる(同条2項)。著作権者が複製の許諾と共に一定の条件の下で譲渡をすることを許諾している場合には、著作権者は許諾条件に反する売却の禁止を第三者異議の訴えにより求めることができる。とはいえ、著作権者にとって最大の関心事は著作物の利用の対価の取得であり、対価の支払いさえ得られれば、適当なところで和解が成立しよう。

動産執行においては、差し押えられた動産が債務者の責任財産であるか否かは、占有という外形に基づいて判断される。債務者が占有しているが第三者の財産である場合には、第三者の方から執行の不許を求めて第三者異議の訴えを提起しなければならないとの原則がとられている。これは、迅速な執行の実現のために採用された原則であり、著作権者が譲渡権に基づいて執行売却を阻止できる場合にも妥当させてよい。債務者は、その占有する動産について著作権法上も適法な権限を有するものと推定されることになる。もちろん、執行債務者が譲渡権ないし譲渡の許諾・承諾を有しないことが推測される場合に、執行官が譲渡権者(著作権者)に執行売却の予定を連絡して権利行使の機会を与えることは望ましいことである(しかし、必要的ではない)。

7 外国法

WIPO著作権条約[R102]  6条(頒布権)

韓国著作権法[R107]  20条(配布権)

合衆国著作権法[R101]  §106(3)(譲渡権)、§109(消尽)。

ドイツ著作権法[R109]   15条1項2号・17条(頒布権)、17条2項(頒布権の消尽)

オーストラリア著作権法(COPYRIGHT ACT 1968 )[R103]  SECT 38 (Infringement by sale and other dealings) /日本法113条に対応、SECT 44A (Importation etc. of books)

カナダ著作権法[R104]  Secondary infringement ---27.(2)  日本法113条に対応


1999年11月23日− 1999年11月23日