関西大学・栗田隆:著作権法注釈
著作権法 第13条(権利の目的とならない著作物) |
次の各号のいずれかに該当する著作物は、この章の規定による権利の目的となることができない。
1 憲法その他の法令
2 国又は地方公共団体の機関が発する告示、訓令、通達その他これらに類するもの
3 裁判所の判決、決定、命令及び審判並びに行政庁の裁決及び決定で裁判に準ずる手続により行なわれるもの
4 前3号に掲げるものの翻訳物及び編集物で、国又は地方公共団体の機関が作成するもの |
[ 目次|文献略語 ]
1 本条の趣旨
憲法その他の法令(1号)も創作性を有する限り著作物に該当するが(2条1項1号・10条1項1号)[12]、これらは国民が自己の権利義務を判断する際に必要な資料であり、また国民主権の視点から、そして法文化の発展のために、国民の誰もが自由に利用できる公共財とする必要性が高いので、著作権法第2章の権利(著作者人格権および著作権)の対象にならないとされた。もちろん、著作者が個人ではなく国または地方公共団体であり[11]、財産的補償を与える必要性が少ないことも、本条を正当化する要素の一つである。本条2号以下の著作物も、同様な理由で、著作者人格権・著作権の目的(対象)にならないとされた。
2 第1号の著作物
日本の現行の憲法その他の法令(法律・政令・省令・条例・規則等)が1号に該当するのは当然であるが、その他に次のものも含まれる。
- 廃止された法令 廃止前において著作者の権利の目的から除外され、国民の自由な利用に供されたのであるから、廃止後も国民の自由な利用に委ねるべきである。参考資料として利用する必要性も高い([田村*1998a]218頁)。
- 国または地方公共団体の機関が作成する法令案・草案・改正試案・要綱案([加戸*1994a]108頁、[田村*1998a]218頁)。
- 外国の法令 国際化の時代であり、外国の法令が日本国民の権利義務に関係することが多い。これを著作者の権利の目的にならないとしてよく([田村*1998a]218頁)、ベルヌ条約との関係で問題はない[4]。
法令は、その性質上国民に広く開放され、伝達され、かつ利用されるべき著作物であるから、法令の全部又は一部をそのまま利用したり単に要約したりして作成されたものは、著作物性を取得しない。もっとも、そのまとめ方等に創作性があれば著作物となり、著作権・著作者人格権の対象となる(受験用参考書に掲載された図表について、東京地方裁判所 平成6年7月25日・知的裁集26巻2号756頁および控訴審の東京高等裁判所平成7年5月16日判決・知的裁集27巻2号285頁が具体的に詳しく検討している)。
3 第2号の著作物
国や地方公共団体の機関が、権力行使に関する事項について、国民に知らせる趣旨で作成する著作物(告示、訓令、通達その他これらに類するもの)も、国民に広く開放されるべきものであるので、著作者の権利の目的から除外される。1号の場合と同様、廃止されたもの、外国のもの、試案段階のものも含まれる。
その他のこれに類するものの中には、照会・回答のような行政実例も入る。照会が国や地方公共団体の機関以外のもの(例えば日本弁護士連合会)からなされた場合でも、照会の部分は、回答と一体として利用される限り、著作者人格権・著作権に服さないとすべきである。行政機関の回答は、個別的な事案に対する回答ではあっても、国民一般の利用に供されるべきであり、照会はその趣旨を含んでなされたと考えるべきである。
他方、次のものは、2号に例示されたものから離れており、2号の著作物には含まれない。
- 各種白書の類([加戸*1994a]109頁)
- 高度に学術的意義を有し、必ずしも一般に周知徹底させることを意図していない文書(国の機関である在外財産調査会が編纂した「日本人の海外活動に関する歴史的調査」が旧法下の「官公文書」にあたるかが争われた事件であるが、東京高等裁判所 昭和57年4月22日
第6民事部 判決・判例時報1039号21頁参照)
4 第3号の著作物
裁判所の裁判[13]
裁判所の裁判(判決・決定・命令)の他に、これに準ずるものも本号に含めるべきである。例えば、民事執行法上の処分という形で表明された裁判所の見解[1]がそうである。判決は、民訴253条により判決書に記載された内容をさす(別紙の形式をとっていても判決書に含まれる場合がある)。
判決における他人の著作物の利用
裁判官が判決書を起案するにあたって、当事者およびその他の者の著作物を利用することが必要となる場合がある。紛争の平和的解決を図るために、自力救済が禁止され、裁判制度が設けられているのであるから、国民は、裁判所が著作物を判決書の中で利用することに一定の範囲で受忍すべきである。場合分けをして考えよう。
- 当該訴訟手続において当事者または代理人が主張あるいは陳述した内容 これは、判決において斟酌されることを目的としてなされるのであるから、40条1項・42条の規定をまつまでもなく、判決書に取り込むことができる[5][10]。審理が憲法82条2項本文により非公開とされたか否かを問わない。
- 当該訴訟手続において第三者(証人・鑑定人等)が陳述した内容 これもaと同様である。
- 当該訴訟において証拠資料として提出された当事者または第三者の著作物 これを判決の中で利用することは、32条・42条により許される([加戸*1994a]234頁参照)。したがって、その利用は、原則として著作者人格権に服する(50条)。但し、裁判制度のための利用という特殊性に基づき、著作者人格権も制約をうけることを認めるべきである。(α)事実認定のために第三者の著作物を裁判官が判決において引用あるいは借用する場合に、著作者の表示は事実認定の正確性を期すためになされるべきことである。氏名表示義務[7]を認めることにより裁判実務に支障が出ることはないであろう。(β)同一性保持権については20条2項4号の一般条項により、柔軟に対処できる。(γ)問題は公表権であり、未公表の著作物を証拠と用いる場合である。個人的な会話の秘密録音テープに証拠能力が認められるべきかは、議論のあるところであるが、不当労働行為にさらされた労働者がその行為の立証のために秘密録音することは適法とせざる得ない。その録音テープの内容に著作物性が認められる場合に、公表権を根拠に公開法廷で再生することができない、あるいは判決に引用することができないとするのでは、裁判制度の目的(正義の実現)を達することができなくなる。公表権よりも裁判制度の目的実現が優先されるべきである。証拠として採用された限りにおいては、裁判の基礎資料として利用することができ、その内容が判決に取り入れられ、本条による判決の自由利用を通して、その著作物が訴訟の枠を超えて広く公表され、あるいは無制限に複製されることになっても、甘受すべきである。
- 裁判官が法解釈の説示のために利用する第三者の著作物 裁判官は、法の解釈を自分の言葉で示すことができるが、他人の著作物を利用することが必要ないし適当である場合もある。過去の判例に依拠して表現することには、問題がない。他方、著作権法の著作者の権利の目的となる著作物(論説・判例批評等)を利用することは、32条・42条により許される。したがって、48条により合理的な方法と程度による出所表示が必要である。もちろん、アイデアの利用にとどまる限り、著作権法上は出所表示義務も生じない。
判決の範囲
本条にいう判決は、判決書本体に記載された内容が中心となるが、これに限られない。判決書において参照が指示されている別紙の記載内容も判決に含まれる場合がある。しかし、常にそうなるというわけではない。個別に検討することが必要である。問題の検討に入る前に、著作権法にいう「引用」と民訴規則における「引用」との差異に注意しておこう。著作権法32条は、他人の著作物を「引用して利用する」ことを認めている。引用して複製することがその代表例である。そこでは、引用者が他人の著作物を必要な範囲で自己の著作物の中に取り入れて複製する行為が想定されている([加戸*1994a]196頁参照)。他方、民訴規則69条では、口頭弁論調書に録音テープ等を引用し、訴訟記録に添付して調書の一部とすることができるとされている。そこでは、引用される著作物の複製は予定されていない。「引用」の語を著作権法の意味で使うことにすれば、民訴規則に言う「引用」は、「参照指示」[6]とでも言い換えられるべきものである。以下では、このことを前提にして、別紙記載内容が判決の中に含まれるか否かを若干のものについて検討しよう。
- 物の引渡訴訟等における物件目録 通常、創作性は低く、著作物にはならないが、その点は別にしても、この種の目録は、文書作成上の技術的理由(当事者が訴状に別紙の形で添付したものを判決作成の際に流用して負担軽減に役立てるという理由)により別紙にされたに過ぎず、判決書の一部として扱うべきである。
- 図画の著作権侵害訴訟における図画を記載した別紙 原告作成の図画は、被侵害利益の構成要素であり、被告の図画は侵害行為の構成要素である。両者とも訴訟物の特定要素になる。民訴253条により判決書に記載されるべき事項であり、判決書の一部と考えるべきである[3]。次の事も、この結論の支えとなる。判決の自由利用を認めた理由は、国民がその判決の正当性を吟味できるようにし、また、具体的事件について下された判例を通して自己の行動の法的結果について予見可能性を高め、合理的な行動ができるようにするためである。訴訟で争われた図画を参照できなければ、判例を読んでも自己の行動の具体的指針を得ることが困難である。もちろん、当該図画を記載した別紙が判決書の一部になっても、図画の著作者が原告、被告(あるいはその他の第三者)であることに変わりはない。図画の著作者の人格的権利・経済的権利の保護が重要となる。著作者人格権のうち、公表権は、事件の特質を考慮すれば問題にする必要はほとんどない[8]。氏名表示権は図画が判決の一部とされる場合でも尊重されるべきであるが、当事者の氏名によりすでに特定される。第三者の図画が参考資料として引用される場合には、その氏名を明示することが必要である(裁判実務上も表示を省略する必要性はないから、これが問題となることはないであろう)。図画の著作者の経済的利益は、判決と一体としてのみ利用(複製・公衆送信[9]等)することができるという形で図画の利用範囲を限定することにより保護することができ、またそれで足りる([田村*1998a]219頁)。
- 境界確定訴訟における別紙地図 判決で地図上の記号が指示されている場合に、地図がなくては判決の理解は困難である。作者のいかんを問わず、判決書の一部として扱うべきである。
- 上告理由書 最高裁の公表判例には、しばしば上告理由書が添付されていて、しかも、判決文において「上告理由は、別紙の上告理由書記載の通りである」との参照指示がなされている。これも本条の意味での判決の一部と考えるべきかは、迷うところである。上告理由書は、判決を理解する上で重要な場合があるからである。しかし、次の理由により、本条の判決には含まれないとしてよいであろう。
- 上告理由書が、他人の著作者人格権を侵害していることもありえ、その場合のことを考慮すると、判決の一部とするのではなく、判決の理解に必要な参考資料として扱うにとどめ、権利を侵害された著作者は複製・公衆送信等の差止を求めることができるとすべきである。
- 公開法廷で口頭弁論が開かれている場合には、上告理由書は、形式的ではあれ陳述されたのであり、40条1項により広範な自由利用が認められている(本条と異なり、40条の適用を受ける著作物については著作者人格権が認められており、利用者は48条により出所表示義務を負う)。この規定の趣旨は、裁判の正当性を検証のために、裁判の基礎資料となった著作物の利用を広く認めることにある。そうだとすれば、原判決の破棄を求める上告理由書は、口頭弁論が開かれない場合でも(民訴319条)、口頭弁論で陳述されることを意図して提出されたのであるから、40条の適用があると考えてよく、実際上の不都合は生じない。
裁判所には、日本国の裁判所の他に外国の公的な裁判所も含まれるが、仲裁裁判所のような私的な裁判所まで含めることはできない。
行政庁の裁決及び決定で裁判に準ずる手続により行なわれるものも、国民の参考資料に供する必要性が高いので、裁判所の裁判と同じに扱われる。
国民による自由利用
判決は、著作者の権利の対象とならないので、国民は、判決全体を自由に複製あるいは公衆送信等の方法により利用できる。第三者の著作物を利用するにあたって著作者人格権の侵害があったとしても、一旦判決として成立してしまえば、その判決の複製・公衆送信等は本条により自由に行いうるのが原則であると考えるべきである[2]。判決について同一性保持権がないから改変も自由であるとはいえ、特定の事件の判決として複製あるいは公衆送信する場合に、内容の正確性に十分な注意を払うべきことは当然である(但し、これは、著作権法上の問題ではない)。
判決の一部を利用する場合には、当該部分が判決に取り込まれた裁判所以外の第三者の著作物であるか否かに分けて検討する必要がある。図画を念頭において考えてみよう。
- 第三者の著作に係る部分 この部分のみを取り出して利用することは、13条の適用範囲には入らない。13条の適用範囲に入るためには、判決全体を一括して利用すること、またはそれに準ずる利用でなければならない。判決の紹介・批評のために利用することは、13条により許されるが([田村*1998a]219頁)、ただ、その場合には、判決の他の部分を相当程度に伴うことが必要であり、また、当該判決の表示も必要であると考えたい。教科書等で判決を簡潔に紹介するにあたって第三者の著作に係る部分を引用することは、32条の適用範囲に入ると考えるべきであろう。その場合でも、13条の趣旨は尊重されるべきである。出所として当該判決を表示すべきであり、また、著作者の表示は、可能な限り実際の著作者を表示すべきであるが、訴訟当事者または訴訟代理人が著作者である場合には、「原告の主張」「原告訴訟代理人の主張」といった概括的な表示でも足りることを認めるべきであろう。改変が許容範囲内であるか否かの判定にあたっても、判例理論の紹介という利用目的、ならびに国民が法知識を得ることを容易にするという13条の趣旨を考慮して、カラー画像のモノクロ化や、画質の低下も相当程度まで許容されるべきである。
- 第三者の著作に係らない部分 この部分については、その一部のみを取り出して利用することも13条により許される。出所(当該判決)を表示することは、多くの場合に望ましいであろうが、しかし著作権法上の義務ではない(著作者人格権の目的とならないことの帰結である)。
5 第4号の著作物
国等の編集著作物
国や地方公共団体の機関が作成する法令集や判例集なども、国民の自由な利用に供される。最高裁判所が編集する最高裁判所民事裁判例集などのように、当該法令や裁判に関係する機関が作成する編集著作物が代表例であるが、それにかぎらず、例えば、地方公共団体の機関が編集した判例集なども含まれる(これを除外する文言にはなっておらず、除外する積極的な理由もない)。
日本の法令・裁判等の翻訳物についても、同様である。外国の法令・裁判等を国または地方公共団体の機関が翻訳した場合にも、その翻訳物は、国民が自由に利用できるとしてよい。
4号では、編集物は挙げられているが、データベースは挙げられておらず、これは除外される(12条1項カッコ書)。データベースの作成に技術と資本が必要であり、投下資本を利用料の徴収という形で回収する余地をのこすためであろうか([田村*1998a]218頁)。しかし、法令や裁判がコンピュータを利用してデジタルデータとして作成されるようになり、さまざまなデータベース構築ソフトが手軽に利用できるようになった今日、法令や裁判の編集物とデータベースの著作物とを区別して取り扱う社会的・経済的根拠は薄らいでいる。国や地方公共団体が作成・管理するこれらのデータベースの著作物も、国民が自由に利用できる日が早く来ることを望みたい。
裁判の編集物の中で特に重要なのは、判例の要旨の部分である。4号の編集物に収録された要旨は、創作性があっても、著作権・著作者人格権の対象とならないと解すべきである。そうだとすれば、データベースの著作物の中に裁判の要旨が記載されている場合に、その要旨は著作権・著作者人格権の対象とならない。換言すれば、データベースが編集物に含まれうる内容を含んでいる場合には、その範囲で本条の適用を受けるとすべきである。
私人の編集著作物
私人が国や地方公共団体の援助を受けずに編集した法令集等は、4号の著作物に含まれない。見出しが付されていない古い法令に編集者が付した見出しも、それが創作性を有するのであれば、保護の対象となる。判例の要旨についても同様である。但し、法令に見出しを付けたり、判例に要旨をつけたりする作業は、別人がまったく独立に行っても類似の結果になりやすいことに注意しなければならない。
判例については、事件の関係者の氏名を仮名にすることが必要な場合がある。どのような仮名を付けるかについて創意工夫の余地があることは認めるが、それでもその仮名の部分について創作性を認めるほどのものではなかろう。たとえ創作性を肯定できる場合であっても、著作権を認めるのは適当ではない。同じ裁判について、編集者が異なるごとに仮名が異なるのでは判例の利用上不便である。ある編集者により付された仮名を他の編集者が踏襲することは、許されるべきである。それが、本条の趣旨に合致する。
1999年9月5日− 1999年9月17日