著作権フリーの表示のある著作物と
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1996/3 初稿、1996/7/1 改訂
1.問題の所在 2.「著作権フリー」の意味 2.1.客観的・合理的解釈の必要性 2.2.自由に利用することのできる範囲の特定 2.2.1.最小限度の内容としての紙への複製の自由 2.2.2.クリップアートのWeb出版での利用 2.3.利用権者の制限 2.4.営業的利用の制限 3.著作者人格権との関係 3.1.同一性保持権 3.2.氏名表示権 |
通常の図書ではクリップアートの挿入は費用がかかり適当ではないことが多いであろうが、電子出版の場合には、気楽に挿入することができる。Web出版の場合にも、通信費用の問題はあるが、それでも、通常の図書の場合より気楽に挿入することが許されよう。
また、コンピュータのディスプレイ(特にCRT)上で出版物を読むのは、紙の本を読むのと異なり、目の負担が大きいので、情報密度を若干下げる必要がある。そのために、段落を細かくして見出しを多用するといった工夫がなされるが、 クリップアートを入れることも一つの方法と思われる。
ともあれさまざまな理由によりWeb出版物の中でクリップアートを使用する場合に、それが他人の作品であれば、著作権法上の問題が生ずる。クリップアートの使用が著作権法30条以下の規定により許容される範囲内であればよいが、通常はそうならないであろう。
それゆえ、Web出版において画面の修飾のためにクリップアートを使用するにあたっては、そのクリップアートについて著作権者がおれば、その者の承諾が必要となる。
しかし、著作権者の承諾をとることは、簡単にできるとは限らないので、個別の承諾なしに使用できるクリップアートが必要となる。そのようなものとして、次のものがある。
このうちで、1番の選択肢は採りにくい。他から供給され自分の気に入っているクリップアートについて創作性を否定することは躊躇されるからである。古い時代の図画にもよいものがあり(例えば、鳥羽僧正の鳥獣戯画、あるいは葛飾北斎のもの)、それに色づけすることもよいことであるが、多くの場合、時代感覚のずれを感じよう。そこで結局、3の選択肢が最も手軽な方法となる。幸い、最近では、「著作権フリー」の表示をしたクリップアート集が多く出版されている。
「著作権フリー」の表示は、著作権放棄の意思表示ではなく、著作権者が有している様々な排他的権利の留保を前提にして、一定の範囲で著作物の一般的利用を許諾する旨の意思表示といってよいであろう(この場合に、利用許諾契約の発生を常に観念すべきかが問題となるが、立ち入らないことにする)。とはいっても、「著作権フリー」は、法律に規定されているわけでも、判例・学説によりその意味が確定されているわけでもないので、その意味、つまり、「著作権フリー」の表示によりどの範囲の利用を許諾したことになるのかが問題となる。
実際に販売されているクリップアート収録CD−ROMを見ると、許諾の範囲の表示は様々である。書籍の付録の形式で販売されている場合には、許諾の範囲を書籍の中で「権利について」という項目を設けて、そこで比較的詳しく表示しているものがある。例えば、
インプレス編集部編・カラークリップアーツ CD-ROM for Macintosh(イラストの著作権は、株式会社シフカ)
がそうである。もっとも、この本の場合には、そもそも「著作権フリー」の表示はなく、購入者は、この書籍の中の「権利について」が記載された頁を読んだうえで、購入の意思決定をすることになる。読まずに購入した場合でも、通常であれば私的使用、その他法律により認められた範囲内でしか利用できないものが、それ以上に利用できるのであり、不利益を受けることはない。
これに対して、パッケージに封入されたCD−ROMの場合には、パッケージの表面に「著作権フリー」の表示があるだけで、許諾の具体的範囲が記載されていない場合が多い。購入者は、「著作権フリー」の表示を適当に理解して購入の意思決定をしなければならない。この場合に、著作権者にその意味を問い合わせたうえで購入すべきだとするのは、現実的ではなく、社会の需要に合わない。「著作権フリー」の表示に客観的合理的な意味を与えて、当事者間の権利関係を決定すべきである。著作権者の意思に基づいて付された「著作権フリー」の表示の客観的合理的な意味内容とパッケージ内の著作物利用条件に関する内容とが異なる場合には、購入者はいずれか有利な条件で当該著作物を利用できるとすべきである。その意味で、「著作権フリー」の表示の客観的合理的解釈が必要となる(最終的には紛争解決にあたる裁判所に確定することになる)。
クリップアート集の「著作権フリー」表示は、通常、購入者は、
使用できるという意味で、用いられている。「著作権フリー」の語は、「著作権者の個別の同意なしに、無償で」利用できるという点に由来する(以下では、「自由な利用」という表現をこの意味で用い、そのような利用許諾を「一般的利用許諾」と呼ぶことがある)。
しかし、利用可能範囲には制約がある(例えば、クリップアート集全体を複製して販売することまで認められているわけではない)。その意味で、若干誤解を招きやすい面があるが、欺瞞的表示というほどでもないであろう。以下では、上記の意味での「著作権フリー」の表示は、適法な表示であることを前提にして議論を進めることにしよう。
利用許諾の範囲の特定にあたって特に重要なのは、次の点である。
量的制限は、すべての利用方法に共通な形式で定めることができ、また、そのように定められている場合が多い。しかし、個々の利用方法ごとに量的制限を定めることもできる。ここでは、個々の利用方法ごとに量的制限を検討することにする。
「著作権フリー」の表示により著作権法30条所定の私的利用の範囲を越えた複製も許諾されていると理解することに、問題ないであろう。クリップアートに関しては、紙への複製は、著作物利用の最も一般的な形態であり、これを排除したのでは「著作権フリー」の表示に値しない。紙への自由な複製を許諾しないのであれば、「著作権フリー」の表示をせずに、他の表示をすべきである。
量的制限は、同一のドキュメント等に利用することができるクリップアートの数を一定数に限定する形で、あるいはクリップアート集に収録されたものの一定割合以下に制限する形でなされることが多い。しかし、その制限の度合は、クリップアート集によってばらつきがある。私の手元にあるクリップアート集(以下のイタリック表記部分は、商品名と発行元である)のうち、
量的制限が明示されることなく「著作権フリー」の表示がなされている場合には、購入者は、量的制限なしにクリップアートを利用できることになろう。
本稿もそうであるが、比喩的に「Web出版」という表現がよく用いられるが、通常の出版とは大きくことなることは、いうまでもない。技術的な相違もさることながら、読者による複製の可能性が格段に高い。Web出版の読者は、簡単なマウス操作で著作物を電子的に複製し、あるいは紙に印刷することができるのである。さらに、著作物の伝播の範囲も格段に広い。通常の出版物とWeb出版との間のこの差異は、著作権問題との関係では、もはや質的な差異というべきであろう。
それゆえ、「著作権フリー」の表示をしつつ、有線送信までは許諾していないことがある。実際、Web出版での利用を明示的に許しているのは、私の手元にあるクリップアート集のうちでは、カラークリップアーツ(インプレス)だけである。
クリップアートアート集の購入者にWeb出版での利用を許諾するか否かは、著作権者の自由である。しかし、Webがこれだけ普及した現在、Web出版での利用が許諾されているか否かは、クリップアート集の商品価値を大きく左右する。今後は、購入希望者が商品の価値を的確に判断できるように、Web出版での利用が許されるのか否かが明示されるべきである。そして、印刷形式での複製のみを許諾する趣旨であれば、「著作権フリー」の表示ではなく、「印刷フリー」ないし「紙への複製自由」といった表示をなすべきであろう。なお、米国で出版されたCopyright Free の表示のあるクリップアート集は、書籍の内部に記載された利用条件を見ると、電子的配布を禁ずるものがある。したがって、Copyright Free を輸入販売業者が「著作権フリー」と翻訳して通信販売用カタログや商品のパッケージの外部に表示することは、消費者の誤解を招く。「印刷フリー」ないし「紙への複製自由」といった表示に変更すべきである。
いずれにせよ、自由利用の範囲が明示されていれば、利用者はそれを前提にしてクリップアートを利用することになる。しかし、Webを通しての電子出版が最近のものであるためもあって、この点が明示されていないことがある。この場合にどのようにするかである。基本的には、<著作権の中に有線送信権が含まれる以上、「著作権フリー」の表示は有線送信の自由も含むと>考えるべきであろう。もっとも、Web出版が最近のものであることを考慮すると、Web出版以前の普及前(1995年1月1日以前と考えて良いであろうか)に発行されたクリップアート集については、それをインターネット上の電子出版の形で利用することがこれまで十分に意識されていたとは言い切れず、したがって、それ以前に出版されたものについては、「著作権フリー」の表示をもって有線送信の許諾まであったとするのは行きすぎであるとの異論はありえよう。決断に迷わざるをえないが、著作権者の意思に基づいて日本語で「著作権フリー」の表示がなされた以上、購入者は著作権法が著作権の内容として定めたどの利用方法もなしうると考えたい(但し、後述の「営業的利用の制限」に注意)。
Web出版での利用が一般的に許諾されているクリップアート集を実際に使用する際に感ずる疑問の一つは、量的制限を定める規定が不完全ではないかということである。量的制限を定める規定の中でしばしば用いられる「ドキュメントやプロダクト」という表現は、それを素直にとれば、ブラウザーの一つのウンドーに表示されるページないしドキュメントとなろう(ウインドー分割によるフレームの問題は、ここでは考慮しないことにする)。私も、現在、そのように理解して利用している。
しかし、一つのサイトに多数のページ(ドキュメント)が集積された場合には、クリップアート集の全部のクリップアートがそのサイトで使用されることもありえよう。そして、クリップアートが一つのディレクトリーに集中していて、そのディレクトリーへのアクセスが自由であれば、クリップアート集全体を提供しているのと同じ結果になってしまう(この点を考慮して、私は、他人が著作権を有するクリップアートが入っているディレクトリーの中を直接見ることは許さないことにしている)。著作権者がそこまで容認する趣旨であったのかといえば、やはり疑問がでてこよう。もしその趣旨ではないのであれば、著作権者はその点を明確にすべきである(例えば、一つのドキュメントで使用できるクリップアート数の制限とともに、一つのサーバーないしサイトにおいて利用できるクリップアート数の制限を明示しておくべきである)。
出版物に「著作権フリー」の表示をなす著作者は、出版物の購入者がクリップアートを自由に利用できるようにすることにより、出版物の付加価値を高め、多数あるいは高価に販売できるようにすることを意図していると理解するのが合理的である。
したがって、 出版物を購入した者が適法に複製あるいは有線送信したクリップアートを入手した第三者がさらにそれを複製して利用することまでも許諾したと理解するのは、適当ではない。「著作権フリー」の表示により著作物の一般的利用を許諾されているのは、著作物の所有者であると考えるべきであろう(コンピュータプログラムについて同趣旨のことを定める著作権法47条の2第2項も参照)。クリップアート集の所有者以外の者が著作権の制限規定を超えて利用する場合には、その旨の許諾が必要であると考えるべきであろう。
一般的利用許諾のある場合でも、著作物の営業的利用は、しばしば禁止されている。その趣旨を的確に表現することに、苦労しているようにも見えるが、ともあれ、私の手元にあるクリップアート集からこの点についての規定を取り出すと、次のようになる。
- カラークリップアーツ(インプレス)
- 「画像データの出力サービス等、営業目的の使用は禁止します」 DeskGallery (Zedcor)
- "republication or reproduction of any illustration by any other graphic service whether it be in a book, in machine readable form, or in any other design resource is strictly prohibited" ART EXPLOSION 40,000 (NOVA)
- "You may modify, publish and distribute the clip art and photographs in print, provided you are not maketing your work as clip art or photographs"
この点も、著作権者が自由に規定することができることであり、また、私自身営業的に利用することがないので、特に述べることはないが、次の点だけは、強調しておいてよいであろう。
クリップアートにおける著作権フリーの表示は、クリップアートの複製物をクリップアートとして販売することまでも承諾した趣旨ではない。それを許すことは、クリップアート集の出版社にとって営業的自殺行為であり、「著作権フリー」の表示のみからその許諾を認定することはできない。したがって、クリップアートの複製物をクリップアートして販売することは、その趣旨の承諾が明示的に与えられていない限り、許諾範囲外の複製物の頒布として、著作権者の専有する 複製権 の侵害となる( 著作権法49条 参照)。
クリップアートも著作物である以上、著作者人格権が問題となる。我々が利用する上で、問題となるのは、
である。
CD−ROMに入っている画像は、大抵解像度が高く、色数も多いので、Web出版で使用する場合には、解像度を下げ、色数を減少させることになる。これが著作権法20条1項にいう「改変」に該当するかを問題にしてよいであろう。カラー深度を32ビットから8ビットに下げても、ディザ処理が施されれば、見た目にはほとんど同じ絵である。それゆえ、それを改変という必要はないかもしれない。
しかし、カラー画像の色数を少なくしていくと、端的にいえば白黒画像にすると、印象は異なる。それゆえ、一般論としては、解像度ならびに色数の変更も「改変」にあたりうるとしつつ、20条2項4号の「やむを得ない改変」に該当するか否かを問題にするのが妥当であろう。そして、「やむを得ない改変」にあたるか否かは、改変の必要性のみならず改変の程度も考慮して判断すべきであろう。
この見地からすれば、Web出版では送信するデータ量を減少させる必要があり、解像度の高い画像を72dpsに下げて送信すること、そしてカラー深度の高い画像を8bit(256色)に変更することは見た目の印象をほとんど変えないので、20条2項4号の「やむを得ない改変」に該当するものとして許されると考えたい。
これについては、「クリップアートの利用について」を参照。