債務名義/執行名義

(さいむめいぎ)/(しっこうめいぎ)[/法学/民事執行法/]


強制執行により実現されるべき債務の存在と内容を公に証明した格式のある文書[1]で、強制執行の基本となりうることが法令により認められたものを「債務名義」あるいは「執行名義」という。「執行名義」の方が内容をよく表している。しかし、明治23年民事訴訟法が「債務名義」の語を用い(560条)、民事執行法がこれを受け継いであるので(22条)、通常は「債務名義」の語が用いられている。

上記の説明では、「執行名義」を「債務名義」の同義語として用いたが、「執行名義」を「民事執行に必要な文書」と広く捉え、その典型例は「強制執行に必要な債務名義」であり、「保全執行に必要な保全名義」はもう一つの例であるとする立場もある([中野=下村*民執法]24頁)[2]。

強制執行により実現されるべき請求権の存在と内容を執行機関が執行手続内で確認するという仕組みもあり得ないわけではないが、(α)権利確認手続(判決手続等)と権利実現手続(強制執行手続)との機能上の相異、(β)執行機関の構成の柔軟性を確保する必要性及び(γ)権利確認手続が多様であり得ること等を考慮すると、両手続を截然と分離する方がよい。両手続を分離したうえで、「権利確認手続において権利が確認されたことを証明する文書」によって両者の橋渡しをすることになる。すなわち、その文書が提出されれば、執行機関は当該文書の記載を信頼して、当該文書に記載された権利の存在と内容を改めて調査することなく強制執行を実施するのである。そのような文書が債務名義と呼ばれるものである。強制執行は、債務名義と呼ばれる文書を基本にして行われるのであり、文書に記載された権利自体を基礎にして行われるのではない。したがって、債務名義成立後に債務名義に記載された権利が弁済等により消滅したにもかかわらず、その債務名義が提出されて強制執行が実施された場合に、執行機関の執行行為自体は適法である(国家賠償法上その執行行為は違法ではなく、また、執行機関により売却される財産を買受人は有効に取得する)。ただ、執行債権者と執行債務者との間では、その強制執行は不当なものであり、強制執行により債権者が得た利益は不当利得になり、また、不法行為の成否の問題が生じうる。

ところで、日本語の「名義」は、通常、「文書」の意味を含まない[3]。そのため、「債務名義」が「文書」を意味するとの説明を最初に接するときには、戸惑いが生じやすい。「債務名義」はドイツ民事訴訟法の Schuldtitel の訳語であり[4]、Titel は、英語の title(タイトル)と同様、ラテン語の titlus に由来する。ラテン語の titlus の本来の語義は、「通知(notice)その他の情報が記されている木や石その他の素材の板や札」である[5]。情報が記載される「板」を「紙」にすれば、それは、通常の意味での文書になる。「情報を記載した板」から「板に記載された情報」が派生し、後者の意味で用いられることが多くなったが、前者の意味で用いられる例は残っており、「Schuldtitel(債務名義)」はその一例であると言ってよいであろう。


  1. 現行法上は、債務名義は「公の文書」に限定されており、この点を強調して、「格式のある公の文書」ということもできる。
  2. 民事執行法(昭和54年法律54号)が昭和55年10月1日に施行されてから民事保全法(平成元年法律91号)が平成3年1月1日に施行されるまでの間は、保全執行は民事執行法の中で規律されていて、保全執行も民事執行の概念に包摂されていた。しかし、民事保全法により、保全執行の規律は同法に移された。したがって、現行法の下で保全執行を民事執行の概念に含める場合には、そこにいう「民事執行」は「民事上の権利の事実的実現又は保全のための執行」を意味し、「広義の民事執行」ないし「実質的意味での民事執行」と位置づけられる。
  3. 例えば、新村出・編『広辞苑(第5版)』(岩波書店、1998年)2612頁では、「(1)なまえ。名号。(2)名分(めいぶん)におなじ。(3)表面上の名前」と説明されている。裁判所職員総合研修所監修『執行文講義案(改訂再訂版)』(司法協会、2015年)10頁は、≪「○○名義」という場合、それは、無形のものを表彰する有形的なものを指称する≫と説明している。しかし、「名義」に「有形的なもの」(債務名義の場合は「文書」)の意味があるというのは、法律の世界に見出される例外的用法(意味づけ)であろう。
  4. Grimm, Deutsches Woerterbuch, Bd.11, 1935, S.522 ff における Titel の語義説明を見ると、宛名・表題・標題・題名・書名・(地位や官職あるいは栄誉を示す)称号・(法令の)編・などの意味が採録されている;また、Recht やRechtsgrund も採録され、それに続いて、「Rechtstitel (Document)」が挙げられている。これから、Titel に「権利証書」ないし「権利を証明した文書」の意味のあることが分かる。これを一般化すれば、Titel には、「称号等」の意味の外に、「称号等を証明した文書」の意味があることになろうが、そのように一般化してよいのか、特殊な用例にとどまると見るべきなのかは、よく分からない。
  5. Oxford Latin Dictionary, 1982, p1944による。 國原吉之助『古典ラテン語辞典』(大学書林2004年)767頁にもこの意味が採録されている。

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2016年7月28日−2016年7月31日