事件適格

(じけんてきかく)[/法学/民事手続法/]


ドイツ語のSachlegitimation [1][2]の訳である。ドイツ普通法時代から用いられている概念であり、当事者が訴訟物たる権利関係の帰属主体であることを表す概念である[3]。例えば、債権に基づく給付訴訟においては、原告により主張されている債権が原告に帰属していれば、原告は事件適格を有し、その債権が被告に向けられていれば被告は事件適格を有する[4]。各当事者が事件適格を有する否かは実体法の問題である[5]。

誰が当事者であるか、あるいは正当な当事者であるか(当事者適格ないし訴訟追行権を有するか)という問題について、かつては、訴訟物たる権利関係の帰属主体が当事者(かつ正当な当事者)であるとの考え(実質的当事者概念)が採られていた時代がある。そのような時代には、事件適格と当事者適格とは同じであり、事件適格を有するものが正当な当事者であった。しかし、自己の名において訴えを提起する者とその者により相手方とされた者が当事者であるとの考え(形式的当事者概念)を前提にして、権利義務の帰属主体でない者にも訴訟追行権が認められ場合があること、また権利義務の帰属主体であっても正当な当事者にならない場合があることが認められるようになると、「当事者」の観念と「正当な当事者」の観念とは別個の観念となる[6]。また、事件適格も当事者適格から分離する[7]。現在では、事件適格は理由具備の領域に属するので、訴訟要件の領域に属する当事者適格(訴訟追行権)からはっきりと区別されるべきであるとされている[8]。

例えば次のような場合には、原告あるいは被告は事件適格を欠き、請求は棄却される。

日本法の解釈論においても、この概念を用いることが説明の便宜に叶うことはあろうが、その必要性が高いとは思われない(前記の例でも、「原告は被告に対して実体法上の請求権を有しない」と説明するだけで足りよう)。


[1] この語は、ラテン語の legitimatio ad causam の言い換えである(vgl. Hellwig, Lehrbuch des Zivilprozessrechts Bd. 1 (1903), S.156, Fn.46.)。Legitimation zur Sache と書かれることもある(例えば、Linde, Lehrbuch des deutschen gemeinen Civilprozesses (1825) S.131)。legitimatio ad causamは、ゲッツェ『独和法律用語辞典』295頁では「事件に関する適格[性]」と、[サヴィニー/小橋訳*現代6]361頁では「訴訟についての資格」と訳されている。なお、legitimatio ad causam と似た表現として、legitimatio ad processum があるが、これは訴訟代理権限を意味する(Hellwig, a.a.O. S.156, Fn46,)

[2] 原告についてはAktivlegitimationといい、被告については Passivlegitimationという。Blomeyer, Zivilprozessrecht (1963), S.204; Nikish, Zivilprozessrecht (1925), S.118.

なお、legitimatio ad causam activa と legitimatio ad causam passiva という用語もあるが、その用法(したがって意味)は難解である。Linde, a.a.O. S.132 Fn.1 は、これらは原告についても被告についても用いることができるとする;もっとも、原告が legitimatio ad causam を証明する場合については、legitimatio ad causam activa は原告のそれを、legitimatio ad causam passiva は被告のそれを意味する(S.131)。

[3] Nikish, a.a.O., S.118 は、「係争権利関係の主体としての当事者の実体法上の地位(die materielle Rechtsstellung der Parteien als Subjekte des streitigen Rechtsvgerhaeltnisses)」と説明する。

雉本・後掲3頁は、次のように説明する:ドイツの学界においては、通常、訴訟物をなす私法上の請求権又は法律関係が当事者に属すること(die subjektive Zustaendigkeit des Rechts)を称して、Sachlegitimation と云う;他方、訴訟物をなす私法上の法律関係の主体でない者が訴訟をなす権能を有する場合を称して、Prozesslegitimation と云う。

[4] 例えば、原告が係争権利を有しない場合には、彼は事件適格を有しないことになる。この場合の判決は、請求を理由なしとして棄却する判決(本案判決)である(Blomeyer, a.a.O., S.204.)。

もっとも、[サヴィニー/小橋訳*現代6]365頁(原書434頁以下)は、前訴判決の確定力が後訴の資格点(Legitemationspunkt)にも作用することを説明する節において、次の例を挙げている:Xがある物についてYと共有していることを主張してYに対して所有権[確認]訴訟を提起したが敗訴した後で、同一物についてXがYを被告にして共有物分割の訴えを提起した場合に、後者の訴えは積極的資格(Activlegitimation)として共有権を前提とするので、この訴えに対して第1訴訟の確定力の抗弁をもって対抗することができ、被告は免訴される。

この文脈でのActivlegitimationは原告側のSachlegitimationと解してよいであろう。現行日本法の下では、共有物分割訴訟において請求棄却判決はなし得ないと解されており、上記の例では、原告の訴えは却下される。したがって、Sachlegitimationを欠く場合に、現行日本法でいうところの請求棄却判決が常になされるわけではない。

[5] 係争権利が複数の者に共同的に帰属する場合(連帯債務や不可分債権の場合)、あるいは権利が複数の者に共同的に向けられている場合に、そのうちの一人によりあるいは一人に対して権利行使をすることができるか等も問題になる(Hellwig, Anspruch und Klagrecht (1924) S.128)。これらの多くは実体法の問題として解決される(日本法では、民法428条・432条)。しかし、不動産が共有である場合の不動産明渡請求訴訟や、第三者に対する共有権確認訴訟、共有建物収去・土地明渡請求訴訟に関しては、訴訟法的要素も加味した当事者適格の問題として議論されている。雉本・後掲7頁以下も参照。

[6] Vgl. Hellwig, Anspruch und Klagrecht, S.131 Fn15; 雉本・後掲24頁

[7] Blomeyer,a.a.O., S.204f. このような歴史的経緯があるため、 Sachlegitimation の語を(α)訴訟追行権(当事者適格)の意味で使うこともあるが、この用法は、現在において、誤解を生じやすい。この語は(β)係争権利関係の帰属主体の意味で使われることが多いからである(Nikisch, a.a.O. S.118)。次の文献は、後者の意味のみを挙げる:Zoeller, ZPO, 15 Aufl. (1987), vor $253 Rn 25; Rosenberg / Schwab / Gottwald, ZPO, 16 Aufl., $46 Rn 3.

[8] Rosenberg / Schwab / Gottwald, a.a.O. $46 Rn 3.

[9] Rosenberg / Schwab / Gottwald, a.a.O. $46 Rn 3; Nikisch, a.a.O. S.118(債権譲渡の場合).

[10] Nikisch, a.a.O. S.118.


日本語の参考文献


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