現先取引

(げんさきとりひき)[/金融/法学/倒産法/担保法/]


現在行われる財産移転とは反対方向の財産移転を将来行うことの約束を伴う取引を現先取引という。「現先取引」の語の由来は定かではないが、「現」は「現在」を意味し、「先」は「将来」を意味するとされている([岩田*2006a]63頁)点からすれば、「先々行われるべき反対方向の財産移転をもたらす合意(反対取引)を現在しておく取引」の意味で「現先取引」と言われるようになったと考えてよいであろう。

取引対象  取引対象となる財産は様々であり得るが、金融取引における主たる対象は、債権や証券である。

取引の類型  取引類型は、売買でも交換でもよい。これらにあっては、将来の反対取引を約束しておくことが必要である。この外に、現金担保付き貸借(賃貸借や消費貸借)の形態をとることも可能である。これらにあっては、貸借終了後に当然に反対方向の財産移転がなされるので、反対取引の約束を別途する必要はない。現先取引の代表形態は、次に述べる「売買」であり、反対取引は「再売買」である。「再売買」は、英語では「repurchase」であり、これを「repo(レポ)」と略して、「売買形式の現先取引」を「レポ取引」ということもある。

売買の場合  売買形態の現先取引について言えば、売買の際に合意される反対売買は、現在の売主からみれば「買戻し」であり、現在の買主からみれば、「売戻し」である。そのため、「将来における買戻し・売戻しを条件とする売買」であると説明されることもある。しかし、民法では「買戻し」は売買契約の解除と構成されているところ(不動産の買戻しについて民法579条参照)、現先取引における「買戻し」あるいは「売戻し」は、通常は、再度の売買(再売買)である。また、「条件とする」の意味も、停止条件や解除条件の意味ではなく、「契約内容にする」という意味である。一定の時期に反対売買をする旨の合意を現在(当初の売買時に)することもできるが、再売買を一方当事者の意思に係らせる予約にとどめることもできる。一方当事者の意思にのみ係らせる場合には、売買の一方の予約であり、別段の合意がなければ民法556条が適用される。以下では、再売買の合意が予めなされていることを前提にして説明を続けよう。一つの現先取引が果たす経済的役割は売主と買主とで異なり、次のように別の名称が与えられることがある。再売買の約束付きで売ることを「現先売り」あるいは「売り現先」といい、売手は、これにより資金調達が可能となる。再売買の約束付きで買うことを「現先買い」あるいは「買い現先」といい、買手は、これにより資金の運用が可能となる(当初の売買価格と再売買価格との差額が収益になる。再売買価格は、債権の利息収受権を売主に留保させたままにするか否かも考慮して定める)。売買された財産は担保の役割を果たし、売手も買手も、予め再売買価格を定めておくことにより、財産の価格変動のリスクを負わずにすむ。なお、「現先売り」・「現先買い」といっても、予め再売買が約定されている場合には、同一の現先取引が売主から見れば「現先売り」であり、買主から見れば「現先買い」になるにすぎず、2種類の契約類型があるというわけではない。他方、再売買が一方の意思に係る場合(再売買の一方予約の場合)には、売主と買主のいずれに予約完結権が有るかにより、2種類の契約類型を観念する必要がある。

賃貸借の場合  現先取引は、債権や証券の賃貸借の形態をとることも可能である(目的財産が証券である場合には、消費貸借も可能である)。この場合には、借主は、担保として現金を提供するので、「現金担保付き賃貸借」になる。この場合には、形式上は現金が担保になるが、実質的には貸借目的物が担保である。貸借はいつか終了することが予定されているので、その終了時に財産の反対移転がなされ、反対取引の約束をする必要はない。(通常は、期間の定めのある貸借としてなされるが、期間の定めのない貸借も、もちろん可能である。この場合には、賃貸借契約成立後に、一方当事者が他方に決済日を通知して、その日に決済が行われる。このような類型の取引を「オーブンエンド取引」という。[齋藤*2010a]269頁)。

なお、売買方式の現先取引では有価証券取引税が課せられる税制度の下では、その税コストの回避あるいは低減(貸借の場合に仮に有価証券取引税が課せられる制度が採用されたとしても、貸借であれば1回の取引税ですむのに、売買方式では2回の取引税が課せられる)のために、貸借方式が好まれる([齋藤*2010a]269頁)。日本では、1999年3月31日まで有価証券取引税法により売買に取引税が科されていたため、貸借方式が好まれた。しかし、金融システム改革(日本版ビックバン)の一環として同法が同日の終了をもって廃止されたことにより、売買方式が主流になってきている(アメリカでは売買方式が主流であるので、国際取引もこれが主流になり、国内取引においてこれと異なる貸借方式を採ることは不便である)。

倒産手続との関係  現先取引は、しばしば、証券を保有する者が資金を調達するためになされ、売買又は賃貸借の対象となる証券は、担保財産とみることができる(担保付き金銭消費貸借としての現先取引)。取引の一方当事者について倒産手続(破産手続、再生手続、更生手続)が開始された場合に、相手方をどのように処遇するかが問題となり、その法学的表現として、現先取引をどのように法律構成するかが問題となる。次の2つの構成が考えられる。

  1. 双務契約構成  売買契約と同時になされた再売買の契約を独立した双務契約と見て、破産手続開始時に双方未履行の状態にあれば、相手方は同時履行の抗弁権を有し(民法533条)、破産法53条・54条の適用がある(民事再生法51条、会社更生法61条)。
  2. 担保的構成  現先取引の経済的機能は担保付金銭消費貸借であり、現先取引の要素の一つである再売買の合意を独立した合意と見て破産法53条の適用を肯定するのは、現先取引の実質に適合しない法律構成であり、破産者(売主)の相手方は、別除権者になるとすべきである。買主(担保権者)について破産手続が開始された場合には、破産管財人は相手方に対して再売買の履行を請求することができ、この履行請求は、債務弁済請求の意味をもつ。

いずれの法律構成も可能である。いずれの法律構成を採用すべきかは、個々の現先取引ごとに判断すべきであるとしてよいであろう。その上で、いずれの法律構成を原則とすべきかが問題になる。破産及び再生手続が開始された場合には、いずれの法律構成でも結果に大差はないが、会社更生手続が開始された場合には、破産者(売主)の相手方は更生担保権者として処遇され、現先取引で約定された権利(再売買の同時履行の抗弁権や再売買契約の解除権)を更生手続外で行使することができなくなる。現先取引は、通常、迅速性が要求される金融取引の一部としてなされていることを考慮すると、更生担保権者として処遇することが取引の需要に適合するかは問題であろう。その点からすると、第1の構成(双務契約構成)を原則とするのがよいように思われる。


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2014年 4月 19日 −2014年 5月 9日