負担付遺贈及び信託の

関係人の破産

関西大学法学部教授
栗田 隆


目 次

1 はじめに
2 受遺者の破産及び受託者の破産
 2.1 受遺者の破産と破産法148条3項
 2.2 受託者の破産
3. 相続財産の破産及び委託者の破産
 3.1 相続財産の破産
 3.2 委託者の破産
4. 受益者の破産及び負担の利益を受ける者の破産
 4.1 受益者の破産
 4.2 負担の利益を受ける者の破産


1.はじめに

 世界経済の一体化が進み、中国、インド、ブラジル等の経済発展が著しい中で、日本は人口構成の少子高齢化が進み、従前の経済的豊かさを保つために経済活動の一層の効率化が求められるようになった。その要請に応ずるかのように、民事法の世界では、法改正のラッシュが生じ、新しい法律が続々と登場した。いずれの新法も、予見可能性を高めるために、規定が詳細になった。本稿で取り上げる破産法(平成16年6月2日法律第75号)にも、信託法(平成18年12月15日法律第108号)にも、この傾向が現れている。

 現代社会の需要に応ずることができるように規定が詳細に定められているので、解釈上の疑義が生ずることは少なくなったが、それでもいくつかの事例を想定し、それが新法の下でどのように解決されるかを確認しておくことは、紛争解決の予測可能性を高める作業として有用と思われる。本稿では、後記のような事例について、その関係人に破産手続が開始された場合に、法律関係がどのようになるかを検討することにしたい。体系的な検討というよりは、思いつくままに拾い上げた問題点の検討になるが、ご容赦いただきたい。

 想定する事例
 Aが賃貸不動産を有していて、自分の死後に、賃料収入から公租公課や諸々の管理費用を除いた純収入がBの生活費に充てられること、そして、Bの死後は、Cに帰属することを願うときに、それを実現する代表的な手段として、[a]負担付遺贈と[b]信託がある。

 負担付遺贈の方法による場合には、[a1]例えば、その不動産をCに負担付きで遺贈すればよい(負担付特定遺贈)。この場合に、[a2]受遺者が負担の利益を受ける者に対して扶養義務を負うときには、負担付遺贈は、扶養義務の履行を確実にするための配慮であり、負担の履行は、扶養義務の履行であるとみることができる。

 信託の方法による場合には、[b1]例えば、Bを受益者、C又は第三者Dを受託者としてその不動産を信託し、Bの死亡を信託の終了事由とし、Cを残余財産の帰属権利者(信託法182条1項2号)に指定すればよい(遺言信託)。さらに、[b2]Aが生存中にC又はDと信託契約を締結する方法によることもできる。この場合に、[b2-1]例えば最初の10年間について、AがBに報酬を支払うことを合意することもできるし、[b2-2]そのような合意をしないこともできる。[b3]この信託契約は、BがAの病弱な子(兄)で、CがAの健康な子(弟)であるような場合に、Aの生存中は父の子に対する扶養義務の履行の一環であり、Aの死後は兄弟間の扶養義務の履行の一つの方法であるとみることができる(ここでは、その旨が信託契約において明示されていて、そのように評価できることを前提にしよう)。

 本稿では、こうした負担付遺贈及び信託に関し、その関係人について破産手続が開始された場合の法律関係を検討する。最初は受遺者と受託者の破産について、次に相続財産の破産と委託者の破産について、3番目に遺贈の利益を受ける者と受益者の破産についてみる。

 なお、旧破産法(大正11年4月25日法律第71号)の下では、「債務者の破産」という簡便な表現があったが、現行破産法の下では、これは「債務者が破産手続開始決定を受けたこと」あるいは「債務者について破産手続が開始されたこと」と表現されるべきことになった。それでも、旧法下の問題を含めて議論する本稿では、「債務者の破産」という表現も用いることにしたが、ご了解いただきたい。

2.受遺者の破産と受託者の破産

2.1 受遺者の破産と破産法148条3項

 前提の議論(148条2項)
 遺贈は、遺言者の相続開始の時から効力が生ずる(民法985条1項)。()受遺者について破産手続が開始された後に遺言者が死亡した場合には、遺贈された財産は破産者の自由財産に属し、破産管財人の管理処分には服さない(破産法34条1項参照)。他方、()遺言者が死亡し、受遺者の承認を経て、負担付遺贈の履行がなされてから受遺者について破産手続が開始された場合には、遺贈された財産は破産債権者の受遺者に対する信用の基礎になっていたと考えられるので、遺贈された財産は破産財団に属するとともに、遺贈に付された負担により利益を受ける者の権利は破産債権になるにすぎない。しかし、()遺言者が死亡した後、その履行前に受遺者について破産手続が開始され、その後に破産管財人が直接または間接に履行を受けた場合には、遺贈された財産は破産財団に属するが、それでもその財産が破産債権者の破産者に対する信用の基礎になっていたと考える必要はなく、かつ、遺贈者の意思を尊重して[1]、遺贈された財産価額を超えない範囲で、負担の利益を受けるべき請求権は財団債権になるものとされている(破産法148条2項)。この場合に、その遺贈の履行に先立ってなされるべき承認を受遺者自身がしたか、あるいは破産法244条1項により破産管財人がしたかは問われない。ただ本稿では、議論を確実にするために、破産管財人が承認をし、破産管財人が直接に履行を受けたことを前提にすることにしよう。

 見解の対立
 破産法148条1項・2項は、財団債権を9種類列挙しているが、そのうちで、この負担の利益を受けるべき請求権(2項)と、双方未履行契約について破産管財人により履行が選択された場合の相手方の債権(1項7号)についてのみ、同条3項が、破産債権の金銭化・現在化に関する規定(103条2項・3項・99条1項2号から4号)を準用している。問題は、この3項及びこれに相当する旧破産法52条をどのように解釈するかである。この点については、従来、次のように説明がなされていた。()財団債権は、本来の内容に従って弁済されるべきであるが、旧52条(現148条3項)は、例外的に、破産手続の迅速処理のために金銭化・現在化を行うことができる旨を規定している[2]。この見解において強調されるべきことは、規定の目的が「破産手続の迅速処理のため」であること、そして、後で紹介する最近の見解(D)との関係で、財団不足の場合に公平な比例配分を行うための規定であるとの趣旨が述べられていないことである。もっとも、「破産手続の迅速処理のため」という説明が書かれていなくても、旧52条を財団債権の比例弁済から切離して説明している文献は、基本的にこれと同趣旨と見てよいであろう[3]。そして、()金銭化・現在化は、その必要がある場合に行われるのであり、その必要が生ずる場合とは、比例弁済が行われる場合であるとする見解もある[4]。この見解を「必要時適用説」と呼んでおこう。これに対しては、()旧52条が破産手続の迅速処理のための規定であるという点においては基本的な趣旨を同じくしつつも、金銭化・現在化について、「必要があれば」という限定を付すべきではなく、旧52条所定の債権については常に金銭化・現在化を行うべきであるとする見解も現れた[5]。この見解を「常時適用説」と呼んでおこう。しかし、その後、()旧52条は、財団不足の場合の財団債権の弁済に関する説明の中で説明されることが多くなった[6]。その趣旨が、≪同条の適用は比例弁済の場合に限定される≫との趣旨であるのか否かは明瞭ではないが、ただ、その趣旨の見解を想定することは可能であろう。現実に存在したか否かは別として、そのような見解を「比例弁済限定説」とよんでおこう。新破産法の下では、近時、次のような見解が有力に主張されるようになった:()旧52条・新148条3項の規定が設けられた理由は、「財団債権の破産手続内での迅速な弁済」であるが、破産手続進行中に本来の履行期が到来する財団債権の随時弁済に適用すると不合理な結果になるので、その場合については適用を排除すべきであり、破産手続が財団不足のために異時廃止されるか、最後配当により終結するかにかかわらず、破産手続の進行中に本来の履行期が到来しないため、破産手続終了時に破産管財人が本来の履行期前に弁済する必要がある場合に限って適用されるべきである。そして、「破産法148条3項が定める財団債権の現在化・金銭化は破産手続開始の効果と考えるべきではなく、破産手続の終了時にそれらの効果を発生させれば足りる。また破産手続終了時に現在化・金銭化の効果を発生させる財団債権は、同項が挙げる破産法148条1項7号及び同条2項の財団債権に限らず、破産手続終了時に存在している財団債権すべてが含まれる」[7]。従来の見解との対比では、適用範囲を破産手続の終了時の弁済に限定する点が重要であるので、この見解を「終了時弁済限定説」と呼んでおこう。

 問題の検討
 このように見解が対立しているが、平成16年破産法が比例弁済限定説を採用していないことは、規定の位置からして明らかである。財団債権に関する大正11年破産法の規定と現行破産法の規定との対応関係を、本稿に必要な範囲で表にすると、後記の表のようになる。

大正11年法 平成16年法
財団債権の範囲 47条 148条1項
負担付遺贈の財団債権化 48条 148条2項
財団債権の弁済 49条  2条7項
財団債権の優先 50条 151条
財団不足の場合の弁済方法 51条 152条
金銭化・現在化 52条 148条3項

 もし現行法の起草者が比例弁済限定説の立場に立ったのであれば、148条3項の規定は、152条の中に置かれるべきである。ところが現行法は、148条の中に置いている。そのことは、破産管財人が双務契約上の義務や遺贈に付された負担を随時履行する際にも148条3項が適用されことがあるとの前提に立って規定が設けられていることを意味すると読むのが素直であろう。そして、実際にも、財団不足でなくても148条3項を適用すべき場合は、いろいろ考えられる。

 本稿の冒頭に取り上げたような負担付遺贈の場合には、遺贈された不動産は破産財団に属しているのであるから、破産管財人は、これを換価しなければならない。同時に、負担は、負担の利益を受ける者が死亡するまで遺贈された賃貸不動産から得られる収益をこの者に給付するというものである。この負担の最も確実な履行方法は、破産管財人がその者の死亡までその不動産を管理し、死亡後にその不動産を換価して、その代金を破産債権者に配当することである。しかし、そのように悠長に破産手続が続くことを破産法は予定していない。破産財団に属する財産を迅速に換価して、破産債権者に迅速に配当することは、破産法の一つの重要な目標である。そうであれば、遺贈に付された負担を現在化してその履行を容易にし、かつ、そうすることにより、遺贈された財産の換価を容易にすることが必要となる。破産法148条3項が同条2項の財団債権について金銭化・現在化に関する規定を準用したのは、まさにこれが狙いであった。

 常時適用説も、この見解を文言通りに受け止めた場合には、採用できない。 例えば、破産手続開始前に破産者が1000万円で仕入れた在庫商品を相手方に1050万円で売却する契約を締結し、破産手続開始時に双方未履行の状態にある場合に、相手方の有する商品引渡請求権を金銭化する必要は、まったくないからである。
 これまでに表明された見解の中では終了時弁済限定説が最も充実している。そして、破産手続終了時の弁済については、一四八条三項に挙げられた財団債権以外の財団債権にも同項が類推適用されるべきであるとの主張に賛成すべきである[8]。しかし、破産手続終了前における期限の現在化を否定し、手続終了時までは本来の履行期に弁済すべきであるとする点に不満が残る。破産手続の開始により、相手方は自己の債権が完全な満足を受けることができるかについて不安を抱かざるを得ず、そのことは相手方の債権が財団債権になっても、財団不足により比例弁済を受けるリスクが残っている以上、基本的に変わらないであろう。
 詳述は別稿に譲ることにするが、次のように解したい。(α)一四八条三項は破産事件の迅速な処理を可能にするためのみならず、破産財団が財団不足に陥るリスクから相手方を保護するための規定と見るべきであり、相手方(特に一四八条二項の財団債権者)は期限の現在化により即時の弁済を求めることができるのが原則である。ただし、双方未履行契約の相手方は同時履行の抗弁権により自己の利益を守ることができるのが通常であり、同時履行の抗弁権を根拠づけるのに必要な範囲でのみ現在化される。(β)金額の現在化については、九九条一項二号から四号では破産手続開始の時が基準時にされているが、利息付財団債権については破産手続開始後の利息債権も財団債権になることとのバランスを考慮して、弁済時を基準にして額の現在化がなされるものと解したい(同時に、利息付財団債権については、元本完済後の時期についての約定利息は財団債権に含まれないと解すべきである)[9]。(γ)破産手続終了時前における期限の現在化は、財団不足の危険から財団債権者を守るために特に認められるものであり、財団債権者は破産管財人に対して繰り上げられた弁済期における弁済を要求できるが、破産管財人が直ちに弁済をしなくても、そのことは履行遅滞による解除権や損害賠償義務を生じさせるものではない。

 破産法148条3項の適用
 したがって、()破産者が負う負担が金銭の給付である場合には、その履行期の現在化と履行時を基準にした額の現在化を認めてよく、()負担が破産財団の中に現存しない物の給付であり、破産管財人が他から調達して給付する必要がある場合には、履行期の現在化と金銭化を認めてよく、()負担が代替的作為義務である場合にも、同様である。

 ()負担が破産財団の中に現存する物の給付である場合については、さまざまな状況が想定される。(d1)その本来の履行期が弁済時にすでに到来しているときには、そのまま引き渡してよい(金銭化も額の現在化も必要ない。むしろ、履行遅滞による損害賠償が問題になりうる)。(d2)本来の履行期が履行時よりも後に到来するようなときには、履行期前の履行により相手方がなんらかの利得を得たりあるいは破産財団が不利益を受けるのでなければ、金銭債権の金額の現在化に相当する調整をすることなく引き渡してよいであろう。その利得あるいは不利益が十分に小さく、調整を必要とするほどのものではない場合も同様である。(d3)本来の履行期前の履行により相手方が利得を得る可能性があるとき(例えば、負担が不動産の引渡しのとき)の処理は迷うが、金銭債権の金額の現在化に相当する調整が可能な限りではその調整を行い、その調整が可能でない又は著しく困難である場合には、調整なしに給付すべきであるとしてよいであろう。

 例えば、(α)遺贈された財産中に賃貸不動産が含まれていて、遺贈の時から5年後にその不動産を負担の利益を受ける者に譲渡すべき場合に、遺贈の時から1年後に負担の履行をするときには、4年分の賃料から不動産の管理費用や固定資産税を控除した額の利益の調整が必要となり、破産管財人はその金額に相当する賃料債権を換価して破産財団に帰属させる必要がある。(β)遺贈に付された負担が、受遺者が建物を10年間所有者として使用収益した後は、負担の利益を受ける者にその不動産を譲渡せよというものであり、破産管財人が破産手続開始後にただちにその負担を履行しようとする場合には、負担の利益を受ける者に10年分の賃料相当額から管理費用と公租公課を控除した額を破産財団に給付させて不動産を負担の利益を受ける者に譲渡するのが最善の選択肢である。しかし、負担の利益を受ける者がそれだけの金銭を直ちに支払うことができないのであれば、当該不動産を10年間にわたって賃貸することにより得られる収益を受ける権利を破産管財人に与え、その後に当該不動産を負担の利益を受ける者に帰属させる信託契約を破産管財人が適当な者と締結し、その受益権を換価する等の方法により10年間の使用収益の利益を換価することが次善の策となろう。最後の策は、遺贈者の意思の尊重という点では問題があるが、10年後にその不動産の所有権を取得するという履行期未到来の非金銭債権[10]について、金銭化と現在化を行うことである。具体的には、その不動産を換価して、相手方の権利をその代金を求める権利に金銭化した上で、弁済時から本来の履行期までの中間利息を控除して給付することである。これは遺贈者の意思の尊重という点では確かに問題であるが、しかし、遺贈者は、負担の利益を受ける者のみに利益を与えようとしたわけでなく、受遺者にも利益を与えようとしたのであり、そのことを考慮すれば、この金銭化も、利害関係人の利害の適切な調整(破産法1条参照)の方法の一つと評価すべきであろう。もし、遺言者が負担の利益を受ける者に確実に利益を与えることを最大の目的とし、受遺者はその目的の実現役に過ぎないと考えていたのであれば、遺言者は信託の方法をとるべきであったと言うべきである。

 上記のような形で負担の利益を求める権利を財団債権として処遇しても、おそらく負担の利益を受ける者に破産管財人が金銭を給付する場合とそうでない場合とのバランスを完全にとることは難しいであろう。しかし、そのことを理由に負担について常に金銭化すべきであるとすることは、遺贈者の意思を軽視することになり、賛成できない。遺贈者の意思を尊重しつつ、可能な範囲で金銭化と額の現在化による調整を行なうにとどめ、その余の調整は諦めるべきである。破産財団の利益は、最終的には、破産管財人が「遺贈の目的の価額を超えない限度において」(民法1002条1項、破産法148条2項)負担を履行することにより守られる。

2.2 受託者の破産

 信託の強みは、なんといっても、受託者について破産手続が開始されても、信託財産に属する財産が破産財団に含まれないことである(信託法25条1項)。負担付遺贈との重要な違いがこの点にあり、したがって、信託については破産法148条2項・3項のような規定は必要ない。

3 相続財産の破産と委託者の破産

3.1 相続財産の破産

 相続開始後に、「相続財産をもって相続債権者及び受遺者に対する債務を完済することができない」ことが判明したため、相続財産について破産手続が開始されたとしよう(破産法223条)。この場合には、負担付で遺贈されるはずであった財産も破産財団に取り込まれる。受遺者が負担付遺贈を承認した後で相続財産について破産手続が開始された場合には[11]、受遺者の権利は相続債権者に劣後する破産債権になるが(破産法231条)、他方、遺贈に付された負担の利益を受けるべき請求権は破産債権にはならない。これについては、受遺者が破産財団から配当を受けた後で、その負担を履行することになる。民法1002条1項は、「遺贈の目的の価額を超えない限度」においてのみ負担した義務を履行する責任を負うと規定しているが、この局面では、その限度は、「破産手続において配当を受けた限度」を意味することになる。

3.2 委託者の破産

 委託者について破産手続が開始された場合の信託契約の処理は、破産法の世界ではこれまであまり議論されたことがない。議論をしやすくするために、信託契約が効力を生じ、信託財産に属する財産が受託者に移転し、必要であれば対抗要件が具備された後で、委託者について破産手続が開始された場合を考えてみよう。

 信託の特質
 委託者が破産手続開始決定を受けても、そのこと自体により信託が当然に終了し、信託財産に属する財産が委託者に当然に復帰することはない。信託のこの特質を確認するために、委任契約の場合の取扱いと比較しておこう。委任者が破産手続開始決定を受けることにより委任契約は当然に終了し(民法653条2号)、受任者に移転された財産は破産者の責任財産(破産財団に属する財産)として、破産管財人に返還されるべき財産となる。他方、信託制度は、委託者の財産状況の悪化から切離して受益者に確実に利益を享受させることを一つの目的とするのであるから(信託の倒産隔離機能)、委託者の破産の場面で信託契約を委任契約と同様に扱うことは、信託制度の目的に反する。もちろん、全ての財産は誰かの責任財産となるべきであり、私人が信託契約により執行対象とならない財産を創出することは許されない。しかし、信託により、受益権と信託終了後の残余財産引渡請求権が創出されるのであり、これがそれぞれの権利を有する者の責任財産となる。これらの権利の現在価値の総和が信託された財産の現在価値よりも小さいことはあり得るが[12]、それによる社会的損失は、信託制度の社会的効用によって償われると考えるべきであろう。

 信託の終了
 もっとも、次の場合には、委託者が破産手続開始決定を受けたことの結果として、信託が終了することがある。
 1. 信託行為において、委託者が破産手続開始決定を受けたことが信託終了事由として定められている場合
 2. 信託法164条1項が委託者と受益者の合意により信託契約を終了させることを認めているので、委託者が同時に受益者の場合には、委託者の破産管財人は、いつでも信託契約を終了させることができ、その意思表示がなされた場合[13]。
 3. 破産法53条の規定により破産管財人が信託契約を解除する場合(信託法163条8号)

 破産法53条の規定による解除
 ここでは、3の終了事由についてもう少し検討しよう。信託法163条8号は、信託契約が双方未履行の状況にある場合に、破産法53条の規定により破産管財人が信託契約を解除することを認めている。例えば、受託者が信託契約によって信託事務遂行義務を負っていて、これに加えて、委託者も受託者に信託報酬支払義務等の信託契約に基づく義務を負っている場合には、信託契約は双方未履行の状態にあり、委託者の破産管財人は、信託報酬支払義務を消滅させるために、この解除権を行使する必要がある[14]。

 受益者と委託者とが一致する場合には、信託法164条1項によっても信託を終了させることができるので、信託法163条8号と破産法53条が独自の意義を発揮するのは、受益者と委託者とが異なる場合で、かつ受益者が信託の終了を望まない場合であろう。

 破産者が相手方に給付義務を負っていて、相手方が破産者以外の者に給付をなすことが破産者に対する義務となっている場合に、これも、破産法53条が予定する双方未履行契約の範疇に入るのかについては、若干の疑念がないわけではない。しかし、そのような契約類型の一つとして、第三者のための契約(例えば、破産者Aが相手方Bに代金を支払い、Bが第三者Cに一定の給付をする契約)が考えられ、これについては、相手方の債権は常に破産債権になるとするよりは、53条の適用を肯定し、解除又は履行の選択により破産財団の負担を軽減できるようにする方がよいであろう。ある契約により当事者の一方が負う義務の内容が第三者への給付であっても、そのこと自体はその契約が破産法53条の双務契約に該当することを妨げないと解すべきである。

 これと同様に、委託者と受益者とが異なる場合に、破産手続開始決定を受けた委託者の受託者に対する義務を消滅させる必要がある場合には、その限りで破産法53条による解除を認めるべきである。解除の結果、信託契約自体が終了し、清算がなされることになる。しかし、破産管財人が破産法53条の規定により信託契約を解除するのは、破産者の財産関係を清算するために必要だからであり、前記の例では、受託者に報酬を支払う義務を消滅させるためである。この目的を達成する上で、信託の終了が必要不可欠かといえば、必ずしもそうではないであろう。前記の例では、信託終了後に委託者が残余財産に何の権利も有しないのであれば、受益者が委託者に代わって信託報酬を支払うことにより、信託を存続させることは可能である。さらに、委託者が自由財産から信託報酬を支払い続けることができる状況では、それも許してよいであろう。後者の場合には、委託者は、自己が破産手続開始決定を受けたにもかかわらず、依然として委託者の地位を失わない。そのいずれもが可能でないときに、かつ、受託者が信託報酬を受け取ることなしには信託事務を遂行できないと主張するときに、初めて信託は終了すべきことになる[15]。

 問題は、以上の結論をどのように説明していくかである。比較的容易に結論を出すことができるのは、破産管財人による解除の意思表示後に、受益者が信託報酬を支払って信託を存続させる場合であろう。これは、信託法149条の信託の変更として可能である。この信託の変更と委託者の破産管財人による解除の効力との関係をどのように構成するかが問題となる。次の二つの法律構成が可能であろう。第一は、(α)解除によりいったん消滅した信託が、受益者の前記の意思表示により復活するとの構成である。これは、破産管財人の解除により信託が絶対的に終了することを前提としており、解除の効果についてのこの考えは、絶対効説と呼ぶことができる。第二は、(β)解除により、信託が当然に終了するのではなく、この解除の意思表示は信託報酬の支払について破産財団が責任を負わないという効果をもつにすぎず、その結果信託の存続が不可能になったときに、信託法163条1号により信託は終了する。これは、破産管財人による解除が信託を破産手続との関係で終了させるにすぎないことを前提としており、解除の効果についてのこの考えは、相対効説と呼ぶことができる。

 立法論としてはいずれの構成も可能であり、また、現在取り上げている事例に関する限りでは、前者の構成よりは後者の構成の方が適切と思われる。しかし、後者の法律構成は条文の文言にはそぐわず、また、他のさまざまな事案において後者の構成が適切であると言い切ることもできないことを考慮すると、現行法は前者の構成をとったとみるべきであろう。それを前提にした上で、破産管財人からの解除により信託が終了した場合でも、受益者が信託報酬を支払うことにより信託を復活させることは、なお可能であるとしてよいであろう。その復活を、受益者の一方的意思表示で足りるとすべきか、それとも、受益者と受託者との合意が必要であるとすべきかは迷う。(α)信託法149条3項2号の「信託の目的に反しないこと及び受託者の利益を害しないことが明らかであるとき」に該当すると思われるので、この信託の変更は受益者の一方的意思表示で足りるとすることも可能と思われる。しかし、(β)受益者が信託報酬の支払義務を負うことを明確にするためには、受益者と受託者との契約関係と構成する方がよく、その旨の両者の合意があって初めて信託は復活すると解しておきたい。ただし、受益者からの信託報酬支払契約の申込みに対して、受託者は正当な理由がないかぎりこれを拒絶できないとすべきである。

 同様なことは、破産した委託者が自由財産から信託報酬の支払を続ける場合にも妥当する(この場合にも、新たな信託報酬支払契約の締結により初めて委託者は信託報酬支払義務を負うと解したい)。

 なお、信託契約が委託者の財産の管理を受託者に委ねる契約の一種とみることができる場合に、委任契約に関する民法653条2号を類推適用して、信託契約が破産手続の開始により当然に終了するとすることも考えられないわけではない。しかし、信託法163条は、そのような類推適用を排除していると読むべきであろう。したがって、信託契約に別段の定めがある場合を除けば、信託が委託者の破産手続開始によって当然に終了することはなく、その終了には破産管財人の意思表示が必要となる。

 残余財産引渡請求権が破産財団に属する場合の換価
 では、先の例で、信託終了後の残余財産について、委託者が帰属権利者として指定されていた場合には、どうすべきか。彼が有する残余財産引渡請求権も、破産法34条2項にいう「破産者が破産手続開始前に生じた原因に基づいて行うことがある将来の請求権」に該当し、破産財団に属する。破産管財人は、これを迅速に換価する必要に迫られるが、その方法を考えてみよう。

 ()委託者が信託報酬支払義務を負っていて、信託契約が双方未履行の状態にある場合  この場合には、破産管財人は、信託契約を解除し、受託者に信託の清算をさせ、残余財産の引渡しを求めることになる。信託の清算において、金額が不確定な受益債権については裁判所の評価により金額を定めることになっているが、弁済期未到来の無利息の確定金額債権について中間利息を控除する旨の規定(民執法88条2項参照)は置かれていないので、中間利息の控除を行うことなくその全額を支払うことになろう。ただ、受益者と残余財産が帰属すべき者とが異なる場合には、前者の取り分が多ければ後者の取り分が少なくなり、両者の利害は対立関係にある。受益債権について一括弁済をするために不動産の売却が必要となる場合には、この対立は深刻となろう。繰り上げ弁済を受けることになる無利息の受益債権について、中間利息の控除を全くしないという形で、両者の利害対立を解決することが妥当であるかについては疑問があるが、今は疑問の指摘にとどめておこう。ともあれ、この点について紛争が生じないように、信託行為においては、信託が途中で終了する場合の清算について十分な定めをしておく必要がある。

 ()委託者が受託者に対して信託報酬支払義務を負わず、受託者が委託者に対して信託事務遂行義務と残余財産を委託者に引き渡す義務を負っているにすぎない場合  この場合には、委託者について破産手続が開始されても双方未履行の状態にはないので、委託者の破産管財人は信託契約を解除することはできない。それでも、委託者が有する残余財産引渡請求権は破産法34条2項により破産財団に属し、破産管財人はそれを換価しなければならない。この場合には、破産管財人は、次の方法で、この権利を換価することができる。(α)残余財産引渡請求権を含めて委託者の地位を他に譲渡する方法(信託法146条)。(β)残余財産引渡請求権を委託者の地位から切り離して換価する方法。

 第1の方法は、信託法146条により認められていることであり、それが許されることに特に問題はなかろう。破産管財人がこの地位を譲渡するときにも受託者及び受益者の同意を必要とすべきかについては、議論の余地があろうが、相互の信頼関係が重要であることに鑑みればやはり必要とすべきであろう。第2の方法が許されるかは、残余財産引渡請求権の性質が譲渡を許さないものであるか否かに依存する(民法466条1項)。しかし、一般論としては、残余財産引渡請求権は財産的権利としての純度が高く、民法466条1項前段の原則に従って譲渡可能であるとしてよいであろう。とりわけ、受託者の同意が得られないために第1の方法(委託者の地位そのものの譲渡)をとることが困難な場合には、残余財産帰属請求権の譲渡を許す必要性が高くなり、これを肯定すべきである。

4 受益者の破産及び負担の利益を受ける者の破産

4.1 受益者の破産の場合

 この場合には、受益債権は、破産財団に属する権利として、破産管財人が行使することになる。ただ、受益債権が「生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権 」にあたる場合には、破産法34条3項2号・民事執行法152条1項1号により、原則としてその4分の3は、差押禁止債権として破産財団に属しないことになる。

 では、委託者が受益者の親族であり、親族間の扶養義務の履行の一つの方法として信託がなされた場合はどうか。一般に、親族間の扶養義務の履行請求権は、帰属上及び行使上の一身専属性が肯定されているのであるから、≪親族間の扶養料請求権も民事執行法152条1項1号の適用範囲に入り、その4分の3は差押えが禁止されても、その余は差押えが許される≫とすることには若干の抵抗を感ずる[16]。しかし、それを肯定するのが現在の通説といってよく、本稿ではこれを前提にすることにしよう[17]。

 これを前提にしても、一つの受益債権の一部のみが扶養料債権の性質を有すると評価され、その余は扶養料債権の性質を有しないと評価される場合がありうる。しかし、その区別を個々の事件ごとに行うよりは、問題の処理を民事執行法152条・153条に委ねる方が簡明である。すなわち、標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超える部分は常に差押えが許され、したがって、その額を超える部分は、実際上、扶養料債権としては保護されない。もちろん、扶養料債権者が病弱である等の理由で多額の生計費を必要とする場合には、民事執行法153条により差押えが取り消されうる。

 ここで、将来の扶養料について考えてみよう。一般に、親族間の扶養料請求権の基礎が直系血族又は兄弟姉妹の関係である場合に、扶養料請求権が権利者の破産手続開始前から存在し、かつまた扶養料請求権の権利行使が破産手続開始前にすでになされているとしても、だからといって差押禁止部分を除いた将来の扶養料請求権が34条2項によりすべて破産財団に属すると考えるのは、妥当とは思えない。扶養料請求権が、権利者の義務者に対する直接の請求権として存在している場合には、その請求権の内容が「扶養権者の需要、扶養義務者の資力その他の一切の事情を考慮して」定められるべきものであることを考慮すると、むしろ、扶養料債権は扶養が必要となるその時々の事情に基づいて発生するものであり、ただ権利者の保護と義務者の予見可能性を高めるために、ある程度の期間にわたる扶養料支払の合意や家庭裁判所による決定が許されると考えるべきであろう。したがって、権利者について破産手続が開始された後の期間についての扶養料債権は、差押禁止部分を超えるものも含めて、すべて破産財団に属しないと解したい。他方、破産手続開始前に弁済期が到来している未払の扶養料請求権については、(α)その全額が通常の金銭債権と同様に差押えが許されるとするのか、それとも、(β)扶養料請求権が支払われなかったことにより要扶養者が生活上多大な不利益を受けていたであろうことを考慮して、やはり民執法152条1項1号の適用があり、これにより差押えが禁止される部分を除いた部分のみが破産財団に属すると考えるべきなのかが問題となるが、後者の選択肢をとるべきであろう。

 このことは、扶養料の支払のために信託が利用され、扶養料債権が受益債権に転化されている場合にも、基本的に妥当すると解すべきである。ただ、この場合には、受益債権額が生活維持に必要な最低金額を超える場合があること、そして超過部分の存在が受益債権の一部として確実になっていることを考慮すると、破産手続開始後の期間についての扶養料債権としての受益債権は、差押禁止部分を超えるものについては、破産財団に属し、破産管財人はこれを換価することができると解してよいであろう。もっとも、これは、要扶養者である破産者の必要生計費がその後に増大しないことを前提とする。もし必要生計費が増大するのであれば、その増大分が扶養義務者である委託者あるいは受託者に追加請求されることになり、信託により扶養義務を果たし、それ以上の負担を避けようとした委託者の意図が実現されないことになる。したがって、裁判所は、必要生計費の増大の可能性がある場合には、破産法34条4項の規定により、破産財団に属しない財産の範囲を拡張すべきである。

 受益債権の換価の方法
 受益債権の換価の方法は、(α)取立てでもよいが、それでも他の財産の換価が完了する頃には、債権譲渡の方法で換価することが必要となろう。自由財産に属する部分については、破産管財人に管理処分権がないのであるから、買手となる者からすれば、一つの受益債権が破産財団と自由財産とに分属している可能性がある状況であるので、その区分が正しくなされていることが重要であり、そのことの保証が必要となる。その保証は、(α1)一般には、破産管財人、受益者、受託者及び委託者の合意であろう。(α2)合意ができなければ、破産管財人は、これらの者のうちで破産管財人の主張に異議を述べる者に対して、確認の訴えを提起すべきことになろうが、手続コストが高くつくことが難点となる。

 このほかに、換価の方法としては、(β)委託者及び受託者との合意により一括払いを受けることも許すべきであり、これについては、破産法78条2項8号の債権の譲渡に準じて、裁判所の許可が必要であると解すべきであろう(同条3項に該当する場合は除く)。

4.2 負担の利益を受ける者の破産

 負担の利益を受けるべき請求権についても、上記のことが基本的に妥当する。この権利も、一般には破産財団に属する権利として、破産管財人が行使することになる。



[1] 井上直三郎『破産法綱要第1巻実体破産法』(弘文堂、大正14年)126頁以下。

[2] 加藤正治『破産法要論』(有斐閣、昭和27年)118頁、中田淳一『破産法・和議法』(有斐閣、昭和45年)143頁。

[3] 例えば、加藤哲夫『破産法[第4版補正版]』(弘文堂、平成18年)272頁、宗田親彦『破産法概説(新訂第2版)』(慶應義塾大学出版会、2005年)482頁、伊藤眞『破産法・民事再生法』(有斐閣、2007年)222頁。

[4] 井上・前掲(注1)128頁以下。山本和彦ほか『倒産法概説』(弘文堂、平成19年) 80頁(沖野眞巳)は、次のように述べている:「現在化・金銭化が働くのは、破産配当に類するような場合、すなわち、破産財団の不足により財団債権の総額を弁済できないときの弁済の場面や、破産手続の終了に伴い財団債権の弁済が要請される場面に限定される(その場合にも、非金銭債権の金銭化についてはさらに個別の考慮を要する)と解すべきである」。この見解は、破産配当に類する場合として2つの場面を挙げているのてあるが、しかし、第2の場面(破産手続の終了に伴い財団債権の弁済が要請される場面)に破産配当に類する弁済が必要かは疑問である(財団債権への配当弁済が必要な場合は、第1の場面に尽きよう)。その点で、この見解の位置付けに迷うが、破産配当に類するような場合に限られるという記述を重視すれば、本文(B)の見解に含めることができる。しかし、破産配当に類するような場合以外に、第2の場面にも金銭化・現在化が必要になるとの趣旨に読めば(「破産手続の終了に伴い財団債権の弁済が要請される場面」の末尾が「場合」に改められれば、そのように読むことになる)、(E)の見解に含めることができる。

[5] 斎藤秀夫=鈴木潔=麻上正信・編『注解破産法』(青林書院、昭和59年)190頁(斎藤秀夫)。

[6] 山木戸克己『破産法』(青林書院、1974年)140頁(「破産手続の迅速処理のため」の説明なし)、霜島甲一『倒産法体系』(勁草書房、1990年)220頁(共益的債権が弁済不能の場合には、「未払の共益的債権は、倒産債権にならって、現在化金銭化したうえ(破52条)、法令の定める順序にかかわらず、まだ弁済しない債権を平等に弁済する」)、安藤一郎『現代破産法入門』(三省堂、1994年)198頁(「迅速な処理のため」との説明あり)。

[7] 松下淳一「財団債権の弁済」民事訴訟法雑誌53号(2007年)53頁以下(引用部分は57頁)。これに先行する文献として、山本ほか・前掲(注4)80頁(沖野)があげられている。松下論文後においては、竹下守夫・編集代表『大コンメンタール破産法』(青林書院、2007年)587頁(上原敏夫)。

[8] この点は、松下・前掲(注7)55頁以下が詳述する通りである。

[9]  ここで、中間利息の控除について考えてみよう。破産法148条3項により準用される99条1項2号は、破産手続開始後弁済期までの中間利息を劣後的破産債権とし、148条3項は、この部分が財団債権に含まれないとしている。これをそのまま適用すると、財団債権となるのは、

 本来の債権額をI、破産手続開始から本来の弁済期までの年数をT、法定利率をR、財団債権額Xとすると、

 I=X(1+RT)
 X=I/(1+RT)

となる。問題は、破産手続開始から財団債権の弁済までに若干の時間がかかるが、その間の利息をどうするかである。いくつかの補正が考えられる。

 ()破産債権については、有利子債権について破産手続開始後の利息債権を劣後的破産債権にすることと、無利息債権について破産手続開始から本来の弁済期までの中間利息を劣後的破産債権とすることにより、これらの債権の間のバランスをとっているので、破産手続開始後から配当までの利息を考慮する必要はない。しかし、財団債権についてそれが妥当であるかは疑問である。この疑問を前提にして、破産手続開始から実際の弁済まで年数(U)に応じた法定利息を支払うべきものとすると、破産管財人が支払うべき金額は、次のようになる。

 X(1+RU)=I(1+RU)/(1+RT)

 ()もう一つの補正は、中間利息の計算の起算点を破産手続が開始時ではなく、弁済時とすることである。これによれば、破産管財人が支払うべき金額は、次のようになる。

 I/(1+R(T−U))

 破産法は、こうした補正をまったく規定しておらず、現行法の解釈としては、どのように解すべきかが問題となるが、本文に記したように弁済時を基準に額の現在化をするのが簡明である。

[10] 負担付遺贈において負担の利益を受けるべき請求権は、通常は、債権的請求権である。この請求権が物権的請求権であるという事態はあまり思いつかないが、そうした事態が生じた場合には、破産管財人は、物権化された権利の負担が付された不動産として売却しなければならない。

[11] 彼にその撤回を許す余地はあるが、ここでは撤回しないことを前提にする。

[12] 例えば、残余財産引渡請求権の現在価値は、権利の実現までに時間がかかるときには、極めて小さいものとなり、その結果、信託から生ずる権利の現在価値の総和が信託された財産の現在価値を下回ることがあろう。

[13] 新信託法164条1項は、委託者と信託利益の全部を享受する者が一致する場合に、委託者はいつでも信託を解除することができると規定していた旧信託法57条前段を拡張した規定である。寺本昌広『逐条解説新しい信託法』(商事法務、2007年)365頁参照。

[14] 寺本・前掲(注13)361頁以下参照。

[15] このことを破産した委託者の給付義務と受託者の給付義務との対価関係の視点から見ると、次にように説明できよう。すなわち、()例えば、委託者が1億円の不動産を受託者に信託し、受託者がその不動産を運用して受益者に毎年500万円の給付を10年間続け、信託期間終了後に残余財産を受益者に譲渡することを受託者のなすべき事務とする信託において、信託報酬支払義務と対価関係に立つのは、受託者のこの事務の遂行義務である。受益者に信託財産から年500万円を給付する義務および残余財産引渡義務の履行の原資となるのは、基本的に、信託財産に属する財産であり、それは委託者の財産に属しない。したがって、信託報酬支払義務と受益債権とは、対価関係にない。破産管財人が信託報酬支払義務を消滅させるために破産法53条の解除により信託契約を解除しても、信託報酬支払義務と対価関係に立たない範囲では、受益債権が消滅するいわれはない。()これに対して、委託者が受託者に毎年給付する金銭の一部を受託者が受益者に給付することを内容とする信託の場合には、破産法53条による信託契約の解除の結果、受益債権がその範囲で消滅することになる。

[16] 民法の規定する親族間の扶養義務が、権利者の最低限度の生活を維持するのに必要な範囲でのみ生ずることを前提にするのであれば、その義務の履行を求める権利は全面的に差押えが禁止されるとするのが妥当である。もし、扶養料が債務の弁済に充てられ、それにもかかわらず要扶養者が生活を維持できるのであれば、そもそもその債務の弁済に充てられる範囲では扶養料は必要なかったことになり、扶養義務が生じなかったことになる。もちろん、債権者の中には、扶養義務者が扶養料の支払いを遅滞したために生活に困窮した要扶養者に金銭を貸し付けてその生活の維持を助けた者ものもあろうし、その者については扶養料からの債権回収を認める必要性が高いが、しかし、それは貸付当時において弁済期が到来している扶養料から回収されるべきものである。こうしたことを考慮すると、(α)給付される金額が受益者の生活状況や委託者との親族関係を考慮して親族間の扶養として妥当な範囲では、全額が差押えの許されない債権になることが妥当なように思われ、(β)親族間の扶養料請求権も、民事執行法152条1項1号により、四分の三のみが差押禁止債権となり、残余については差押えが許されるとすることには抵抗を感ずる。

 (α)の選択肢を採用した場合には、例えば、次のような処理が考えられる。親族間の扶養義務の履行として妥当な金額が月15万円で、民執法152条1項1号の「生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権 」が月25万円までと判断される状況において、受益債権が月40万円であれば、最初の15万円の全額について差押えは許されず、次の10万円(25万円−15万円)についてはその4分の3(7万5000円)が差押禁止となる。その余の12万5000円(40万円−15万円−7万5000円)は、弁済期がすでに到来している支分権のみならず、将来到来する支分権も、すべて差押えが許され、破産財団に属し、破産管財人が行使することになる。他方、差押えが許されない部分は、弁済期が将来到来する部分のみならず、既に到来している部分も、破産財団に属しないと考えるべきである。

[17] 『注解民事訴訟法(4)』(第一法規、昭和60年)517頁以下(五十部豊久)、中野貞一郎『民事執行法増補新訂5版』(青林書院、2006年)636頁、『新版注釈民法(25)』(有斐閣、平成16年)743頁(床谷文雄)、816頁(松尾知子)


[研究助成の表示] 本稿は、平成17年度〜平成19年度科学研究費補助金(基盤研究(C))課題番号17530085(研究代表者:明治学院大学法学部准教授 伊室亜希子)の研究成果の一部である。

(2008年3月−2008年8月4日)