平成12年8月24日(木)平成12年度近畿地区国立学校等技術専門職員研修
関西大学法学部教授 栗田 隆

資料A:設 例

のコメント

近年、どの大学においてもインターネットに接続されたコンピュータを勉学のために学生に自由に利用させている。これに伴い、さまざまなトラブルが生じうることになり、それに適切に対処することが必要となっている。ここでは、A大学において次のような問題が生じたと想定して、その解決を考えてみることにしよう。なお、「自由に利用させる」という意味は様々であり得るが、ここでは、さしあたり、「無料で、かつコンピュータルームのある部屋の管理に伴う時間的制約以外には別段の制約なしに利用させる」という意味に理解しておこう。もちろん、利用者にIDを付与し、パスワードを自己管理させているが、利用記録としてのログをどの範囲でとり、どの程度の期間保存するかといったことは、個々の問題の中で考えることににしよう。議論を単純にするために、学生は成年に達しているものとする。

設例 1

A大学のある学生が大学の設備を利用して学外のWeb上の書込み自由の掲示板に他人の名誉を害する記載をしたようである。

1. 掲示板の管理者Bから次の要請が来た場合に、どのように対応すべきか。

  1. その学生を特定して、A大学において厳重に注意すること
  2. 掲示板管理者Bが直接注意するから、その学生を特定して、氏名・住所をBに報告すること

2. 名誉を害された者Cから次の要請が来た場合に、どのように対応すべきか。

  1. その学生を特定して、A大学において厳重に注意すること
  2. 損害賠償の訴えを提起したいので、氏名・住所を特定してCに報告すること

A大学において、当該書き込みを行った学生を特定するためには、ログの調査することが必要となる。それが憲法21条や電気通信事業法4条により保護された通信の秘密の侵害に当たらないかが問題となる。

議論の準備として、一般の電気通信事業者が顧客の通信記録を閲覧・解析することを考えてみよう。通信の内容たるメイル本文を閲覧することは、もちろん、通信の秘密の侵害となる。のみならず、顧客がメイルの宛先を調査し、それを外部に漏洩することも許されない。Webページへのアクセスのログを調査し、どの顧客がどのページを閲覧したかを漏らすことも許されるべきでない。そのようなことが許されれば、電気通信設備を利用して情報にアクセスする自由に心理的に制約される。

では、大学についてはどうであろうか。外部の電気通信設備に接続された大学のLANの設備は、その構成員である多数の者の利用に供される点を考慮すると、「他人の通信の用」に供される電気通信設備のようにも見えるが、しかし、組織体の目的の遂行のために、組織体の構成員に限定して利用させる限り、自営電気通信設備と考えるべきであろう。したがって、これには、電気通信事業法4条の適用はないことになる。

自営電気通信設備の設置者は、自己の電気通信設備が自己が定めた目的の遂行のために適切に利用されているかを、通信ログ等の解析を通じて点検することができる。しかし、大学には学問の自由が保障されており(憲法23条)、知る自由がもっとも尊重されるべき場である。この自由の保障のために、大学図書館においては、図書の貸出記録は図書の返却とともに消去するものとされている。同様なことは、インターネットの通信ログについても望まれる。ただ、大学の図書館にポルノ雑誌が置かれることはないが、大学の通信設備を利用してポルノサイトにアクセスすることは可能であり、そのアクセスを許すことまでは、大学の通信設備の目的には含まれない。まして、外部の掲示板に他人の名誉を侵害することも、大学の通信設備の目的には含まれない。したがって、現実に設例のような事態が生じた場合に、それをしたのがどの学生かを特定し、必要な処分をなすために通信ログを調査することは、許されよう。もちろん、その調査を開始することを正当化するに足る資料(相手方サイトの通信ログなど)が提出されることは必要である。

大学の社会的品位を保つために、外部からの苦情に対して誠意をもって対応することが望ましいという理由で、大学は必要な調査・処分を行うことになるが、それは法的な義務とは直ちに言えない。

とりわけ、書き込み自由な掲示板を設置しているサイトとの関係では、そのような掲示板の設置自体が問題を引き起こしていると言って良いのではなかろうか。自ら無責任な書き込みを可能にする掲示板を設置しておきながら、問題が生ずれば外部の機関に調査の負担を負わせていることにならないであろうか。匿名での書き込みを誰にでも許す掲示板の設置者は、書き込み内容について監視義務を負うべきであり、その監視義務を果たしているにもかかわらず執拗に違法な書き込みがなされる場合にのみ、外部に調査への協力を求めることが許されるべきであると考えたいところである。

被害者からの苦情に対しては、誠実に対応することが、社会的に要請されよう。問題は、書き込みをした学生を特定することができる場合(典型的には、その特定された学生が書き込みの事実を認めた場合)に、被害者の要求に応じてその学生の住所氏名を通知すべきかである。一般学生から、裏切行為と非難されないように配慮する必要はあるが、しかし、それでも現に被害を受けた者の損害回復に協力することも社会的責務というべきであろう。ともあれ、学生が自発的に被害者に謝罪を行うように説得し、それに応じて自己の住所氏名を学生が相手に開示すれば、それが教育的に最善の解決となろう。また、被害者が訴え提起の準備として、通信ログの証拠保全等を申立、裁判所が認めて証拠保全を実施するような事態にまで至れば、大学がその学生の住所氏名を明らかにすることに対する反対意見は弱まろう。

設例 2

A大学では、男子学生が集団でアダルトページを見ることが多く、女子学生からセクハラの原因になると抗議されている。このようなページの閲覧を規制することは、法的に許されるか。許されるとして、どのような方法で規制するのがよいか。例えば、次のような方法はどうか。

  • プロキシーサーバーで特定のサイトへのアクセスを禁止すること
  • ポルノサイトの閲覧は大学でのインターネット利用の目的の範囲外であり、ポルノサイトの閲覧回数の多い学生には、インターネット利用を停止することを規則で定め、閲覧ログを解析して問題のある学生の利用を停止すること。

これも、大学が電気通信設備を設置した目的、学生に利用を許す趣旨に照らして判断すべきである。ポルノサイトへのアクセスも、社会現象の研究のために必要であるとなれば、許すことになろう。しかし、大学の設備を利用しなくても、他の設備を利用して閲覧することも可能なのであり、学生一般の自由な利用に供される設備でのアクセスを認める必要はないと考えれば、禁止してもよい。

ポルノサイトへのアクセスは、しばしばトラフィクの増大につながり、他の通信の妨げとなる。こうした面からも、ポルノサイトへのアクセスを禁止することが必要となる場合もある。

規制の方法としては、プロキシーサーバーで制限するのがよい。閲覧ログの解析は、知る自由の不当な制約につながりやすい。

設例 3

A大学の学生が、証券会社のサイトにアクセスして証券取引を行っている。目的外利用であるから禁止すべきであるとの意見がある。禁止すべきであろうか。

教職員が勤務時間外に上記の利用をすることについてはどうか。

これも、学生に関しては、設例2と考え方は基本的に同じである。営利のためのアクセスとして禁止するか、起業家精神の増進のために放任するかは、判断が分かれよう。

教職員については、労働契約、就業規則が関係する問題となろう。学生に許して職員に許さないという選択肢は、もちろん可能である。携帯電話を用いた取引も可能であり、また、夜間取引が将来行われるようになれば、そのことにより問題の現実的意味がなくなることもありうる。

設例 4

A大学では、学生の自己表現のために大学のWebサーバーを利用させることにした。次のような事態に対しては、どのように対処したらよいか。

  • 学生自身が授業評価のアンケートを行い、科目名と担当者名(実名)を付して発表した。最下位のランクを付けられた複数の教員から、削除させるべきだとの声が出た。
  • 大学付近の飲食店のランク付けを行うページが現れた。最下位のランクを付けられた飲食店主が、「事実誤認に基づく誤った評価であり、削除せよ」と抗議してきた。
  • 学生がある生存している作家のある作品の全文を自分のWebページに転載し、その上でその作品を痛烈に批判した。その作家が、著作権侵害であるとして、抗議してきた。そして、損害賠償請求の訴えを提起するために学生の住所・氏名を明らかにせよと言い、明らかにしないのであれば、大学が損害を賠償せよと言ってきた。なお、全文の掲載は、著作権法上引用として許される範囲を超えているものとする。

学生に自由にページを作成させると、こうしたページも出現しよう。ページの内容が名誉毀損として違法性を持てば、そのページは削除されるべきである。授業評価となれば、授業内容の改善の促進という公益を図る目的を有するとみるべきであろう。しかし、事実の誤認に基づく不当な評価は、許されない。主観的要素に依存する評価となれば、違法性の判断が難しくなる。

設例 5

A大学の学生が、次のようなリンクを張った。これは、許されるだろうか。

  • 新聞社がWebページのウィンドーを記事フレームと広告フレームとに分割している場合に、記事フレームのみが独立のウィンドーに表示されるようにリンクを張ること。
  • フレーム分割されていない他人のWebページをフレーム分割した自分のウィンドーのフレームの一つに表示して、別のフレームに自分の宣伝文句を並べること。

リンクについては、著作権法上特別の規定はない。

設例 6

次の二つの場合についてA大学は、どのように対処したらよいか。

  • A大学のWebサーバーに対して、B大学のコンピュータを経由して不正アクセスがなされ、ページの内容が書き換えられた。サーバーの管理者は、B大学に対してどのように対処すべきか。
  • B大学のWebサーバーに対して、A大学のコンピュータを経由して不正アクセスがなされた旨の通知ならびに抗議がA大学のネットワーク管理者のもとに届いた。ネットワーク管理者が調べたところ、不正アクセスは、A大学のxという学生のIDを使用していた。管理者は、どのように対処すべきか。

サーバーとして使用しているコンピュータへの不正アクセスの防止は、現時の重要問題である。外国のコンピュータを経由して攻撃された場合には、相手方とのコミュニケーションに手間取ることになるが、ここでは、B大学は日本の大学であると想定する。

まずは、自分のコンピュータについて不正アクセス防止措置を強固にする。必要があれば、不正アクセス防止法6条により援助を求める。

B大学との最初のコミュニケーションは、電子メイルでよいであろう。攻撃の状況を示すログと共に、攻撃が中止されるように適切な措置をとることを求める。そして、攻撃が大学の構成員によってなされたのであれば、適当な処分とその報告を求める。犯人を特定して、その住所・氏名を報告することを求める必要は、通常はないであろう。但し、損害賠償請求の必要が生じれば、その報告も求める。

B大学の構成員以外の者がB大学のコンピュータをステップにして攻撃したとの回答がB大学からなされれば、状況に応じて、不正アクセス防止法8条1号、刑法234条の2(電子計算機損壊等業務妨害)に該当する犯罪行為があったとして、告訴する。


B大学から不正アクセスの抗議を受けた場合には、ログを調べる。もし、xというの学生のIDが使用されているのであれば、ただちに、そのIDによるネットワーク利用を停止すると共に、その学生を呼びだして確認する。その学生がしたのであれば、厳重な注意をし、学内規則にしたがって適切な処分をし(IDの取消から、停学あるいは退学まで、さまざまであろう)、B大学に報告する。xがしたのではなく、何者かがxのIDを利用して不正アクセスをしたのであることが判明すれば、xのパスワードを変更させると共に、全利用者についてパスワードの盗難・漏洩がないかを確認する。そして、B大学に状況報告をする。

グループディスカッションでは、各大学で実例があればそれを紹介してもらい、その検討を行う。また、各大学で、対応マニュアルが作成されているのであれば、その交流を期待している。

設例 7

A大学において、理事長が、「事務職員のメイルの利用は、大学の業務に関係するものに限られるべきであり、大学の業務の遂行は、理事長が統括し責任を負うから、今後は、事務職員のメイルについては理事長が適宜チェックを入れることにする」と宣言した。次のメイルについて、これは許されるか。

  • 学内から学内へのメイル
  • 学内から学外へのメイル
  • 学外から学内へのメイル(例えば、「賠償金払え」というタイトルついた事務職員個人へのメイル)

大学運営の妥当性の問題としてはどうだろうか。

一般企業で問題となっていることであるが、大学でも生じうることであろう。大学の通信設備を自営通信設備としたのであるから、電気通信事業法3条・4条の適用はない。したがって、事務職員のメイルをチェックするか否かは、自営通信設備の設置者がその設置目的に従い決定することができる。また、職員が突然死亡あるいは退職した場合には彼の行っていた事務を把握するために、他の者が彼のメイルボックスを閲覧することが必要となる。また、学生の成績や入学試験問題などの非公開情報が電子メイルを利用して不当に流出することがないように監督する必要がある。

その点で、学内から職員が発信するメイルは、職務に関係したメイルに限定されるとの前提が維持される限り、理事長またはその指示を受けた者が、メイルをチェックすることは許されよう。しかし、外部からのメイルについては、そう単純に割り切ることはできない。大学の業務に関係したメイルもあれば、そうでないメイルもありうる。これは、公衆電気通信設備に接続されていることに由来することであり、タイトル等から職員宛の個人的なメイルであることが明らかなメイルの検閲は許されるべきではない。これを避けるためには、外部との受発信については、すべて個人のメイルアドレスではなく、職務アドレスを使用させ、職務アドレスに届いたメイルはその職務に関係する複数の者に転送されるようにしておくべきであろう。

このように、理事長が職員が受発信するメイルをすべて検閲できるようにし、電気通信設備の私的使用を禁止することは、現行法上は許されるとしても、それが常に妥当というわけではない。職場おけるコミュニケーションを職務に関係するものに限定することは非現実的であり、個人的なコミュニケーションを許容しなければならない。この場合の個人的コミュニケーションと会社業務との関係は様々であり、まったく関係のないものあれば、関係のあるものもあろう。前者に当たるのであれば、携帯電話等の個人的な通信手段を使用させればよい。しかし、入社同期生同士の飲み会の連絡など、円滑な人間関係の維持に必要なことであり、業務にまったく関係がないとはいえない。このようなコミュニケーションの存在を考慮して、自営通信設備を利用した通信のチェックを行うか否かを決めるべきであろう。


なお、学生が受発信するメイルについて検閲を行うことは、実際上考えられない。それを行うためには、電子メイルの利用目的をレポートの提出等に限定し、そのことを明示しておくことが必要となろう。そうなれば、学生に大学の設備を用いて大学の費用負担で電子メイルを受発信することを認める意義は著しく低下する。

教育職員の電子メイルを検閲することも、内部規則で定めることは可能である。しかしそうなれば、学生の電子メイルの場合と同様に、利用価値は低下する。

設例 8

A大学およびその学長の名誉を害する電子メイルが出回っている。発信者を突き止めて抗議したい。しかし、メイルはWeb上で不特定多数の者に開放されている無料メイルであり、発信者の住所氏名を特定することができない。多数の者に宛てて無料で発信することのできる電子メイルを利用者の住所氏名を確認せずに利用させること自体が問題であると主張して、Webメイルの管理者の責任を追及することはできるであろうか。

文明の利器には、多くの場合、光の側面と影の側面がある。例えば、自動車は便利な移動手段として多くの便益をもたらすとともに、走る凶器として多くの人の命を奪っている。影の側面があるから禁止すべきであるということにはならず、光の側面が大きければ、影の部分をできるだけ少なくする努力が払われるとどまる。すなわち、凶器となった自動車の特定を容易にするためにナンバープレートが付され、事故の被害者の救済を確実にするために損害賠償保険制度が用意されている。

電子メイルも文明の利器である。便利なコミュニケーション手段という光の側面があるとともに、他人の名誉毀損あるいは侮辱の手段ともなりうる。影の部分を少なくするためには、自動車の場合と同様に、発信者の特定手段が用意されていることが望ましい。しかし、無料のWebメイルでは、無料であるが故にそれが用意されている限らない。

無料のWebメイルについて利用者の特定手段を用意させることは、影の部分の縮小させるとともに、光の部分も縮小させることになろう。影の縮小をとるか。光の拡大をとるか。影は、無視しうるほどに小さいのか。