注関西大学法学部教授 栗田 隆
注1 敗訴の当事者は、裁判官に対して強烈な不満を抱くものである。その不満の生ずる素地を少しでも減らすために、本文で述べた意味で記載不要な主張も判決書に書いて、当事者の主張をしっかりと受け止めた上で判決したことを示すことは、無意味なことではなかろう。また、情報処理機器の発達により、当事者の主張を判決書に書き写すことが大した負担ではなくなっていることにも注意してよい。
注2 判決では、事実認定の資料として弁論の全趣旨を斟酌した旨の記載が極めて頻繁に現われる。それが具体的に何を意味するのかは、判決文自体からはわからない場合も少なくないが、推測が可能な場合もある。
注3 [兼子*1967a]314頁(「それだけでまとまった法律効果で権利関係に関するもの」という)。
注4 貸金返還請求訴訟で、被告が弁済の抗弁と相殺の抗弁を提出している場合に、弁済による消滅が認められないことの確認。
注6 この見解に従った場合には、争点効が生ずる中間判決のみの取消しのための上訴を認めるか、または、原則として上訴を尽くして判決が確定した場合にのみ争点効を認めることになろう。
注7 第2審が第1審の終局判決のみを取り消して事件を第一審に差し戻し、中間判決を取り消さなかった場合に、控訴人が、中間判決を取り消さなかったことが違法であると主張して、第2審の終局判決に対して上告する利益を有するであろうか。控訴人がその利益を有する場合があることは、理論的には認められるとしても、実際上はほとんどないであろう。
注8 この申出は申立ての性質を有せず、裁判所は「申出」に決定の形で応答する必要はない。もっとも、弁論を終結すれば、申出に応じたことになり、終結しなければ応じなかったことになる。
注9 法律要件分類説(特にそのうちの規範説)は、証明責任という当事者の実体法上の利益に関する重要な事項を裁判官の裁量に任せずに、法律で定め、裁判官の恣意的判断を防ぐという点に、大きな意義がある。しかし、次のような批判がなされている:
例1 今となってはDNA鑑定などのなかった古い時代の設例となろうが、認知の訴えにおいて
例2 新潟水俣病判決 − 新潟地裁昭和46.9.29下民集22巻9=10号
注11 243条と244条との関係 当事者双方が期日に欠席した後で裁判所が職権で期日を指定したところ、その期日にも両当事者が欠席した場合に、裁判所は、243条の要件が具備されると判断して弁論を終結することもできる(最高裁判所昭和41年11月22日第3小法廷判決(昭和40年(オ)第361号))。したがって、244条の要件が満たされる場合と243条の要件が満たされる場合とで、重なり合う部分があるのは確かである。両者の関係については、244条の「相当と認めるとき」に該当する範囲は、243条の「訴訟が裁判に熟したとき」に該当する範囲より広いと考えるべきである。そうでなければ、244条ただし書が一方欠席の場合に出頭当事者の申出を要求した意味がなくなる。また、例えば、当事者が準備書面において新たな攻撃・防御方法を記載しており、通常であれば(すなわち、当事者がそれまでに熱心に訴訟追行していれば)弁論を終結しない場合でも、それまでの訴訟追行が不熱心であり、しかもその期日に欠席することにより不熱心さを再び明らかにするような場合には、弁論を終結して終局判決をなすことが相当であると判断することも許される。なお、244条は、最高裁判所昭和41年11月22日第3小法廷判決(昭和40年(オ)第361号)のような考えをとりうることを明文の規定で認めたものであるとの説明もなされている。これによれば、同判決で取り扱われたような場合は、243条の範囲外となるが、私見はこれと異なる。
注12 判決言渡期日調書に言渡年月日時刻の記載がないときは、判決の適法な言渡を証明することはできず、あらためて言渡を行うことが必要となる。調書の不備を上告理由書で指摘された後で言渡年月日時刻を記載して作成された更正調書によっては、判決が適法に言い渡されたことを証明することはできない。
注13 なお、判決正本に裁判官の氏名が欠けていても、その送達をもって判決正本の送達と言うことができる(最判平成3.4.2判時1386-95)。
注14 当事者の主張を真実と認めるために裁判所がもつべき確信は、その主張に係る請求に依存しないのが原則であるとはいえ、例外的に請求内容に依存することもあろう。例えば、営業上の信用を害する虚偽事実の流布(不正競争防止法2条1項13号)を理由とする損害賠償請求(不正競争防止法4条)の場合と、流布行為の差止請求の場合とで、流布行為があったとの主張を真実と認めるのに必要な確信の程度は、異なってよいであろう。東京地方裁判所平成11年12月21日民事第46部判決(平成10年(ワ)第8345号、平成10年(ワ)第17998号)は、後者の場合につき、原告従業員の作成にかかる原告代理人宛の報告書と弁論の全趣旨を総合して、原告主張のとおり、被告がその販売代理店に虚偽の説明を行った事実を認定している。このような事実認定は、過去の流布行為の有無にかかわらず被告が一定の行為義務を負う場合に、流布行為の存在が差止命令の必要性を根拠付けるという役割を持つに過ぎないということによって正当化されよう。他方、損害賠償請求の場合には、流布行為の存否の有無によって被告の賠償義務が左右されるのであるから、その存在の認定はより慎重になされなければならない。
注16 一方の当事者の主張する事実について他方が不知の陳述をする場合でも、弁論の全趣旨によりその事実を認めることができる場合もある。第三者作成の文書の成立の真否が問題となる場合について、最高裁判所昭和27年10月21日第3小法廷判決・民集6巻9号841頁参照。
注18 弁論再開申立てに対して再開しない理由が判決理由中で述べられた例として、次のものがある。
注19 否定説:[後藤*1996a13]459頁、[中野=松浦=鈴木*2008a]431頁(松本博之)。肯定説:[梅本*民訴v3]893頁、[中野=松浦=鈴木*2004a]411頁(松本博之)(後に、否定説に改説)。
注20 その根拠として、自白された事実を不要証事実とする179条を持ち出したいところであるが、同条の自白は、弁論主義の第2テーゼにいう自白、すなわち主要事実についての自白を指すと理解すべきであるので(ただし反対説もある)、それはできない。ここで179条を根拠として持ち出すことを可能にするためには、同条の解釈を変更することが必要である。
注21 適法な呼出しを受けながら期日に欠席した当事者も規則156条ただし書の範囲に入るか否かについては、(A)通知必要説(ただし書の適用を否定して通知を必要とする見解。[伊藤*民訴1.1]193頁注7、[伊藤*民訴4.1]494頁注122)と、(B)通知不要説(ただし書の適用を肯定して、通知を不要とする見解。[条解*1997a]326頁注3)とが対立している。手続保障の面からは通知必要説が好ましい。しかし、254条は、被告が何の防御も行わないため初回期日で結審して即日判決を言い渡すことも想定した規定と見るべきであり、完全な通知必要説(「あらかじめ」通知しておくことが必要であるとする説)ではこれに対応できず、他方、通知を不要とするのは、この場合を中心として、弁論終結の期日に判決を言い渡す場合に限定してよいと考えるならば、(C)原則として通知は必要であるが、254条1項各号に該当する場合で、かつ、弁論終結の期日に判決を言い渡す場合には、不出頭当事者への手続配慮よりも、迅速な処理を優先させてよく、不出頭当事者への通知は必要ないとする見解も可能である(折衷説)。この折衷説は、(C1)通知必要説を基本としつつ、その例外を認める見解と構成することも、(C2)通知不要説を基本としつつ、通知をする時間的余裕がある場合には通知をすることが望ましいとする見解として構成することも可能である。いずれを採るべきか迷うが、通知必要説(A)を是としておこう。
注22 両説の実際上の差異は、判決言渡期日を追って指定することにして弁論を終結した後で当事者の所在が不明になった場合に、わずかながらに現れる。通知は、当事者の所在不明の場合には、省略できる(規則4条5項)。呼出しは、呼出状の送達の方法によることになり、法104条2項または3項により定まる送達場所に宛ててする(または、実際にはほとんど問題にならないであろうが、公示送達)。
注23 ただし、現行法の下では、当事者が争うことを明らかにしない事実のうち、主要事実については擬制自白が成立するので(159条1項・179条前段)、弁論の全趣旨により認定することになるのは、実際上、主要事実以外の事実になる(179条前段は、弁論主義の第2命題を表明した規定であり、主要事実についてのみ適用があるとの考えを前提にする)。
注25 当事者間に争いのない主要事実の認定については、2つの考え方が可能であろう。(A)第1は、179条前段において表明されている弁論主義の第2命題により裁判所は当事者の自白に拘束されるから、自白された事実が真実とみなされるとの考えである。(B)第2は、自白の拘束力がその真価を発揮するのは、主要事実の主張に裁判所が疑問を抱いている場合であり、裁判所が主要事実について確信を抱いている場合には、自白の拘束力を問題にする必要はないことを前提にして、当事者間に争いのない事実を裁判所が267条の弁論の全趣旨に基づき真実と認定することは妨げられず、またそれが本来であるとの見解である。
注26 証拠調べの結果から得られた間接事実は、当事者が主張しなくても裁判の基礎資料にすることができるとされているが、顕著な事実はこれと同列に扱うことはできない。証拠調べから得られた事実については、証拠調べに関与する機会が当事者に与えられているので、当事者はその事実が裁判の基礎資料となることを予期すべきであるのに対し、裁判所に顕著な事実は、当事者にとっても顕著であるとは限らないからである。
注27 例えば、賃料債権が差し押さえられた場合に、賃借人がその賃料は差押前に他に譲渡されていたと主張しながら、債権の譲受人ではなく譲渡人を相手に賃料減免の交渉をしている場合に、賃料減免交渉は現在の債権者とすべきであり、債権を譲渡した賃貸人にはそのような権限はないとの解釈を前提にすると、賃借人の主張する賃料債権譲渡の事実に疑問符が付く。実例として、旭川地方裁判所平成13年11月30日民事部判決(平成13年(ワ)第111号)参照(もちろん、これだけで事実認定をしているわけではなく、他の資料と併せて事実認定しているが、面白い事例である)。
注29 「第3 当裁判所の判断」の内容も、裁判官が事案の特性を考慮して、自分がわかりやすいと思う構成で書くことができる。次のような構成の仕方がある。
注30 最高裁判所平成14年9月12日第1小法廷判決(平成11年(行ヒ)第50号)は、この例としてあげることができる。この事件は、住民が情報公開条例に基づき食糧費に係る情報の公開請求をしたところ,飲食代金の請求書に記載された飲食業者の取引銀行名及び口座番号ならびに印影の部分が条例10条3号に該当するとして非開示処分がなされたため,原告がその取消しを請求したところ、原審が印影部分について非開示を正当としたのに対し、上告審は、一般的な飲食業者が銀行印を請求書に押なつすることは通常はないとの経験則と、情報公開を求められている請求書を発行した者が一般的な飲食業者であるとの間接事実から、請求書に押なつされている飲食業者の印影は銀行印の印影ではないと推認し、非開示にする理由はないとして原判決を破棄して自判したものである。請求書に押捺されている印影が銀行印か否かは、この事件では当該飲食業者を尋問するなどして容易に判明するから、差戻しの余地もあったと思われる。それにもかかわらず上告審が自判したのは、たとえ銀行印であったとしても、それにより当該飲食業者が被る不利益はそれほど大きいとはいえないからであると思われる。ここでは、多数の者に発行する請求書に銀行印など押捺すべきではなく、もし押捺したのであれば、本件で生ずる程度の不利益は甘受すべきである(必要ならば、銀行印を変更すればよい)との規範的要素さえ感じられる。経験則がこのような形で作用する場合に、それを「規範的要素の含まれている経験則」ということができる。社会における行動準則が事実の推認のための経験則として用いられる場合には、その傾向が強まるであろう。
注31 比較的簡単な事件の中から、若干の印象的な例を挙げておこう。
(a)経験則に関するその他事例
(b)動機の推認の事例
(c)意思表示の推認 主要事実たる意思表示が直接証明される場合には、その意思表示は明示の意思表示となる。直接証明ができない場合に、間接事実の積み重ねにより意思表示がなされたと推認されるが、その場合に、「少なくとも黙示の意思表示がなされたと」と認定されることが多い。
(d)事実の認定が経験則に違反しているとされた事例
注34 共有持分確認請求を予備的請求として定立させるのが通例であると言われている。
注35 内容的には現在給付請求棄却・将来給付請求認容であるが、主文は、将来給付命令を掲げた後で「原告のその余の請求を棄却する」との文言を付記する形式となり、現在給付請求という一つの請求の質的一部認容と同じ形式(これと区別つかない形式)になる。なお、将来給付請求を認容するに際して、裁判所が将来給付の時期を原告が求めた時期より後にすることは、請求の一部認容として許される。
注36 名古屋地方裁判所平成14年1月29日民事第1部判決(平成12年(ワ)第929号)では、訴訟前に原告側が被告側に対して用いた金銭要求方法が暴力団関係者等の恐喝の場合などの典型的な手口であると認定され、その前提として、暴力団関係者等の恐喝の場合などの典型的な手口がどのようなものであるかは「同種事件に一定の経験を積んだ裁判官・検察官等にとって公知の事実というべきである」とされた。裁判官が弁論においてこの公知の事実を何らかの形で指摘したか否かは判決文からは明らかではないが、仮に指摘していないと仮定した場合に、この公知の事実を裁判の基礎にすることが許されるか否かは、この事実が裁判の基礎資料となることにより不利な判断を下されることになる当事者がそのような一般的事実を認識すべきか否かに依存する。この事件では、原告側は認識すべきであろう。
注39 これに対して、当事者の申立ての拘束力を肯定すべしとする方向の見解もある:[中野=松浦=鈴木*2004a]410頁(当事者が争っていないところに境界線を引くのは適切ではなく、不利益変更禁止原則の適用も肯定すべきであり、この意味で申立ての不拘束も無制限ではないとする)。
注40 少額の意見から始めても、構成員の数が奇数であれば、結論は変わらない。構成員の数が偶数の場合に、差異が出る。
注41 ただし、交通事故等の被害者が加害者に対して有する介護費用については、問題がある。(α)介護費用は、被害者の生存中に生ずるであり、死亡後に要したであろう介護費用を交通事故による損害として請求することはできない(最高裁判所平成11年12月20日第1法廷判決(平成10年(オ)第583号))。介護費用のこの特質を強調していくと、介護費用は、要介護状態で将来生存することにより将来発生する損害と見ることもできるが、現在のところ判例は、生存期間を推定して一括賠償を命ずることも認めており、加害者の資力の変動の問題を考慮すると、一括賠償を一概に否定することもできない。(β)問題は、原告が一括賠償を請求したが、裁判所は定期金賠償を命ずるべきであると判断した場合の取り扱いである。次のように考えたい。裁判所は、定期金賠償方式によるべき旨を原告に告げ、予備的に定期金賠償請求を追加することを求める。そして、一括賠償請求については、当該事件における介護費用が一括賠償になじまないことを理由に訴えを却下し、予備請求を認容すべきである。この場合に、定期金賠償請求が予備的に追加されていなくても、一括賠償請求の一種の一部認容として、一括賠償金額の算出の基礎とされた毎月の介護費用の範囲内で定期金賠償を命ずることも考えられないわけではない。しかし、判決形式の相違の大きさを考慮すると、一部認容としない方がよいであろう。
注42 もっとも、婚姻関係が破綻し夫の所有の住居内で別居している夫婦について、妻と夫との共同占有を認め、建物の火災を機に占有を侵奪された妻が夫に対して占有回収の訴えを提起した場合に、建物明渡請求を共同占有に服する限度で認容した裁判例がある(東京地方裁判所昭和46年5月20日判決(昭和43年(ワ)第662号))。特殊な事例であるが、このような形の一部認容も原告の意思に反しない限り許される。
注43 [ローゼンベルク*1975a]234頁以下。[書記官研修所*2002a]195頁も、「法律上の推定はただし書に書き換えることはできない」とする。
注44 権利根拠規定は、「法律関係の発生を定める規定」といったもう少し幅のある言葉で説明したいところであるが、説明をわかりやすくするために、本文にように説明することにした。なお、この4分法ないし3分法の下で権利根拠規定を「法律効果の発生を定める規定」ないし「法律効果根拠」と説明すると、うまくいかなくなる。権利の消滅も「法律効果の発生」であり、権利消滅規定まで法律効果根拠に含まれると理解されてしまい、混乱が生ずるからである。
注45 市中の金利(名目金利)が低下している場合、あるいはインフレにより実質金利が低下している場合には、この中間利息の控除が重要な問題となるが、最高裁判所平成17年6月14日第3小法廷判決(平成16年(受)第1888号)は、民事法定利率にしたがって中間利息を控除すべきであるとした。これと異なる判断をして破棄された控訴審の理由付けも参照。
平成29年民法改正により、法定利率について変動制が採用されたが(民法404条3項)、将来取得すべき利益等についての損害賠償を定める場合の中間利息の控除に用いられる法定利率は、損害賠償請求権発生時点における法定利率であるので(民法417条の2)、裁判の時点での市中金利がこれから大きく乖離している場合に、同様な問題が生じうる(もちろん、3年ごとに法定利率の見直しがなされるので、以前ほど深刻な乖離は生じないであろうが、市中金利の天井時期に損害賠償請求権が発生し、賠償請求認容判決までに長期間を要する場合には、なお重要な乖離は生じうる)。
注46 次の事項は、ほとんどの教科書で、自由心証主義の内容として取り上げられている。
次の事項は、教科書によって異なる。
注48 少額訴訟手続で下された判決であることを明示することは、民執法25条ただし書(当事者が同一である場合の執行文の省略)・167条の2以下(少額訴訟債権執行)との関係で重要である。
注49 例えば、大阪地裁においては、知的財産権侵害を理由とする損害賠償請求訴訟で、侵害の成否の審理段階と損害の審理段階とに明確に分けて審理を行うという訴訟指揮が原則的に採用されている。裁判所が侵害の成立を認めて原告に生じた損害の審理の段階に入る際に、裁判所が手続段階の区切りをつけるために必要であると考えれば、原因判決を下すことになる。
注50 最高裁判所 平成13年4月20日 第2小法廷 判決(平成12年(受)第458号) 普通傷害保険契約の保険約款において、「被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害に対して約款に従い保険金(死亡保険金を含む。)を支払う」こと及び「被保険者の故意,自殺行為によって生じた傷害に対しては保険金を支払わない」旨が、この文言構成で定められていた。最高裁は、この場合でも、「普通傷害保険契約に基づき,死亡保険金の支払を請求する者は,発生した事故が偶然な事故であることについて主張,立証すべき責任を負」い、「被保険者の故意等によって生じた傷害に対しては保険金を支払わない旨の定めは,保険金が支払われない場合を確認的注意的に規定したものにとどまり,被保険者の故意等によって生じた傷害であることの主張立証責任を保険者に負わせたものではないと解すべきである」とした。最高裁判所は、証明責任をこのように分配するに当たって、もし反対の立場をとれば、「保険金の不正請求が容易となるおそれが増大する結果,保険制度の健全性を阻害し,ひいては誠実な保険加入者の利益を損なうおそれがある」という政策的考慮も理由の一つとした。
この判決は、定額給付性のゆえに不正請求抑止の強い要請のある傷害保険に関する先例として理解されるべきであり([笹本*2006a]103頁)、そのことは、後続の損害保険に関する最高裁判例から読みとることができる。ただ、同様に定額給付の行われる生命保険についても、同様に不正請求抑止の要請は強く働くので、傷害割増特約部分についてのみならず、本来の生命保険部分についても、自殺でないことの証明責任を保険金請求者に負わせるように約款を定めることは選択肢の一つとなり得る。証明責任をそのように定めた規定(証明責任転換条項)の効力が最高裁によりどのように評価されるかは不確実であるが、平成13年の2つの先例を考慮すれば、有効とされる余地がないわけではない。ただし、消費者契約法10条の適用のある生命保険については、証明責任の転換にともない保険料を安く設定するとか、あるいは、一定金額を超える保険金の請求についてのみ証明責任を転換させる等の措置がなされていないと同条により証明責任転換条項が無効とされる可能性がある。
最高裁判所 平成13年4月20日 第2小法廷 判決(平成10年(オ)第897号)は、生命保険契約の災害割増特約に基づく災害死亡保険金の支払に関する同趣旨の先例である。
注51 民事執行法172条の2第1項が、少額訴訟債権執行は「次に掲げる少額訴訟に係る債務名義による金銭債権に対する強制執行は、前目の定めるところにより裁判所が行うほか、第二条の規定にかかわらず、申立てにより、この目の定めるところにより裁判所書記官が行う」と規定する場合も、これに含めることができる。ある債務名義が同項所定の債務名義に該当するか否かが不明であれば、原則に立ち返って裁判所書記官は執行機関になり得ないので、その点で例外規定であり、証明責任の分配規定の意味がある。
注52 日常生活に近い設例という点では、トラックが住宅に突っ込んできたという例の方がわかりやすくてよいが、自動車損害賠償法の規定により、運転手の過失についての証明責任は、被害者(原告)ではなく運行供用者(被告)の側にあるために、被害者の証明困難の救済法理としての表見証明の例としてあげることができない。
注53 街路灯のデザインの依拠性をより詳細に認定した大阪高等裁判所平成13年1月23日第8民事部判決(平成12年(ネ)第2393号)と対照するとわかりやすい(ただし、この事件では、著作物性が否定され、翻案権侵害を理由とする損害賠償請求は棄却されている)。
注54 証明責任のみを考慮する場合には、本文で示すように書換え可能である。ただし、主張責任まで考慮し、かつ、法律上の推定の場合には、被推定事実(充足が推定される事実的要件要素)の主張も必要であるとの立場に立てば、書換えが可能であるとは言えない(上記の例で、ただし書を用いた表現の場合には、支払停止に該当する具体的事実を主張・立証すれば、支払不能を主張する必要はないが、法律上の推定を用いた表現では、支払停止の具体的事実の主張・立証のみならず、支払不能の要件要素が充足されることも主張しなければならないことになる)。
注55 なお、実体法上の問題について、立証事項の特質により証拠の範囲が制限される場合があるが、これは、例外と位置づけなくてもよいであろう。例えば、名誉毀損事件において、摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由が行為者に認められるかどうかについて判断する際には,名誉毀損行為当時における行為者の認識内容が問題になるため,行為時に存在した資料に基づいて検討することが必要である(最高裁判所平成14年1月29日第3小法廷判決(平成8年(オ)第576号))。
注56 [中野=松浦=鈴木*2008a]438頁(松本博之)は、「判決言渡期日は裁判長が指定し(93I)、裁判所書記官があらかじめ当事者に通知しなければならない(規156本文)」としているが、これも判決言渡期日には法94条の適用がないことを前提にしていると理解してよいであろうか。
注57 仮執行宣言付請求認容判決が言い渡される場合には、原告は判決言渡し後に速やかに仮執行の申立てをすることに利益を有し、言渡期日に出頭できない場合にはその利益を失う蓋然性が高まるので、呼出しをすべきである。
注58 ドイツにおける議論について、[佐藤*2008a]35頁以下参照。
注59 [佐藤*2008a]55頁(違法収集証拠を実体法違反にすぎないものと、憲法にも違反するもの(基本権を侵害する違法性の強いもの)とに分けて議論されているが、両者の区別について明確な基準があるとはいえず、両者の区別が困難であること、「実体法上および憲法上においても違反となる収集行為による証拠方法を、訴訟法上において原則許容しないことで、法秩序に統一性をもたせることができる」ことを根拠とする)。
注60 「合理的疑いを差し挟む余地がないと考える程度の確信」あるいは「合理的な疑いを超えた確信」の微妙さを示す印象的な事例を挙げておこう。
刑事事件についてであるが、
注61 実体法等の規定において「明らかであるとき」という文言が使用されている場合に、それが標準的証明度より高い証明度を要求する規定であると見る余地はあるが、しかし、常にそのように解すべきであるとの解釈原則が確立されているわけではなく、この点は個々の規定の解釈問題とみるべきであろう。ともあれ、そのような表現を用いている規定をいくつかあげておこう。
注62 最高裁判所昭和45年5月22日第2小法廷判決(昭和42年(オ)第1017号、最高裁判所昭和58年2月24日第1小法廷判決(昭和57年(オ)第1322号
注63 この規定は、所有者の不法占有者に対する損害賠償請求についても適用されるとしてよい。従って、原告である所有者は、2つの時点の間に被告が継続して原告の所有物を占有していたことを理由とする損害賠償請求において、当該2つの時点において原告の所有物を被告が占有していたことを証明すれば足りる。しかし、ある1つの時点における占有が証明されるにすぎない場合に、その後も占有が継続していることを推定しているわけではないから、被告が占有を中止したことないし中止時点の証明責任が被告に転換されるわけではない。
注64 もっとも、民法887条1項で用いられている「被相続人の子」であるという要件のように、抽象度が高いとは言いがたい要件要素もある。古典的には、「母子関係」に該当する具体的事実は、「何年何月にどこそこの場所で母が出産した子」という形で主張されるべきものであり、父子関係のそれは「何年何月頃の父と母の性行為により、母が何年何月何日に出産した子」という形で主張されるべきものであろうが、遺伝子による親子関係の判定が高い精度で可能になった今日、親子関係は、遺伝子の合致度によって直接的に証明可能な事実関係と見ることもできよう。このことを前提にすると、親子関係について古典的な意味での主要事実の主張は必要なく、親子関係そのものが具体的事実であると言ってよいのではないかという疑問が生ずる。ただ、そのことを前提にしても、本文で述べたことは、なお妥当する。すなわち、「妻が婚姻中に懐胎した子」であることから民法772条1項により「夫の子である」ことが推定される場合には、民法887条の「被相続人である夫の子である」との要件要素の充足自体が推定されることに変わりはない。
注65 ただし、次の文献は、「訴訟政策判断」とする:[野村*1966a]1590頁、[渡辺*1982a]189頁。
注66 仲裁法46条8項が適例を提供している。同項は、「裁判所は、・・・、前条第二項各号に掲げる事由のいずれかがあると認める場合(同項第一号から第七号までに掲げる事由にあっては、被申立人が当該事由の存在を証明した場合に限る。)に限り、当該申立てを却下することができる」と規定している。かっこ書の内部は、職権探知を禁止し、弁論主義に服させる趣旨の規定である。「同項」(45条2項)8号・9号は、次のような規定であり、これは弁論主義には服さず、職権探知が許される。
そして、かっこ書の前後の文言により、1号から9号を通じて証明責任が被申立人にあることが示されている。
注67 [田邊*1995a]681頁は、「非侵害否認説」と名付けている。しかし、否認されるのは「非侵害」ではなく「侵害」であるから、「侵害否認説」と呼ぶことにした。
注69 ただし、狼狽売りの時点では上場廃止になるか否かは不確定であることを考慮すると、この説示は、最終的に上場廃止に至ったか否かにかかわらない説示と見る余地は十分あるが、それでも当面は、本件は上場廃止にいたった事件に関するものである。本件説示の射程距離もその範囲に限定しておくべきである。
注70 推計的方法で算定することの当否の問題は、民訴法248条の適用問題に属させることも、同条の範囲外となる実体法の解釈問題に属させることもできる。推計による損害額の算定を許容する明文の規定あるいは民訴248条に相当する規定が特定の領域に関する法律(例えば特許法)の中にあれば、推計的算定の許否あるいは特定の算定方法の許否は、その規定の解釈適用の問題である。明文の規定がない領域については、推計的算定が許容されるか否かは、民訴法248条の解釈適用問題となるが、248条はこれを許容する規定と見るべきである。どのような推計的算定方法が許容されるかは、248条の趣旨に従って判断されるべきである。
ここで、248条をどのように位置付けるかを考えてみよう。248条を証明度の低減規定とみると、この規定は、実体法上の政策的判断に基づいて、損害賠償請求権の根拠規定の要件要素である損害額について証明の負担を低減するものであると理解される。そうなれば、それは本来ならば、民法709条に中に置かれるべき規定であるが、立法作業の都合で、たまたま民事訴訟法の中に置かれたにすぎず、本質は実体規定であると
理解すべきことになる。推計的算定を許容するかどうかも、本来は、実体法の政策的価値判断の問題であり、したがって、それを許容する規定は、実体的規定であると理解するのが妥当であろう。
注71 例えば、原告の右半身不全片麻痺及び頭部外傷が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の認定の申請を却下する処分がなされ、この処分の取消訴訟が提起された場合には、この申請の根拠となる原子爆弾被爆者の医療等に関する法律8条1項(平成6年廃止)が「前条第一項の規定により医療の給付を受けようとする者は、あらかじめ、当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生大臣の認定を受けなければならない。」と規定しているので(申請を認める処分をするためには、放射線起因性の証明が必要であるので)、拒否処分の取消訴訟においても被処分者が放射線起因性の証明をしないと処分は取り消されない。最高裁判所 平成12年7月18日 第3小法廷 判決(平成10年(行ツ)第43号)は、このことを前提として、起因性の証明は相当程度の蓋然性の証明では足りないと説示した。
注72 [ローゼンベルク*1975a]19頁が古典的な文献である。
注73 アトランダムに挙げることになるが、次の文献がこの見解に立つ:[大村*2010a]134頁。
注74 これは、課税処分が違法であることを理由として国家賠償請求をするについては,あらかじめ当該行政処分について取消し又は無効確認の判決を得なければならないものではないとされた事件において、取消訴訟と賠償請求訴訟との機能分担を論じた文脈の中での意見である。賠償請求訴訟における証明責任ついては、次の趣旨を述べている:(α)国家賠償訴訟においては,違法性を積極的に根拠付ける事実については請求者側に立証責任がある。(β)このように立証責任を分配すれば,課税処分から長期間が経過した後に国家賠償訴訟が提起されたとしても,課税主体側が立証上困難な立場に置かれるという事態は生じない。
注75 この説の主張する修正部分を「法律要件分類説」は否定しておらず、むしろ含意しているのであるから、この説に特段の意義はないとの評価も可能である。
注76 「通常」という限定句をここで用いたのは、過去の法律関係についての確認判決や、将来給付請求に係る本案判決については別途の検討が必要であるとの趣旨である。
注77 アメリカ法ではこの表現方法が時折用いられる。例えば、破産法(USC Title 11 Bankruptcy Code)362条(g)、363条(p)。
注78 他の例を挙げよう。賃金について年俸制が採用されている場合に、次年度の年俸について使用者と労働者との間で合意が成立すればそれによることになるが、合意が成立しない場合に、使用者が年俸額を一方的に決定することができるためには、その権限(一方的年俸額決定権)が予め労働契約上有効に設定されていることが必要である。その権限を就業規則によって設定するためには、「合理的な年俸額決定の手続」が就業規則で規定されていることが要請されるが、決定手続が合理的なものであるためには一定の事項(年俸額結滞のための成果・業績評価基準、不服申立手続等)が満たされることが必要になる。その事項を要件と考えるべきか要素と考えるべきかについて、[荒木*2013a]120頁は、次のように述べる:その事項は、「制度が有効となるための要件ではなく、制度が契約内容となるための合理性を判断する重要な「要素」と位置づけるのが妥当と思われる」。
注79 同法について、[神田=神作ほか*2013a]71頁以下参照。
注81 判決言渡期日への呼出し又は通知は、当事者に口頭弁論再開の上申の最後のチャンスが近づいていることを知らせる機能を有するが、口頭弁論を経ることなく訴えを却下する判決が下される場合には、口頭弁論再開の上申の機会を与える必要もないから、判決言渡し期日の通知をする必要も乏しいことになる。もっとも、口頭弁論を経ずに上告棄却の判決をする場合には、判決言渡期日の通知がなされるのであるから、弁論再開の上申の機会付与の必要性をのみもって判決言渡期日の通知の必要性の主要な判断要素とするのは適切でない。
注82 請求の特定のために必要な事実が何かについては見解が分かれようが、人損か物損か、人損であるとしてどの部位にどのような損傷が生じ、どの程度の日数の入院あるいは通院が必要であったのかは、これに該当し、記載すべきである。他方、治療費、付添費用、通院費用、慰謝料、逸失利益の算定に必要な事実などは、後者(損害額の算定の基礎となる事実)に該当し、この例の場合には、その記載は必要ない。
注83 この場合には、その旨が判決理由の結論部分で明示されるのが通常である。また、標題は「判決」となるが、「中間判決及び終局判決」の標題を付すことも許されよう。また、同一の「主文」の見出しの下に項を分けて裁判を書くのが通常であるが、「中間判決の主文」と「終局判決の主文」とに分けて書くことも許されよう。
注84 当事者に申立権を認めるならば、敗訴を予期する当事者(特に、証拠申出を却下された当事者)が際限なく弁論の再開申立てをしてくる可能性があり、それを却下する裁判をしなければならないとすると、裁判所の負担が重くなりすぎよう。
注85 しかし、この少数説を暗黙の前提にしているかのような論述が現在でも時折見受けられるので、注意が必要である。例えば、[山本=小久保=中井*2014a]382頁(中西正)は、次のように記述する:「支払不能に基づく偏波行為の危機否認が成立する場合とは、当該満足の供与がなされた時点で、支払不能を推認させる間接事実が存在し、満足の供与の時点で、支払不能を推認させる間接事実が存在し、満足の供与の時点で否認の相手方がこれを認識していた場合である」。「支払不能」という概念が抽象的であるか具体的であるかはともかくとして、たとえ前者であるとしても、まず取り上げられるべきは直接事実(「支払不能」という法的評価を根拠づける具体的事実)である。直接事実をとばして間接事実が持ち出されると、少数説を暗黙の前提にしていると受け止められる。多数説を前提にすれば、上記引用個所の問題の部分は、次のように記述されるべきである。
もっとも、「支払不能を根拠付ける直接事実」の主張が困難な場合もあろう。その場合には、「直接事実を推認させる間接事実」も、本来主張し得ないことになる。それでも、一定の事実Aが主張立証されれば、支払不能を認定することができるが、その事実と両立しうる別の事実Bを主張することにより支払不能の認定を阻止することができる場合があろう。その場合の事実Aをどのように位置付けるかが問題になる。一つの位置付けは、(α)事実Aを「法的評価を推認させる間接事実」と位置付けることである(ここでは、「間接事実」の概念が拡張されている)。もう一つの位置付けは、(β)事実Aを「評価根拠事実(直接事実)」と位置付けつつ、事実Bを「評価障害事実」と位置づけることである。
「間接事実」の概念は(α)のように拡張されてよいと立場に立てば、上記引用個所の問題の部分は、次のように記述されるべきことになる。
なお、同書の後続部分において、「支払停止は支払不能を推認させる間接事実の中で最も強力なものである」と記述されている。ここでは、「間接事実」の概念の拡張(前述(α)と同じ拡張)がある。法律上の推定のうちの事実推定が、しばしば、具体的な直接事実の推定というよりも、要件要素の充足の推定に用いられており、その場合の推定根拠事実を推定される事項(要件要素)との関係で間接事実と位置付けると、このような記述になる。
注86 [片岡*労働法1v4]31頁が次のように述べている:「労基法の規定の多くは、単に使用者の国家に対する公法上の義務を設定するものとしてのみ把握すべきではなく、同時に使用者に対する労働者の権利をも定めるもの、ないしは労使間における私法上の効力を同時に生ぜしめるもの、と解しなければならない」。同書337頁も参照。
注87 1号から4号の全部について、本文に該当しないものの例示とみるのが素直なように思えるが(立法技術的に未熟な不格好な例示といわざるをえない)、本文の抽象的要件要素である「自主的」の充足を比較的容易に認めるのであれば、1号・2号に関しては、本文の「自主的に」とただし書の具体例とは両立可能であり、ただし書は消極的要件を定めた規定と見ることも、もちろん可能である。いずれにせよ、証明責任の分配問題を超える政策的判断が含まれている問題というべきであろう。
注88 以前は、平成29年改正により削除された商法522条を例にして、次のように説明していた(注意:522条1項の要件が下記の(α)+(β)で全面的に置き換えられるという趣旨ではなく、同項の要件を充足する場合のうちの一部は(α)+(β)で置き換えられるという趣旨である)。
注89 登記は対抗要件であり、登記がない場合でも、第三者の方から権利取得を承認することは、妨げられない。その点を強調すれば、主張共通の原則に服する事実(被告が第三者にあたるとの事実)の主張のみだけでは不十分で、被告は、権利取得を承認する意思がないことを明示すべきであると考えることができ、その明示は第三者であることの利益の享受の意思表示という形でなされるべきであるとの考えも成立しうる。権利抗弁説は、そうした考えを基礎にしたものと推測される。
しかし、権利抗弁の代表例である解除権の行使であれば、それは、契約関係の終了という解除権者に不利益な結果をもたらす可能性のある権利行使であるので、解除権を訴訟上行使する場合には、その旨の明示の意思表示が必要であるということができる。権利抗弁のもう一つの代表例である時効の抗弁については、時効の利益の享受が不道徳なものであるという観念が前提になっていて、その不道徳な利益の享受について明示の意思表示が必要であると考えられている。他方、対抗要件の抗弁の場合に、前記2例見られるような要素があるかといえば、どうであろうか。その要素があるとしても、度合いは低いであろう。そうだとすれば、権利抗弁説をとるにしても、被告が原告の権利主張を争い、かつ、自ら第三者に該当する旨を主張している場合には、それだけで第三者であることの利益享受の意思は表示されていると解してよいであろう。
注90 もし文書送付嘱託も219条の中で文書提出命令等と一緒に規定するのであれば、同条に第2項を立てて、「文書送付嘱託の申立ては、***の場合(226条ただし書所定の場合)には、することができない。」と規定することになろう。
166条1項 「債権は時効の完成により消滅する。時効は、次のいずれかの期間の経過により完成する。ただし、時効の完成が猶予された場合はこの限りでない。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間
二 権利を行使することができる時から20年間」
注93 平成29年民法改正前の415条は、次のように規定していた。
これでは、「債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなった」ことも履行不能を理由とする損害賠償請求権の発生要件になり、損害賠償請求権を主張する者がその証明責任を負うことになってしまう。しかし、債務者が債務を履行すべきであることを考慮するとそれは妥当ではないと解され、「履行不能について債務者の責めに帰すべき事由が存在しないこと」について債務者が証明責任を負うと解されていた。平成29年民法では、旧法時代のその考えに従い、ただし書を用いて証明責任の分配を明確に表現した([筒井=村松*2018a ]74頁注1 )。