諸外国における証言拒絶兼の概要について、[坂田*1994a]33頁以下参照(ドイツ、オーストリア、スイス、フランス、アメリカ、イギリスにおける概略が紹介されている)。
明治23年民事訴訟法
第297条 左に掲くる者は証言を拒むことを得
第1 原告若くは被告は又其配偶者と親族なるとき但姻族に付ては婚姻の解除したるときと雖も又同し
第2 原告若くは被告の後見を受くる者
第3 原告若くは被告と同居する者又は雇人として之に仕ふる者
裁判長は尋問前に前項の者に証言を拒む権利ある旨を告く可し
第298条 左の場合に於ては証言を拒むことを得
第1 官吏、公吏又は官吏、公吏たりし者か其職務上黙秘す可き義務ある事情に関するとき
第2 医師、薬商、穏婆、弁護士、公証人、神職及ひ僧侶か其身分又は職業の為め委託を受けたるに因りて知りたる事実にして黙秘す可きものに関するとき
第3 問に付いての答弁か証人又は前条に掲けたる者の恥辱に帰するか又は其権利刑事上の訴追を招く恐あるとき [注:「其権利刑事上の訴追を招く恐あるとき」の文言の中に「権利」の語がある趣旨はよく分からないが、ともあれ、法令集記載のとおりである]
第4 問に付いての答弁か証人又は前条に掲けたる者の為め直接に財産権上の損害を生せしむ可きとき
第5 証人が其技術又は職業の秘密を公にするに非されは答弁すること能はさるとき
第299条 証人は第297条第1項及ひ第298条第4号の場合に於て左の事項に付き証言を拒むことを得す
第1 家族の出産、婚姻又は死亡
第2 家族の関係に依り生する財産関係に関する事実
第3 証人として立会ひたる場合に於ける権利行使の成立及ひ旨趣
第4 原告若しくは被告の前主又は代理人として係争の権利関係に関し為したる行為
前条第1号、第2号に掲けたる者其黙秘すへき義務を免除せられたるときは証言を拒はむことを得す
第303条 原告若くは被告は相手方と相手方の証人との間に第297条第1号乃至第3号の関係あるときは其証人を忌避することを得
* 297条の証言拒絶権は、300条の証人忌避の制度の共に、大正15年改正の際に、次の理由により廃止された:(α)事案の真相を探求するためには近親者等の証言が必要になることがあること;(β)当事者の近親者等であることによりその当事者のために虚偽の陳述をする情に駆られやすく、そのために偽証罪にとわれるようになることは酷であるが、その点は宣誓義務を免除することができるとすることにより対応すれば足りる([山内*1931a]69頁以下)。
* 証人忌避の制度(303条以下)は、大正15年改正の際に廃止された。[山内*1931a] 71頁は、次のようにと述べている:証人には代替性がなく、近親者の証言により真相が明らかになることがあるから、「証人忌避の規定は、悪法中の悪法である」。
スイス民事訴訟法(2008年) 同法では、当事者及び第三者の証明に協力義務と拒絶権を定める規定が第1編(総則)第10部(証拠)第2章(協力義務及び拒絶)の中に置かれている。日本法のように各種の証拠の類型ごとに規定するのではなく、各種の証拠に共通する規定を設けている点に特色がある。第1章(総則)中にも重要な規定(156条)があるが、ここでは、第2章の規定のみを訳出しておこう。
第2章 協力義務及び拒絶権
第1節 総則
160条(協力義務) 1 当事者及び第三者は、証拠調べに協力する義務を負う。特に、次のことをしなければならない:
2 未成年者の協力義務については、裁判所が自由な裁量により裁判する。この場合に、裁判所は、子の福祉を顧慮する。
3 協力義務を負う第三者は、相当の補償を求める請求権を有する。
161条(教示) 1 裁判所は、当事者及び第三者に、協力義務、拒絶権及び懈怠の効果を教示する。
2 裁判所が拒絶権について教示をしなかった場合には、裁判所は、調べた証拠を顧慮してはならない。ただし、当該の者が同意した場合又は拒絶が正当でなかったであろう場合は、この限りでない。
162条(協力の正当な拒絶) 当事者又は第三者が協力を正当に拒絶する場合には、裁判所は、証明されるべき事実をそのことから推論してはならない。
第2節 当事者の拒絶権
163条(拒絶権) 1 当事者は、次の場合に、協力を拒絶することができる:
2 その他の法律により保護された秘密を保有する者は、秘密保持の利益が真実発見の利益に優越することを疎明した場合には、協力を拒絶することができる。
164条(不当な拒絶) 当事者が協力を不当に拒絶する場合には、裁判所はそのことを証拠の評価に際して顧慮する。
第3節 第三者の拒絶権
165条(包括的拒絶権) 1 次の者は、一切の協力を拒絶することができる:
2 登録された共同生活関係は、婚姻と同等である。
3 継父母の兄弟姉妹は、兄弟姉妹と同等である。
【訳注】里親(Pflegeeltern)については、民法(ZGB)294条・310条・316条参照。294条は、養育料の支払請求権に関する規定である。保佐人(Beiratschaft)については395条、特別代理人(Beistandschaft)については395条参照。
166条(制限的拒絶権) 1 次のことについては、協力を拒絶することができる:
2 法律により保護されたその他の秘密を有する者は、秘密保持の利益が真実発見の利益を上回ることを疎明したときは、協力を拒むことができる。
3 社会保障法の情報の公表(Datenbekanntgabe)に関する特別規定は、影響を受けないものとする。
【訳注】スイス刑法321条は、次のように規定している:
「1 聖職者、弁護士、弁護人、公証人、債務法により黙秘の義務を負っている会計検査人(Revision)、医師、歯科医師、薬剤師、助産婦、並びにこれらの者の補助者であって、その職業によって打ち明けられた秘密又はその職業の遂行に際して知った秘密を漏らした者は、告訴により、3年以下の自由刑又は罰金刑に処す。
研究に際して知った秘密を漏らした研究者も、同様に刑に処す。
職業上の秘密の違反は、職業の遂行又は研究が終了した後も、罰せられる。
2 行為者が権利者の同意に基づき又は行為者の申請により与えられた上級庁又は監督庁の書面による許可に基づいて秘密を漏らしたときは、行為者は罰せられない。
3 証言義務及び官庁に対する報告義務に関する連邦及び州の規定は、影響を受けないものとする。」
167条(不当な拒絶) 1
明治23年民訴法では、当事者の親族や雇人等に広範な証言拒絶権を与えていたため、これらの者が証人となる場合に、裁判長は尋問前に証言拒絶権を告知すべきであると規定していた(同法297条2項。テヒョー草案290条にはこの規定はない)。その後、大正15年改正において、証言拒絶事項の範囲が大幅に縮減されると共に、証言拒絶権の告知規定も削除された。
ドイツ民訴法 383条2項・3項 「(1) 前項1号から3号に掲げる者は、尋問の前に証言拒絶の権利について教示されるものとする。
(3) 第1項4号から6号に掲げる者の尋問は、証言が拒絶されない場合であっても、黙秘の義務に反することなしには証言することができないことが明白な事実には向けられないものとする」。
日本法
以下のドイツ法系の条文の訳で、「gegenueberstellen」を「対決させる」と訳すか「対質させる」(又は「対質する」)と訳すか迷うが、本来の語義に従って、「対決させる」と訳した。
ドイツ民事訴訟法・394条[個別尋問] (1)各証人は、個別にかつ後に審尋されるべき証人を在廷させないで尋問する。
(2) 供述が矛盾する証人は、相互に対決させる(einander gegenueberstellt werden)ことができる。
* 証人の供述が矛盾する場合にのみ、裁判所は義務的裁量により、証人を相互に対決させることができる(Baumbach/Lauterbach/Albers/Hartman, ZPO, 66 Aufl.,$394 Rdnr. 6)。
* 受命裁判官、受託裁判官も対決を命ずることができる。対決のために、証人の再尋問が必要となることもある(注:証人の再尋問は、証人にかかる負担が大きいので、398条1項で裁判所の裁量事項とされている)(Stein/Jonas, ZPO, 21 Aful., $ 394 Rdnr. 4)。
*対決は、裁判所の権限であり、当事者の権利ではない。鑑定においても、当事者尋問においても行うことができる。(Zoeller, ZPO, 15Aufl., $394 Rdnr.2)
スイス連邦民事訴訟法(2008年)・174条(対決) 証人は、相互に及び当事者と対決させることができる。
スイス連邦民事訴訟法準備草案(2003年)・165条(対決) 証人は、相互に及び当事者と対決させることができる。
明治23年民事訴訟法では、当事者と一定の社会的関係にあることのみを理由とする一般的証言拒絶権(証言すべき事項が何であるかを問わない拒絶権)が認められていた(297条。ただし、299条所定の事項については拒絶できないとされていた)。この一般的証言拒絶権が、当事者の雇い人にも認められていた。雇人(労働者)と主人(雇い主)の関係は、親族関係に匹敵する強い社会的関係と認識されていたとみることができる。
明治23年法では、さらに、298条において、雇人は証言が主人に直接に財産権上の損害を生ぜしむ可きときは、証言を拒絶することができるとされていた(同条第4)。
大正15年法では、一般的証言拒絶権を認める規定は廃止された。一定の事項についての証言拒絶権を認める規定のみが残されることになったが、主人に「直接に財産権上の損害を生じさせるべき事項」の証言を雇人に拒絶する権利を認めるのは行き過ぎであると考えられ、次のように規定された。
平成8年民訴法では、大正15年法280条3号の規定は、「『主人』と『従たる者』という前近代的な人的関係を前提としている」うえ、「主人は従たる者に関する事項について証言拒絶権を有しないという片面的規定であり、今日の社会状況に適合しない」として、削除された([法務省*1998a]231頁)。宣誓拒絶権についても、同様である(宣誓拒絶権を定める201条4項が引用する196条から「証人が主人として仕える者」が削除されているので、自動的に宣誓拒絶権も否定された)。
労働者と使用者の社会的関係の時代的変化が規定の変遷の中に示されている。現行法の下では、労働者は、使用者に不利な事項でも真実を述べなければならないのであるから、その証言により使用者が不利益を受けても、使用者がそのことを理由に労働者を不利益に取り扱ってはならないことは、言うまでもない。