関西大学法学部教授 栗田 隆

民事訴訟法講義「上訴3」の比較法メモ


1 抗告に関する規定

テヒョー草案(原文はカタカナ書)
522条 抗告裁判所は会議局に於て判定するを例とす
 抗告裁判所は抗告人と反対の利害を有する者に書面を以て答弁をなさしむる為め抗告を通知し及ひ事実上の取調を為すことを得
 答弁は口頭を以て申立ることを許したる抗告に付ては同一の方法を以て答弁を為すことを得
 抗告に付ては口頭審理を為す為め関係人を呼出すことを得


明治23年民事訴訟法(原文はカタカナ書)
462条 抗告裁判所は口頭弁論を経すして裁判を為すを以て通例とす
 抗告裁判所は抗告人と反対の利害関係を有する者に抗告を通知して書面上の陳述を為さしむることを得
 陳述は口頭を以て抗告を為し得へき場合に於ては亦口頭を以て之を為すことを得
 抗告裁判所は口頭弁論の為に当事者を呼出すことを得

大正15年民事訴訟法(原文はカタカナ書)
419条 抗告裁判所は抗告に付口頭弁論を命せさる場合に於ては抗告人其の他の利害関係人を審訊することを得

ドイツ基本法
103条 (1)裁判所において、何人も,法的審問を請求する権利を有する。
 (2)行為は、その行為がなされる前に処罰可能性が法律によって規定されている場合にのみ、処罰されうる。
 (3)何人も、同一の行為について一般の刑法に基づいて複数回処罰されることはない。

ドイツ民事訴訟法
573条 (1)抗告に関する裁判は、口頭弁論を経ずにすることができる。
 (2)裁判所が書面による陳述を命じた場合には、その陳述は、不服を申し立てられた裁判をした裁判所又は裁判長の属する裁判所において許可された弁護士を通じてすることができる。抗告が事務課の調書に録取する方法で提起することが許される場合には、陳述は事務課の調書に録取する方法でもすることができる。

Stein-Jonas ZPO 21.Auflage, $573 Rz.3 相手方の聴取は、様々なところで明示的に規定されている。例えば、本案解決後の費用の裁判の場合に、91a条2項2文、認諾判決が下された場合について、99条2項2文。法律が相手方の聴取を明示的に規定していない場合でも、その必要性は、大抵、抗告手続にも適用のある基本法103条1項から導かれる。口頭弁論を経ずに裁判がなされる場合には、法的審問の付与は他の方法でなされなければならない。とりわけ、相手方に抗告状が送付(uebersenden)されなければならない。相手方が第一審において聴取されているという事実は、彼に意見表明の機会を新たに与える義務から抗告裁判所を免除せず、そのことは、抗告審において新たな事実が提出されるか否かにかかわらない。<以下略>

$573 Rz.4 相手方の聴取は、裁判所が抗告を不適法として却下し又は理由不備として棄却しようとするときは、必要ない。法的審問請求権は、当事者を、最終的に彼に不利な裁判から保護しようとするものであるから、抗告裁判所は、自己の裁判に拘束されないときにも[注:相手方は変更の申立てをすることにより自己の利益を守ることかできるので]、相手方を聴取することなく裁判をすることができる。純粋に訴訟指揮の裁判の場合が特にそうである。<以下略>

2008年スイス連邦民事訴訟法
326条(新たな申立て、新たな事実及び新たな証拠)
 (1)新たな申立て、新たな事実及び新たな証拠は、排除される。
 (2)法律の特別の規定は、留保される。

327条(手続及び終局裁判)
 (1)上訴審は、原審に記録を求める。
 (2)上訴審は、記録に基づいて裁判することができる。
 (3)上訴審は。抗告を認容する場合に、
  a.裁判もしくは訴訟指揮の処分を取り消して、事件を原審に差戻し、又は、
  b.事件が裁判に熟するときは、新たに裁判する。
 (4)裁判遅延(Rechtsverzoegerung)を理由とする抗告が認容される場合には、上訴審は、原審に対し、事件処理のための期間を定めることができる。
 (5)上訴審は、その裁判を書面による理由を付して公開する。

2 抗告に関する判例

BverfGE 36,85  明渡訴訟において、被告が請求認諾と猶予期間の付与の申立てをし、第一審のミュンヘン区裁判所が猶予期間を付した認諾判決を下した。訴訟費用は全て被告の負担とされた。この費用の裁判に対して被告が抗告を提起した。ミュンヘン第1ラント裁判所の事務課の書記官は、担当裁判官の指示に従い原告の弁護士に抗告状を送付したが、その送付は無方式でなされた。原告が抗告審で意見を述べることのないまま、抗告審は、費用負担の裁判を変更し、両審の費用を両者に平分して相殺した。原告がこの抗告審決定に対して憲法抗告を提起し、次のように主張した:控訴審は原告(憲法抗告人)に抗告状を送付しておらず、法的審問の機会を与えずに不利な裁判をしたことは基本法103条1項に違反する。

憲法裁判所は、原決定が原告の審問請求権を侵害していることを認めて、原決定を取り消し、事件を原審に差し戻した。その理由として、次のことを説示した:「基本法103条1項は、手続関係者に、裁判所において申立てをなし、陳述をなす権利を与えている(vgl. BVerfGE 6,19(20); 15,303(307))。抗告手続においては、抗告の相手方は、彼に不利な裁判が下される前に審問されるべきである」(Rz 9)、「裁判所には、基本法103条1項から、手続関係人に法的審問が与えられたか否かを裁判前に調査する義務が生ずる。裁判所が口頭弁論を実施し、この弁論に基づいて裁判をしたのであれば、このことは明らかである。基本法103条1項の義務が書面の送付により満たされるべきであったときには、裁判所はその証明(Ueberzeugung)を別の方法で得なければならない。このことは、控訴及び上告という民事訴訟上の上訴にあっては、正規の送達の証明(Nachweis)により可能である(vgl. $$519a Satz1, 553a Abs.2 Satz1 ZPO)。正規の送達がなされなかった場合には、裁判所は、法的審問が与えられたかを返送義務付の受領証明書の添付により監視することができる。これが、他の方法により──例えば抗告の相手方が抗告人の主張に対して書面で応答することにより──確認することができない場合には、基本法103条1項は、満たされない」(Rz 11)。「・・・裁判所は、被告の書面を1972年2月21日に憲法抗告人に無方式で伝達しようとした。事務課の女性書記官の発送の注記が記録の中に含まれており、その注記と憲法裁判所が取り寄せた彼女の職務上の陳述書に従えば、事実に関しては、前記のことから出発すべきである。準拠されるべき手続法は、抗告状を送達することを裁判所に義務づけていない」(Rz 12)。「ミュンヘン第一ラント裁判所は、その抗告審裁判において、憲法抗告人が意見表明の機会を有していたことを確認した。しかし、当裁判所は、記録を調べても、そのような確認をすることがまったくできなかった。」(Rz 13)。「・・・無方式で送付された抗告状の到達の推定はない。郵便送付は紛失してしまうことがありうる(vgl. BGHZ 24,308(312); BGH NJW 1961, S.1176; BAG NJW 1961, S.2132)」(Rz 14)。