関西大学法学部教授 栗田 隆

民事訴訟法(判決手続)3の
練習問題の参照判例


栗田隆/小判例集


最高裁判所 平成11年11月9日 第3小法廷 判決(平成9年(オ)第873号)


要旨:

 .境界の確定を求める訴えは、隣接する土地の一方又は双方が数名の共有に属する場合には、共有者全員が共同してのみ訴え、又は訴えられることを要する固有必要的共同訴訟である。
 .土地の共有者のうちに境界確定の訴えを提起することに同調しない者がいる場合、その余の共有者は、隣接地の所有者と共に訴えの提起に同調しない者を被告にして右訴えを提起することができる。
 .共有者が原告と被告とに分かれている境界確定訴訟において、隣地の所有者は共有者全員と対立関係にあるから、被告である隣地の所有者が原告側共有者のみを相手方として提起した上訴は、被告側共有者に対しても効力を生じ、この者は被上訴人としての地位に立つ。

/第二次的被告/当事者適格/形式的形成訴訟/

/民訴.246条/民訴.47条4項/民訴.40条2項/

内容:

 件 名 土地境界確定請求上告事件(棄却)

 原 審 大阪高等裁判所

 意 見


主    文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人森脇勝、同河村吉晃、同今村隆、同植垣勝裕、同小沢満寿男、同岩松浩之、同田中泰彦、同山本了三、同麦谷卓也の上告理由について

 一 原審の適法に確定した事実関係は、(1) 甲山ハルオの相続人である被上告人らは、第一審判決別紙物件目録記載(1)の土地(以下「本件土地」という。)を持分各四分の一ずつの割合で相続した、(2) 本件土地は、その北側が上告人所有の道路敷(以下「本件道路敷」という。)に、南側が同人所有の河川敷(以下「本件河川敷」という。)に、それぞれ隣接している(以下、本件道路敷及び本件河川敷を併せて「上告人所有地」という。)、(3) 被上告人らの間においてハルオの遺産の分割について協議が調わず、被上告人甲山タケシを除く同甲山ツヨシら三名(以下「被上告人甲山ツヨシら」という。)が同甲山タケシを相手方として申し立てた遺産分割の審判が京都家庭裁判所に係属しているところ、本件土地と上告人所有地との境界が確定していないために右手続が進行しないでいる、(4) 被上告人甲山ツヨシらは、本件土地と上告人所有地との境界を確定するために、被上告人甲山タケシと共同して、上告人を被告として境界確定の訴えを提起しようとしたが、被上告人甲山タケシがこれに同調しなかったことから、同人及び上告人を被告として、本件境界確定の訴えを提起した、というものである。

 二 第一審は、本件土地と本件道路敷との境界は第一審判決別紙図面記載イ、ロ、ハ、ニの各点を結ぶ直線であり、本件土地と本件河川敷との境界は同図面記載ホ、ヘ、トの各点を結ぶ直線であると確定した。上告人は、被上告人甲山ツヨシらを被控訴人として控訴を提起し、原審において、土地の共有者が隣接する土地との境界の確定を求める訴えは共有者全員が原告となって提起すべきものであると主張し、本件訴えの却下を求めた。原審は、本件訴えを適法なものであるとし、被上告人甲山タケシも被控訴人の地位に立つとした上で、被上告人甲山ツヨシらと上告人との間及び被上告人甲山ツヨシらと同甲山タケシとの間で、それぞれ第一審と同一の境界を確定した。

 三 境界の確定を求める訴えは、隣接する土地の一方又は双方が数名の共有に属する場合には、共有者全員が共同してのみ訴え、又は訴えられることを要する固有必要的共同訴訟と解される(最高裁昭和四四年(オ)第二七九号同四六年一二月九日第一小法廷判決・民集二五巻九号一四五七頁参照)。したがって、共有者が右の訴えを提起するには、本来、その全員が原告となって訴えを提起すべきものであるということができる。しかし、共有者のうちに右の訴えを提起することに同調しない者がいるときには、その余の共有者は、隣接する土地の所有者と共に右の訴えを提起することに同調しない者を被告にして訴えを提起することができるものと解するのが相当である。

 けだし、境界確定の訴えは、所有権の目的となるべき公簿上特定の地番により表示される相隣接する土地の境界に争いがある場合に、裁判によってその境界を定めることを求める訴えであって、所有権の目的となる土地の範囲を確定するものとして共有地については共有者全員につき判決の効力を及ぼすべきものであるから、右共有者は、共通の利益を有する者として共同して訴え、又は訴えられることが必要となる。しかし、共有者のうちに右の訴えを提起することに同調しない者がいる場合であっても、隣接する土地との境界に争いがあるときにはこれを確定する必要があることを否定することはできないところ、右の訴えにおいては、裁判所は、当事者の主張に拘束されないで、自らその正当と認めるところに従って境界を定めるべきであって、当事者の主張しない境界線を確定しても民訴法二四六条の規定に違反するものではないのである(最高裁昭和三七年(オ)第九三八号同三八年一〇月一五日第三小法廷判決・民集一七巻九号一二二〇頁参照)。このような右の訴えの特質に照らせば、共有者全員が必ず共同歩調をとることを要するとまで解する必要はなく、共有者の全員が原告又は被告いずれかの立場で当事者として訴訟に関与していれば足りると解すべきであり、このように解しても訴訟手続に支障を来すこともないからである。

 そして、共有者が原告と被告とに分かれることになった場合には、この共有者間には公簿上特定の地番により表示されている共有地の範囲に関する対立があるというべきであるとともに、隣地の所有者は、相隣接する土地の境界をめぐって、右共有者全員と対立関係にあるから、隣地の所有者が共有者のうちの原告となっている者のみを相手方として上訴した場合には、民訴法四七条四項を類推して、同法四〇条二項の準用により、この上訴の提起は、共有者のうちの被告となっている者に対しても効力を生じ、右の者は、被上訴人としての地位に立つものと解するのが相当である。

 右に説示したところによれば、本件訴えを適法なものであるとし、被上告人甲山タケシも被控訴人の地位に立つとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の各判例のうち、最高裁昭和三九年(オ)第七九七号同四二年九月二七日大法廷判決・民集二一巻七号一九二五頁は、本件と事案を異にし適切でなく、その余の各判例は、所論の趣旨を判示したものとはいえない。論旨は、右と異なる見解に立って原判決を非難するものであって、採用することができない。なお、原審は、主文三項の1において被上告人甲山ツヨシらと上告人との間で、同項の2において被上告人甲山ツヨシらと同甲山タケシとの間で、それぞれ本件土地と上告人所有地との境界を前記のとおり確定すると表示したが、共有者が原告と被告とに分かれることになった場合においても、境界は、右の訴えに関与した当事者全員の間で合一に確定されるものであるから、本件においては、本件土地と上告人所有地との境界を確定する旨を一つの主文で表示すれば足りるものであったというべきである。

 よって、裁判官千種秀夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


 裁判官千種秀夫の補足意見は、次のとおりである。

 私は、境界確定の訴えにおいて、共有者の一部の者が原告として訴えを提起することに同調しない場合、この者を本来の被告と共に被告として訴えを提起することができるとする法廷意見の結論に賛成するものであるが、これは、飽くまで、境界確定の訴えの特殊性に由来する便法であって、右の者に独立した被告適格を与えるものではなく、他の必要的共同訴訟に直ちに類推適用し得るものでないことを一言付言しておきたい。

 すなわち、判示引用の最高裁判例の判示するとおり、土地の境界は、土地の所有権と密接な関係を有するものであり、かつ、隣接する土地の所有者全員について合一に確定すべきものであるから、境界の確定を求める訴えは、隣接する土地の一方又は双方が数名の共有に属する場合には、共有者全員が共同してのみ訴え、又は訴えられるのが原則である。したがって、共有者の一人が原告として訴えを提起することに同調しないからといって、その者が右の意味で被告となるべき者と同じ立場で訴えられるべき理由はない。もし、当事者に加える必要があれば、原告の一員として訴訟に引き込む途を考えることが筋であり、また、自ら原告となることを肯じない場合、参加人又は訴訟被告知者として、訴訟に参加し、あるいはその判決の効力を及ぼす途を検討すべきであろう。事実、共有者間に隣地との境界について見解が一致せず、あるいは隣地所有者との争いを好まぬ者が居たからといって、他の共有者らがその者のみを相手に訴えを起こし得るものではなく、その意味では、その者は、他の共有者らの提起する境界確定の訴えについては、当然には被告適格を有しないのである。したがって、仮に判示のとおり便宜その者を被告として訴訟に関与させたとしても、その者が、訴訟の過程で、原告となった他の共有者の死亡等によりその原告たる地位を承継すれば、当初被告であった者が原告の地位も承継することになるであろうし、判決の結果、双方が控訴し、当の被告がいずれにも同調しない場合、双方の被控訴人として取り扱うのかといった問題も生じないわけではない。かように、そのような非同調者は、これを被告とするといっても、隣地所有者とは立場が異なり、原審が「二次被告」と称したように特別な立場にある者として理解せざるを得ない。にもかかわらず、これを被告として取り扱うことを是とするのは、判示もいうとおり、境界確定の訴えが本質的には非訟事件であって、訴訟に関与していれば、その申立てや主張に拘らず、裁判所が判断を下しうるという訴えの性格によるものだからである。しかしながら、当事者適格は実体法上の権利関係と密接な関係を有するものであるから、本件の解釈・取扱いを他の必要的共同訴訟にどこまで類推できるのかには問題もあり、今後、立法的解決を含めて検討を要するところである。

 以上、判示の結論は、この種事案に限り便法として許容されるべきものであると考える。


(裁判長裁判官 元原利文 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)


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  本件は、最高裁判所のWebサーバーに「最近の最高裁判決」として掲載されていたものである。「主文」以下の内容は、軽微なレイアウト変更を除き、サーバーに掲載されていた時のままである。但し、一部仮名とした。

判例掲載誌  民集53巻8号1421頁


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成12年7月7日 第2小法廷 判決(平成8年(オ)第270号)


要旨:

 1.証券会社の代表取締役が独占禁止法19条に違反して損失補てんを決定し、実施した行為は商法266条にいう法令に違反する行為に当たるが、故意・過失がなかったとして、賠償請求が棄却された事例(株主代表訴訟)。

 .法令違反行為をした取締役に会社の受けた損害の賠償責任を負わせる商法266条にいう「法令」には、取締役を名宛人とし、取締役の受任者としての義務を一般的に定める商法254条3項(民法644条)、商法254条ノ3の規定及びこれを具体化する形で取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定のみならず、さらに、商法その他の法令中の、会社を名宛人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれる。(補足意見あり)
 2a.事業者に対して不公正な取引方法を用いることを禁止する独占禁止法19条の規定は、事業者たる会社がその業務を行うに際して遵守すべき規定であり、商法266条にいう法令に含まれる。(破棄理由)

 .株式会社の取締役が、法令又は定款に違反する行為をしたとして、商法266条に該当することを理由に損害賠償責任を負うには、右違反行為につき取締役に故意又は過失があることを要する。
 3a.野村證券の代表取締役が東京放送を委託者とする営業特金について損失補填を決定・実施した平成2年3月の時点においては、その行為が独占禁止法に違反するとの認識を有するに至らなかったことにはやむを得ない事情があったというべきであって、右認識を欠いたことにつき過失があったとすることもできないとされた事例。

 .複数の株主の追行する株主代表訴訟は、いわゆる類似必要的共同訴訟である。
 4a.株主代表訴訟おいて、共同訴訟人の一部の者が上訴すればそれによって原判決の確定が妨げられ、当該訴訟は全体として上訴審に移審し、上訴審の判決の効力は上訴をしなかった共同訴訟人にも及ぶが、自ら上訴をしなかった共同訴訟人を上訴人の地位に就かせる効力までが民訴法40条1項によって生ずると解するのは相当でなく、自ら上訴をしなかった共同訴訟人たる株主は上訴人にはならないものと解すべきである。

/商.266条/独禁.19条/民訴.40条1項/

内容:

 件 名 取締役損失補填責任追及及び共同訴訟参加上告事件(棄却)

 原 審 東京高等裁判所(平成5年(ネ)第3788号、第4998号、同6年(ネ)第1809号)

 意 見


主    文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。

理    由

 第一 本件の概要

 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 野村證券株式会社(以下「野村證券」という。)は、有価証券の売買、その媒介、取次ぎ及び代理、有価証券の引受け及び売出し等を目的とする我が国最大手の証券会社であり、被上告人らは、平成二年三月当時野村證券の代表取締役の地位にあった者であり、上告人らは、野村證券の株主である。
 2 東京放送株式会社(以下「東京放送」という。)は、野村證券の大口顧客であり、野村證券は、昭和四八年三月から東京放送と有価証券の売買等による資金運用の取引を継続し、また、東京放送の証券発行に際しては主幹事証券会社の地位にあって、多額の手数料収入を得ていた。
 主幹事証券会社になると多額の引受手数料等の収入を得ることができるため、主幹事となることにつき証券会社相互間で競争があり、また、いったん主幹事から外れるとこれを取り返すことには困難が伴うため、各証券会社は、証券発行を行う事業法人との取引関係の維持、拡大に努めている。
 3(一) 委託者が受託者である信託銀行と締結した特定金銭信託契約に基づき、信託銀行が、証券会社にそのための口座を開設して、委託者の指図に従い有価証券の売買等を行う取引(以下「特金勘定取引」という。)のうち、委託者が投資顧問業者と投資顧問契約を締結することなく、専ら証券会社が委託者に代わって信託銀行に指図することにより運用されていたものがあり、「営業特金」と呼ばれていた。
 (二) 東京放送は、平成元年四月、住友信託銀行株式会社(以下「住友信託銀行」という。)との間で、東京放送を委託者、住友信託銀行を受託者とし、期間を平成二年三月までとする特定金銭信託契約を締結して一〇億円を信託し、これに基づき住友信託銀行が野村證券に取引口座を開設して、有価証券の売買による東京放送のための資金運用が開始された。東京放送は右取引につき投資顧問業者との間で投資顧問契約を締結しておらず、営業特金による取引であった。
 (三) 東京放送のための特金勘定取引口座には、平成元年末ころに約二億七〇〇〇万円の損失が生じており、平成二年一月ころからの株式市況の急激な悪化によって、更に損失が拡大し、期間満了を待たずに取引を終了させた同年二月末ころには、損失額は約三億六〇〇〇万円となっていた。
 4(一) 大和証券株式会社が大口顧客に対して約一〇〇億円に上る損失補てんをしていたなどと報道される中で、大蔵省は、平成元年一二月二六日、日本証券業協会会長あてに、「証券会社の営業姿勢の適正化及び証券事故の未然防止について」と題する証券局長通達(以下「本件通達」という。)を発し、法令上の禁止行為である損失保証による勧誘や特別の利益提供による勧誘はもとより、事後的な損失の補てんや特別の利益提供も厳にこれを慎むこと、特金勘定取引について、原則として、顧客と投資顧問業者との間に投資顧問契約が締結されたものとすること等について、所属証券会社に周知徹底させるべきものとした。その趣旨を徹底するために、同日付けの大蔵省証券局業務課長による各財務(支)局理財部長あての事務連絡が発せられ、証券会社に対し、既存の特金勘定取引について本件通達に沿う所要の措置を講ずべき期限は平成二年末までとし、各年三月末及び九月末に特金勘定取引の口座数、そのうち投資顧問契約のないものの口座数等を報告させるなどの指導をすべきものとされた。
 (二) 日本証券業協会は、平成元年一二月二六日、本件通達を受けて、同協会の内部規則である公正慣習規則第九号「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(以下「本件規則」という。)を改正し、「協会員は、損失保証による勧誘、特別の利益提供による勧誘を行なわないことはもとより、事後的な損失の補填や特別の利益提供も厳にこれを慎む」ものとする旨の規定(同規則八条)を新設した。
 (三) 野村證券を始めとする証券会社は、本件通達等の主眼が早急に営業特金の解消を求める点にあると理解し、株式市況が急激に悪化する中で顧客との関係を良好に維持しつつ営業特金の解消を進めていくためには、損失補てんを行うこともやむを得ないという考え方が大勢を占めるようになった。
 5(一) 野村證券の担当者は、本件通達の直後から、東京放送の財務部長らと営業特金の解消について交渉したが解決に至らず、損失補てんをしなければ今後の取引関係に重大な影響が生ずると考えて、管理部門の最高責任者であった被上告人水内に対し、損失補てんの必要がある旨の報告をした。被上告人水内は、東京放送の営業特金については、有価証券市場が好況であった当時から損失が生じており、将来の東京放送の証券発行に際しての主幹事証券会社の地位を失うおそれがあることも考慮して、損失補てんを実施する必要があると判断した。平成二年三月一三日、被上告人らが出席した野村證券の専務会において、被上告人水内から、東京放送ほかの顧客に生じた損失について総額約一六一億円の補てんをすることが提案され、了承された。なお、被上告人らは、右損失補てんの実施を決定するに当たり、その違法性の有無につき法律家等の専門家の意見を徴することをしなかった。
 (二) 野村證券の東京放送に対する損失補てん(以下「本件損失補てん」という。)の具体的な方法は、市場や一般投資者に影響が及ばないように外貨建てワラントの相対取引によることとされ、平成二年三月一四日、ルクセンブルク証券取引所に上場の大成建設ワラントを野村證券が東京放送に売却し、即日買い戻すという方法により実施された。この結果、東京放送は三億六〇一九万一一二七円の利益を得て、営業特金による損失が補てんされ、営業特金も解消された。
 6 本件損失補てん後、野村證券と東京放送との取引関係は維持され、東京放送が平成四年七月に三〇〇億円、平成五年三月に二〇〇億円の社債を発行した際、野村證券は、その主幹事証券会社として一億二〇〇〇万円余の手数料を得るなど、既に相当額の収入を得ており、かつ今後も得られる見込みである。

 二 本件は、野村證券の株主である上告人らにおいて、本件損失補てんにつき、当時野村證券の代表取締役であった被上告人らが取締役としての義務に違反して会社に損害を被らせたものであると主張して、被上告人らに対し、商法二六六条一項五号の規定(以下「本規定」という。)に基づく取締役の責任を追及する株主代表訴訟である。
 原審は、(一) 本件損失補てんは、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法(以下「旧証券取引法」という。)五〇条一項三号、四号、五八条一号に違反しない、(二) 本件損失補てんは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)二条九項三号に基づき公正取引委員会が指定した不公正な取引方法(昭和五七年同委員会告示第一五号。以下「一般指定」という。)の9(不当な利益による顧客誘引)に該当し、同法一九条に違反する、(三) しかし、同条は競争者の利益を保護することを意図した規定であって、同条違反の行為により損害を被るのは当該会社ではないから、同条違反が本規定にいう法令違反に含まれると解するのは相当でないなどとして、上告人らの本訴請求を棄却すべきものと判断した。
 本件上告は、原審の右(一)及び(三)の判断が違法であるとして、原判決の破棄を求めるものである。

 第二 上告人兼上告人河合恒男の代理人亀田信男、上告代理人吉武伸剛、同飯田秀人の上告理由中、旧証券取引法違反に関する点について

 前記事実関係の下において、本件損失補てんが、旧証券取引法五〇条一項三号、四号、五八条一号に違反するものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

 第三 その余の上告理由について

 一 株式会社の取締役は、取締役会の構成員として会社の業務執行を決定し、あるいは代表取締役として業務の執行に当たるなどの職務を有するものであって、商法二六六条は、その職責の重要性にかんがみ、取締役が会社に対して負うべき責任の明確化と厳格化を図るものである。本規定は、右の趣旨に基づき、法令に違反する行為をした取締役はそれによって会社の被った損害を賠償する責めに任じる旨を定めるものであるところ、取締役を名あて人とし、取締役の受任者としての義務を一般的に定める商法二五四条三項(民法六四四条)、商法二五四条ノ三の規定(以下、併せて「一般規定」という。)及びこれを具体化する形で取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定が、本規定にいう「法令」に含まれることは明らかであるが、さらに、商法その他の法令中の、会社を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれるものと解するのが相当である。けだし、会社が法令を遵守すべきことは当然であるところ、取締役が、会社の業務執行を決定し、その執行に当たる立場にあるものであることからすれば、会社をして法令に違反させることのないようにするため、その職務遂行に際して会社を名あて人とする右の規定を遵守することもまた、取締役の会社に対する職務上の義務に属するというべきだからである。したがって、取締役が右義務に違反し、会社をして右の規定に違反させることとなる行為をしたときには、取締役の右行為が一般規定の定める義務に違反することになるか否かを問うまでもなく、本規定にいう法令に違反する行為をしたときに該当することになるものと解すべきである。

 二 これを本件について見ると、証券会社が、一部の顧客に対し、有価証券の売買等の取引により生じた損失を補てんする行為は、証券業界における正常な商慣習に照らして不当な利益の供与というべきであるから、野村証券が東京放送との取引関係の維持拡大を目的として同社に対し本件損失補てんを実施したことは、一般指定の9(不当な利益による顧客誘引)に該当し、独占禁止法一九条に違反するものと解すべきである。そして、独占禁止法一九条の規定は、同法一条所定の目的達成のため、事業者に対して不公正な取引方法を用いることを禁止するものであって、事業者たる会社がその業務を行うに際して遵守すべき規定にほかならないから、本規定にいう法令に含まれることが明らかである。したがって、被上告人らが本件損失補てんを決定し、実施した行為は、本規定にいう法令に違反する行為に当たると解すべきものである。
 しかるに、原審は、独占禁止法一九条に違反する行為が当然に本規定にいう法令に違反する行為に当たると解するのは相当でないと判断しているのであって、この点において、原審は法令の解釈を誤ったものといわなければならない。

 三 しかしながら、株式会社の取締役が、法令又は定款に違反する行為をしたとして、本規定に該当することを理由に損害賠償責任を負うには、右違反行為につき取締役に故意又は過失があることを要するものと解される(最高裁昭和四八年(オ)第五〇六号同五一年三月二三日第三小法廷判決・裁判集民事一一七号二三一頁参照)。
 原審の適法に確定したところによれば、(一) 被上告人らは、本件損失補てんが旧証券取引法あるいは本件通達に違反するものでないかどうかについては重大な関心を有していたが、それが一般の投資家に対して取引を勧誘するような性質のものではなかったことから、独占禁止法一九条に違反するか否かの問題については思い至らなかった、(二) 被上告人らのみならず、関係当局においても、証券取引については所管の大蔵省によって証券取引法及びその関連法令を通じて規制が行われるべきであるとの基本的理解から、証券取引に伴う損失補てんが独占禁止法に違反するかどうかという問題は、本件損失補てんが行われた後一年半余にわたって取り上げられることがなかった、(三) 公正取引委員会は、第一二一回衆議院証券及び金融問題に関する特別委員会が開催された平成三年八月三一日の時点においても、なお損失補てんが独占禁止法に違反するとの見解を採っておらず、公正取引委員会が、本件損失補てんを含む証券会社の一連の損失補てんが不公正な取引方法に該当し独占禁止法一九条に違反するとして、同法四八条二項に基づく勧告を行ったのは、同年一一月二〇日であった、というのである。
 右事実関係の下においては、被上告人らが、本件損失補てんを決定し、実施した平成二年三月の時点において、その行為が独占禁止法に違反するとの認識を有するに至らなかったことにはやむを得ない事情があったというべきであって、右認識を欠いたことにつき過失があったとすることもできないから、本件損失補てんが独占禁止法一九条に違反する行為であることをもって、被上告人らにつき本規定に基づく損害賠償責任を肯認することはできない。

 四 以上のとおりであるから、被上告人らが本件損失補てんを決定し、実施したことにつき、本規定に基づく損害賠償責任を否定すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響しない事項についての違法をいうものに帰し、採用することができない。

 第四 乙川イチロウ及び株式会社H電気設計事務所の上告審における地位について 

 商法二六七条に規定する株主代表訴訟は、株主が会社に代位して、取締役の会社に対する責任を追及する訴えを提起するものであって、その判決の効力は会社に対しても及び(民訴法一一五条一項二号)、その結果他の株主もその効力を争うことができなくなるという関係にあり、複数の株主の追行する株主代表訴訟は、いわゆる類似必要的共同訴訟と解するのが相当である。
 類似必要的共同訴訟において共同訴訟人の一部の者が上訴すれば、それによって原判決の確定が妨げられ、当該訴訟は全体として上訴審に移審し、上訴審の判決の効力は上訴をしなかった共同訴訟人にも及ぶと解される。しかしながら、合一確定のためには右の限度で上訴が効力を生ずれば足りるものである上、取締役の会社に対する責任を追及する株主代表訴訟においては、既に訴訟を追行する意思を失った者に対し、その意思に反してまで上訴人の地位に就くことを求めることは相当でないし、複数の株主によって株主代表訴訟が追行されている場合であっても、株主各人の個別的な利益が直接問題となっているものではないから、提訴後に共同訴訟人たる株主の数が減少しても、その審判の範囲、審理の態様、判決の効力等には影響がない。そうすると、株主代表訴訟については、自ら上訴をしなかった共同訴訟人を上訴人の地位に就かせる効力までが民訴法四〇条一項によって生ずると解するのは相当でなく、自ら上訴をしなかった共同訴訟人たる株主は、上訴人にはならないものと解すべきである(最高裁平成四年(行ツ)第一五六号同九年四月二日大法廷判決・民集五一巻四号一六七三頁参照)。
 したがって、本件において自ら上告を申し立てなかった乙川イチロウ及び株式会社H電気設計事務所は上告人ではないものとして、本判決をする。

 よって、裁判官河合伸一の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


 裁判官河合伸一の補足意見は、次のとおりである。

 法廷意見は、本規定にいう「法令」には、商法その他の法令中の、会社を名あて人とし、会社として遵守すべきすべての規定(以下「対会社規定」という。)が含まれることを明らかにした上、取締役が会社をして対会社規定に違反させることとなる行為をしたときは、一般規定の定める取締役の義務に違反するか否かを問うまでもなく、本規定に該当すると解している。すなわち、本規定に基づく取締役の責任は会社に対する債務不履行責任であるところ、本規定は、取締役が右のような行為をしたときは、当然に、民法四一五条所定の「債務ノ本旨ニ従ヒタル履行ヲ為ササル」との要件(以下「不履行要件」という。)を充足すると定めるものであって、その意味で同条に対する特則を成すと解するものである。
 これに対し、対会社規定の全部又は一部について、取締役がそれらの規定に違反しても直ちに不履行要件を充足すると解すべきではなく、取締役の行為が一般規定の定める義務に違反するもの(以下「任務懈怠」という。)と評価されて初めて、これを充足することになると解する説(以下「反対説」という。)が唱えられており、原審もこれによったものと思われる。
 私は、反対説には解釈論として相当の難点がある上、具体的事案の処理においても、法廷意見による場合に対比して、少なくとも右難点を無視するに足るほどの利点があるとはいえないと考えるので、以下、その概要を述べておきたい。

 一 営利法人たる会社を経営する取締役の任務は、約言すれば、会社の最善の利益を図るため善良な管理者の注意をもってその職務を遂行することにある。反対説が、取締役の行為に対会社規定違反があっても、なお任務懈怠の評価を経るべきものとするのは、取締役の行為を、右違反の点をも含め、全体として観察すれば、任務懈怠とはいえない場合がある、すなわち前記の取締役の任務にかなうものと評価できる場合があるとの理解を前提とするのであろう。それは、結局、取締役が会社をして対会社規定に違反させることになる行為をしても、それが会社の利益を図るものであれば、会社に対する関係では債務不履行とはならない場合のあることを承認するものであり、換言すれば、会社の利益を図るためには、会社をして法令に違反させることになるような行為をすることもなお取締役の任務に属する場合があることを承認するものではなかろうか。しかし、私は、そのようなことを承認することには、とうてい賛成できない。
 また、反対説は、商法の規定の構成や文理にも整合しないように思われる。本規定にいう「法令」に一般規定が含まれることについては、反対説の論者にも異論はない。対会社規定がこれに含まれるかは必ずしも一致していないが、もし含まれるとするのであれば、対会社規定は一般規定の下部規範でありながら、両者が同一条文中に並列的に置かれていることになるし、もし含まれていないとするのであれば、本規定は「取締役ガ其ノ任務ヲ怠リタルトキ」と定めていた昭和二五年改正前の二六六条一項とほとんど同じものとなり、右改正において、取締役の地位及び権限の強化に伴い、その責任の明確化と厳格化を図るため現行のように改められた趣旨にそぐわないことになる。商法が、監査役について、取締役に関する規定の多くを準用しながら、会社に対する責任については本規定を準用せず、「其ノ任務ヲ怠リタルトキ」と定めている(二七七条)こととも整合しない。商法二五四条ノ三にいう「法令」が対会社規定を含むことは明らかであるところ、同じく取締役の義務に関する本規定中の「法令」を別異に解することも、容易に理解し難いところである。

 二 反対説には右のような難点があるが、それにもかかわらず反対説が提唱される理由には、法廷意見のように解すると取締役に対し不当に苛酷な責任を負わせることになるとの憂慮があるように思われる。
 たしかに、対会社規定には多種多様なものがあり、取締役がそのすべてに通じていることは期し難いから、本件のように、取締役の行為が思いがけず対会社規定に違反する結果となる場合の生じ得ることを否定できない。その場合、取締役が当然に商法二六六条の定める責任を負うことになれば、その責任はきわめて厳格なものである。さらに、近年、本規定に基づいて取締役の責任を追及する代表訴訟が増加し、ことに商法二六七条四項の改正後は、その請求額が巨額に及ぶ例も少なくない。これらのことからすると、右の憂慮を故なきものということはできない。
 ところで、取締役は、会社を取り巻く複雑かつ流動的な諸状況の下で、その任務を遂行するため、専門的な知識と経験に基づき、諸種の配慮をめぐらして経営上の判断をしなければならない。このような取締役の経営上の判断については、その性質上おのずから広い裁量が認められるべきであって、取締役のある判断が結果的に会社に損害をもたらしたとしても、それだけで直ちに取締役に任務懈怠があったとすることはできず、具体的事案における諸事情を総合勘案して評価決定すべきものとするのが、一般的理解である。反対説は、取締役が対会社規定に違反して会社に損害が生じた場合においても、右の経営判断に関する一般的理解に従い、具体的諸事情を総合勘案して任務懈怠と評価できるか否かを決することにより、取締役が前記の苛酷な責任から救済される可能性を拡大しようとするものと思われるのである。
 しかし、私は、本規定に基づく取締役の責任の諸要件をより具体的に検討すれば、両説のいずれを採るかにより、結論においてそれほどの差を生じるものではないと考える。
 1 まず、取締役の対会社規定に違反する行為の結果会社に損害が生じた場合において、取締役が、その行為をするに際し、それが対会社規定に違反するものであることを認識していたときには、前記の一般的理解によっても、取締役に任務懈怠なしとすることはできないであろう。取締役の裁量権には、法令に違反し、あるいは会社をして違反させることは含まれないはずであり、会社の利益を図るためには故意に法令を犯してもよいとはいえないからである。現に、反対説の論者も、多くは右の結論を認めているように思われる。
 2 右の場合において、取締役が、自己の行為が対会社規定に違反することを認識していないときは、どうであろうか。
 法廷意見の立場からは、債務不履行責任における帰責要件としての過失の問題となるところ、これについては一般に、債務者が取引関係上通常要求される程度の注意を欠いたがゆえに債務不履行という結果の発生を認識しなかったか否かが問われるのであって、右の場合に即していえば、当該行為をめぐる諸般の状況の下で、取締役が前記のような経営上の判断をするに際し、同様の状況にある通常の取締役に要求される程度の注意、すなわち善管注意を欠いたがゆえに、対会社規定違反となることを認識しなかったか否かが問われるのである。
 反対説の立場からは、必ずしも帰責要件の問題とはされず、むしろ、あるいはまず、不履行要件の問題とされる如くであるが、いずれにしても、右の善管注意を欠いたか否かを基準として決せられることになると思われ、そうだとすれば、判断基準において法廷意見と差がないと考えられる。ただ、この立場においては、認識すべきものとされる対象が、法廷意見の立場におけるそれと異なることになるであろうが、そうであっても、その対象の中に当該行為が対会社規定に違反するという事実が含まれなければならない以上、右の差異によって結論が左右される事例は、次に述べるような場合を除き、容易に想定することができない。
 3 取締役が善管注意を尽くせば対会社規定違反となることを認識し得たと判断されるけれども、この判断に供せられた事実関係に加えて、当該行為をめぐる状況を更に広く考察すれば、なお任務懈怠とは評価できないという場合はあり得るかも知れない。しかし、ここで更に考察の対象に加えられる事実関係ないしその評価とは、ほとんどの場合、通常の債務不履行の要件論において違法性阻却又は責任阻却事由として位置付けられるものではなかろうか。法廷意見の立場からも、緊急避難等の違法性阻却事由や、期待可能性等の責任阻却事由の存在が認められるときは、取締役の責任は否定されることになるのである。
 4 あるいは、主張立証責任の所在については、両説のいずれを採るかにより、理論上、差異を生じるかも知れない。本規定に基づいて取締役の責任が追及される事案のほとんどはいわゆる不完全履行の類型に属するであろうが、同類型においては、不完全な履行があったこと、すなわち不履行要件の存在の主張立証責任は債権者側にあると解するのが一般である。これを前提とすると、法廷意見の立場からは、取締役が対会社規定に違反する行為をしたことが立証されれば、それだけで不履行要件を充足し、帰責事由の不存在又は違法性・責任阻却事由の存在は、すべて取締役が主張立証責任を負うことになる。これに対し、反対説の立場では、これらの事由は、ほとんどすべてが不履行要件たる任務懈怠の中に溶融され、取締役の責任を追及する側が主張立証責任を負うことになる。
 もっとも、右は理論上のものに過ぎず、訴訟の実践の場においてはそれほどの差を生じないであろうが、もし右の理論のとおりに訴訟が運ばれるとすれば、反対説を採ることにより、取締役の責任が否定される場合が増えるであろう。
 しかし、私は、右の理論にも、反対説によるその結果の妥当性にも、疑問を呈さざるを得ない。たとえば一定の品質を有すべき物の給付債務など、債務の内容が客観的、具体的に明確であり、それが完全に履行されたか否かを債権者が普通に知り得るものについては、その不履行要件についての主張立証責任を債権者に課すことは正当であろう。しかし、反対説がいうように、任務懈怠をもって不履行要件とするなら、そこで認定判断されるべき事柄は複雑多岐にわたり、しかもそのほとんどは取締役の関与領域内にあるから、物の給付債務などについてと同断には論じ得ないし、ことに代表訴訟の場合を考えると、原告にその主張立証責任を課すことにより取締役が勝訴するという結果は、公平でなく、妥当でもないと考えるのである。

 三 本規定に基づき取締役に命じられる賠償額についても言及しておきたい。
 前述のとおり、反対説が提唱される理由に、取締役に対し不当に苛酷な責任を負わせることへの憂慮があるとすれば、私も、それに共感を覚える場合がないわけではない。しかし、そのような結果を回避することは、反対説のように、不履行要件を任務懈怠として、対会社規定に違反した取締役の責任を全面的に否定する方法によってではなく、その責任を肯定した上、要賠償額の量定を妥当なものとする方法によってされる方が望ましく、現行法の下においても、その余地があると考えるからである。
 1 たとえば、いわゆる損益相殺である。取締役の本規定該当の行為によって会社が損害を被ったが、同時に利益をも得ている場合、原則として、その差額をもって要賠償額とするものである。商法二六六条が会社の被った損害を取締役に賠償させる制度である以上、右のように損益相殺することは、むしろ当然のことといえる。
 もっとも、取締役の行為から会社に利益が生じているにしても、その行為が刑事犯罪に該当するなど、その利益をもって損益相殺することが社会的に正当視できない場合はあろう。しかし、そのような場合は、会社に生じた損害をそのまま取締役に負わせても、不当に苛酷なものとはいえないと考える。
 2 過失相殺の規定(民法四一八条)を適用し、あるいはその趣旨を類推適用することも、検討されるべきである。
 取締役は会社の機関であり、対外的には一体と見るべきものであるが、会社の取締役に対する損害賠償請求権が訴求されているときには、たとえ取締役が現在もその地位にあるとしても、両者は債権者と債務者の関係にあるから、右規定が適用されることは自然である。
 また、たとえば取締役の行為が本規定に該当するものではあるが、それは会社の歴代の経営者がしてきたことを継承するものであるとか、会社の組織や管理体制に牢固たる欠陥があるなど、いわば会社の体質にも起因するところがある場合には、損害賠償制度の根本理念である公平の原則、あるいは債権法を支配する信義則に照らし、右規定を類推適用することが許されてよいと考える(最高裁昭和五九年(オ)第三三号同六三年四月二一日第一小法廷判決・民集四二巻四号二四三頁、最高裁昭和六三年(オ)第一〇九四号平成四年六月二五日第一小法廷判決・民集四六巻四号四〇〇頁参照)。
 もっとも、右の例のような場合、取締役は会社の体質を改善すべき義務を負うものであることも、考慮されなければならない。また、本規定に基づく責任が関与した取締役の連帯責任とされていることが、過失相殺規定の適用又は類推適用を困難にする場合もあろう。しかし、そのようなことも考慮しつつ、なおこれによって妥当な結論を導き得る場合があると考えるのである。
 要賠償額を具体的事情に適合する合理的、現実的なものにするため、解釈論として用い得る調整手法は、右以外にもあり得よう。そして、このような調整をすることは、決して、商法二六六条ないし代表訴訟制度の目的に反するものではなく、その機能を減殺するものでもない。ことに、訴額に関する法改正により取締役の職務是正機能が鮮明になってきた代表訴訟制度にとっては、むしろ、これをより活性化することにつながるものである。
 現行法の下では、右の合理的調整をするのに相当の困難があることは否定できない。これを適切かつ十分に行い得るようにするには、本来、法改正が必要であって、その早期の実現が待たれるところである。しかし、これが実現するまでの間にあっても、法解釈を工夫することによって不当な結果を回避し得る余地が多分にあると考える次第である。


(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷 玄)


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  本件は、最高裁判所のWebサーバーに「最近の最高裁判決」として掲載されていたものである。「主文」以下の内容は、軽微なレイアウト変更を除き、サーバーからダウンロードした時の状態のままである。但し、一部仮名にした。

判例掲載誌  民集54巻6号1767頁

判例研究等


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 昭和43年3月15日 第2小法廷 判決(昭和41年(オ)第162号)


要旨:

 .土地の所有者がその所有権に基づいて地上の建物の所有者である共同相続人を相手方とし、建物収去土地明渡を請求する訴訟は、いわゆる固有必要的共同訴訟ではない。

/当事者適格/通常共同訴訟/共有/

/民訴.38条/民訴.40条/民.430条/民.251条/

内容:

 件 名 建物収去土地明渡請求上告事件(棄却)


主    文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。

理    由

 上告代理人金綱正己、同根本孔衛、同鶴見祐策の上告理由第一、二点について。
 所論の準備書面には所論のような記載があるが、右準備書面が原審口頭弁論期日に陳述された形跡は認められない。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点について。
 所論は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断を非難するにすぎず、所論引用の原判示に所論の違法はなく、論旨は理由がない。

 同第四点について。
 所論違憲の主張は前提を欠くことが明らかであるから、採用できない。

 同第五点について。
 被上告人の被告姜吉煥に対する本訴請求が本件土地の所有権に基づいてその地上にある建物の所有者である同被告に対し建物収去土地明渡を求めるものであることは記録上明らかであるから、同被告が死亡した場合には、かりに姜喜美子が同被告の相続人の一人であるとすれば、喜美子は当然に同被告の地位を承継し、右請求について当事者の地位を取得することは当然である。しかし、土地の所有者がその所有権に基づいて地上の建物の所有者である共同相続人を相手方とし、建物収去土地明渡を請求する訴訟は、いわゆる固有必要的共同訴訟ではないと解すべきである。けだし、右の場合、共同相続人らの義務はいわゆる不可分債務であるから、その請求において理由があるときは、同人らは土地所有者に対する関係では、各自係争物件の全部についてその侵害行為の全部を除去すべき義務を負うのであつて、土地所有者は共同相続人ら各自に対し、順次その義務の履行を訴求することができ、必ずしも全員に対して同時に訴を提起し、同時に判決を得ることを要しないからである。もし論旨のいうごとくこれを固有必要的共同訴訟であると解するならば、共同相続人の全部を共同の被告としなければ被告たる当事者適格を有しないことになるのであるが、そうだとすると、原告は、建物収去土地明渡の義務あることについて争う意思を全く有しない共同相続人をも被告としなければならないわけであり、また被告たる共同相続人のうちで訴訟進行中に原告の主張を認めるにいたつた者がある場合でも、当該被告がこれを認諾し、または原告がこれに対する訴を取り下げる等の手段に出ることができず、いたずらに無用の手続を重ねなければならないことになるのである。のみならず、相続登記のない家屋を数人の共同相続人が所有してその敷地を不法に占拠しているような場合には、その所有者が果して何びとであるかを明らかにしえないこと[が]稀ではない。そのような場合は、その一部の者を手続に加えなかつたために、既になされた訴訟手続ないし判決が無効に帰するおそれもあるのである。以上のように、これを必要的共同訴訟と解するならば、手続上の不経済と不安定を招来するおそれなしとしないのであつて、これらの障碍を避けるためにも、これを必要的共同訴訟と解しないのが相当である。また、他面、これを通常の共同訴訟であると解したとしても、一般に、土地所有者は、共同相続人各自に対して債務名義を取得するか、あるいはその同意をえたうえでなければ、その強制執行をすることが許されないのであるから、かく解することが、直ちに、被告の権利保護に欠けるものとはいえないのである。そうであれば、本件において、所論の如く、他に同被告の承継人が存在する場合であつても、受継手続を了した者のみについて手続を進行し、その者との関係においてのみ審理判決することを妨げる理由はないから、原審の手続には、ひつきよう所論の違法はないことに帰する。したがつて、論旨は採用できない。

 上告人斎藤健三、同笠原隆吉、同高倉丑三、同高倉昭一、同永岡清、同金寅述、同川野啓太郎、同楠家常太郎、同藤井寿夫、同有限会社舘野箔押所、同舘野勇、同岩間生昌、同姜栄一の各上告理由について。
 所論は、いずれも、原判決に憲法の解釈の誤り、その他憲法の違背あること、または判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背のあることを主張するものではないから、論旨はすべて採用に値しない。

 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)


 上告代理人金綱正己、同根本孔衛、同鶴見祐策の上告理由

 第五点 必要的共同訴訟手続の看過の違法
 第一審の被告姜吉煥が昭和三五年一一月二一日に死亡し、同人の長男控訴人姜栄一、同二男控訴人姜貞康同じく四男控訴人姜忠弘が、訴の対象になつている物件を共同相続したのであるが、その後、姜吉煥の二女姜喜美子がこの訴訟の存在を知り自分も右物件の共同相続者である旨を原裁判所に昭和四〇年一一月一〇日に届出た。本件は必要的共同訴訟にあたるものと思われるので原裁判所はただちに弁論を再開し、調査の上、同人を訴訟に関与せしめる措置をとるべきであり、そうでなければ訴訟要件の欠缺として少くともこの部分について訴の却下をすべきであつたにもかかわらず、この挙に出なかつたのであるから、原審の訴訟手続違背は重大であり、破棄をまぬがれない。
(その他の上告理由は省略する)

 上告人等の上告理由は省略する。


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  民集を底本としたが、判例時報を参照して下記の補正を施した。

判例掲載誌  最高裁判所民事判例集22巻3号607頁* 判例時報513号5頁

判例研究等


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成14年3月25日 第2小法廷 判決(平成13年(行ヒ)第154号)


要旨:

 共有に係る特許権が特許異議の申立てに基づき特許庁により取り消された場合に,特許権の共有者の一人が単独で提起した特許取消決定の取消訴訟が適法とされた事例。

 .特許権の共有者の1人は,共有に係る特許の取消決定がされたときは,特許権の消滅を防ぐ保存行為として,単独で取消決定の取消訴訟を提起することができる。
 1a.特許権の各共有者が共同して又は各別に取消訴訟を提起した場合には,これらの訴訟は類似必要的共同訴訟に当たる。(理由付けの一部/傍論)
 1b.特許法132条3項の「特許権の共有者がその共有に係る権利について審判を請求するとき」とは,特許権の存続期間の延長登録の拒絶査定に対する不服の審判(同法67条の3第1項,121条)や訂正の審判(同法126条)等の場合を想定しているのであって,一般的に,特許権の共有の場合に常に共有者の全員が共同して行動しなければならないことまで予定しているものとは解されない。(傍論)

/知的財産権/無体財産権/工業所有権/特許権/固有必要的共同訴訟/当事者適格/訴訟要件/

/特許.132条3項/特許.38条/特許.73条/特許.67-3条/特許.121条/民訴.40条/民.252条/

内容:

 件 名 特許取消決定取消請求上告事件(破棄差戻)

 原 審 東京高等裁判所平成13年3月12日第13民事部判決(平成12年(行ケ)第470号)


主    文

原判決を破棄し,本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理    由

 上告代理人小坂志磨夫,同小池豊,同永井義久の上告受理申立て理由について

 1 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 上告人及び池上通信機株式会社(以下「訴外会社」という。)は,名称を「パチンコ装置」とする発明(平成11年2月19日設定登録,特許第2888528号。以下,同発明に係る特許を「本件特許」という。)に係る特許権の共有者である。
 Aは平成11年11月5日,Bは同月10日,それぞれ本件特許につき特許異議の申立てをした。
 特許庁は,平成12年10月25日,上記異議申立てにつき,本件特許の請求項1に係る特許を取り消す旨の決定をした。

 2 本件訴えは,上告人が単独で上記決定の取消しを請求するものであるところ,原審は,次のとおり判断して,本件訴えを却下した。
 共有に係る特許権につき,特許異議の申立てに基づいてされた特許を取り消すべき旨の決定(以下「取消決定」という。)の取消しを求める訴えは,共有者全員の有する1個の権利の存否を決めるものとして,合一に確定する必要があり,共有者それぞれについて異なった内容で確定され得ると解する余地はないから,固有必要的共同訴訟である。特許法は,特許を受ける権利又は特許権の共有者中に権利の取得又は存続の意欲を失った者がいる場合には,1個の特許権全体について,その取得又は存続ができなくともやむを得ないとしているから(特許法132条3項),取消決定に対する取消訴訟の場合に同様の扱いをすることが不合理とはいえない。
 訴外会社に対しても,上告人に対するのと同時期に決定の謄本の送達がされたところ,訴外会社が訴えを提起しておらず,出訴期間を経過したから,上告人のみの提起に係る本件訴えは,不適法である。

 3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 特許を受ける権利が共有に係るときは,各共有者は,他の共有者と共同でなければ特許出願をすることができず(特許法38条),共有に係る特許を受ける権利について審判を請求するときは,共有者の全員が共同してしなければならないとされているが(同法132条3項),これは,共有者の有する1個の権利について特許を受けようとするには共有者全員の意思の合致を要求したものにほかならない。これに対し,いったん特許権の設定登録がされた後は,特許権の共有者は,持分の譲渡や専用実施権の設定等の処分については他の共有者の同意を必要とするものの,他の共有者の同意を得ないで特許発明の実施をすることができる(同法73条)。
 ところで,いったん登録された特許権について特許の取消決定がされた場合に,これに対する取消訴訟を提起することなく出訴期間を経過したときは,特許権が初めから存在しなかったこととなり,特許発明の実施をする権利が遡及的に消滅するものとされている(同法114条3項)。したがって,特許権の共有者の1人は,共有に係る特許の取消決定がされたときは,特許権の消滅を防ぐ保存行為として,単独で取消決定の取消訴訟を提起することができると解するのが相当である(最高裁平成13年(行ヒ)第142号同14年2月22日第二小法廷判決・裁判所時報1310号5頁参照)。なお,特許法132条3項の「特許権の共有者がその共有に係る権利について審判を請求するとき」とは,特許権の存続期間の延長登録の拒絶査定に対する不服の審判(同法67条の3第1項,121条)や訂正の審判(同法126条)等の場合を想定しているのであって,一般的に,特許権の共有の場合に常に共有者の全員が共同して行動しなければならないことまで予定しているものとは解されない。
 特許権の共有者の1人が単独で取消決定の取消訴訟を提起することができると解しても,合一確定の要請に反するものとはいえない。また,各共有者が共同して又は各別に取消訴訟を提起した場合には,これらの訴訟は類似必要的共同訴訟に当たるから,併合して審理判断されることになり,合一確定の要請は充たされる。

 4 そうすると,本件訴えを不適法とした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。なお,最高裁昭和35年(オ)第684号同36年8月31日第一小法廷判決・民集15巻7号2040頁,最高裁昭和52年(行ツ)第28号同55年1月18日第二小法廷判決・裁判集民事129号43頁及び最高裁平成6年(行ツ)第83号同7年3月7日第三小法廷判決・民集49巻3号944頁は,本件と事案を異にし適切でない。したがって,原判決を破棄し,本案について審理させるため,本件を原審に差し戻すこととする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 梶谷 玄 裁判官 河合伸一 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫)


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  本件は,最高裁判所のWebサーバーの「最近の最高裁判決」に掲載されていたものである。「主文」以下の内容は,若干のレイアウト変更を除き,サーバーからダウンロードした時の状態のままである。

判例掲載誌  


栗田隆/小さな判例集


最高裁判所 平成13年2月22日 第1小法廷 決定(平成12年(行フ)第3号)


要旨:

 労災保険給付の不支給決定の取消訴訟において,事業主が被告(労働基準監督署長)を補助するため訴訟に参加することが認められた事例。

 .労災保険給付の不支給決定の取消訴訟(本案訴訟)における業務起因性についての判断は,判決理由中の判断であって,この訴訟と事業主に対する安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償請求訴訟(後訴)とでは審判の対象及び内容を異にするのであるから,本案訴訟における業務起因性についての判断が後訴における判断に事実上不利益な影響を及ぼす可能性があることをもって事業主が訴訟の結果について法律上の利害関係を有するということはできない。(原審判断を支持)
 1a.労災保険給付の不支給決定の取消訴訟において,労災保険の保険料の徴収等に関する法律12条3項により次々年度以降の保険料が増額される可能性がある場合には,事業主は,労働基準監督署長を補助するため訴訟に参加することができる。(破棄理由)

/補助参加の利益/労働災害/

/参照条文/民訴.42条/労働保険の保険料の徴収等に関する法律.12条3項/

内容:

 件 名 補助参加申出の却下決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件(破棄差戻)

 原 審 東京高等裁判所(平成12年(行ス)第10号)


主    文

 原決定を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理    由

 抗告代理人大下慶郎,同納谷廣美,同西修一郎,同石橋達成の抗告理由について

 1 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。
 (1) 本件の本案訴訟(宇都宮地方裁判所平成10年(行ウ)第14号労災不支給処分取消請求事件)は,抗告人の小山工場に勤務していた甲野イチローの妻である相手方が,イチローの死亡は長時間労働の過労によるもので,業務起因性があるとして,栃木労働基準監督署長に対し労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づいて遺族補償給付等の請求をしたところ,これを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたので,その取消しを求める行政訴訟である。
 (2) 抗告人は,本案訴訟においてイチローの死亡につき業務起因性を肯定する判断がされると,相手方から労働基準法(以下「労基法」という。)に基づく災害補償又は安全配慮義務違反による損害賠償を求める訴訟を提起された場合に自己に不利益な判断がされる可能性があり,また,労働保険の保険料の徴収等に関する法律(以下「徴収法」という。)12条3項により次年度以降の保険料が増額される可能性があると主張し,栃木労働基準監督署長に対する補助参加を申し出たが,相手方はこれに対して異議を述べた。

 2 原審は,概要次のとおり判示して,抗告人の補助参加の申出を却下すべきものとした。
 (1) 本案訴訟において業務起因性を肯定する判断がされたとしても,これによって相手方の抗告人に対する安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償請求訴訟において当然に相当因果関係を肯定する判断がされるものではない上,後訴における抗告人の責任の有無,賠償額の範囲は,使用者の故意又は過失,過失相殺等の判断を経て初めて確定されるものであるから,本案訴訟における業務起因性についての判断が後訴における判断に事実上不利益な影響を及ぼす可能性があることをもって抗告人が本件訴訟の結果について法律上の利害関係を有するということはできない。
 (2) 徴収法12条3項は,本案訴訟の結果により当然に保険料が増額されることを定めたものではないから,保険料増額の可能性があることをもって抗告人が本件訴訟の結果について法律上の利害関係を有するということはできない。

 3 しかしながら,原審の判断のうち上記(1)は是認することができるが,(2)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 労基法84条によると,労災保険法に基づいて労基法の災害補償に相当する給付が行われるべきものである場合においては,使用者は補償の責を免れるものとされているから,本案訴訟において本件処分が取り消され,相手方に対して労災保険法に基づく遺族補償給付等を支給する旨の処分がされた場合には,使用者である抗告人は,労基法に基づく遺族補償給付等の支払義務を免れることになる。そうすると,本案訴訟において被参加人となる栃木労働基準監督署長が敗訴したとしても,抗告人が相手方から労基法に基づく災害補償請求訴訟を提起されて敗訴する可能性はないから,この点に関して抗告人の補助参加の利益を肯定することはできない。また,本案訴訟における業務起因性についての判断は,判決理由中の判断であって,労災保険法に基づく保険給付(以下「労災保険給付」という。)の不支給決定取消訴訟と安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求訴訟とでは,審判の対象及び内容を異にするのであるから,抗告人が本案訴訟の結果について法律上の利害関係を有するということはできない。原決定中,抗告人の上記主張を排斥した部分は,これと同旨をいうものとして,是認することができる。この点に関する論旨は採用することができない。
 (2) 徴収法12条3項によると,同項各号所定の一定規模以上の事業については,当該事業の基準日以前3年間における「業務災害に係る保険料の額に第1種調整率を乗じて得た額」に対する「業務災害に関する保険給付の額に業務災害に関する特別支給金の額を加えた額から労災保険法16条の6第1項2号に規定する遺族補償一時金及び特定疾病にかかった者に係る給付金等を減じた額」の割合が100分の85を超え又は100分の75以下となる場合には,労災保険率を一定範囲内で引き上げ又は引き下げるものとされている。そうすると,徴収法12条3項各号所定の一定規模以上の事業においては,労災保険給付の不支給決定の取消判決が確定すると,行政事件訴訟法33条の定める取消判決の拘束力により労災保険給付の支給決定がされて保険給付が行われ,次々年度以降の保険料が増額される可能性があるから,当該事業の事業主は,労働基準監督署長の敗訴を防ぐことに法律上の利害関係を有し,これを補助するために労災保険給付の不支給決定の取消訴訟に参加をすることが許されると解するのが相当である。したがって,抗告人の小山工場(小山工場につき徴収法9条による継続事業の一括の認可がされている場合には,当該認可に係る指定事業)が徴収法12条3項各号所定の一定規模以上の事業に該当する場合には,本件処分が取り消されると,次々年度以降の保険料が増額される可能性があるから,抗告人は,栃木労働基準監督署長を補助するために本案訴訟に参加することが許されるというべきである。原決定中,これと異なる見解に立って抗告人の補助参加の利益を否定した部分には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。論旨はこの趣旨をいう限度で理由がある。

 4 以上の次第で,原決定は破棄を免れず,本件については,抗告人の小山工場(小山工場につき徴収法9条による継続事業の一括の認可がされている場合には,当該認可に係る指定事業)が徴収法12条3項各号所定の一定規模以上の事業に該当するかどうかにつき更に審理を尽くす必要があるから,これを原審に差し戻すこととする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 深澤武久 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎 裁判官 町田 顯)


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  本件は,最高裁判所のWebサーバーの「最近の最高裁判決」に掲載されていたものである。「主文」以下の内容は,若干のレイアウト変更を除き,サーバーからダウンロードした時の状態のままである。一部仮名とした。

判例掲載誌  

メモ  要旨1aは、補助参加人である使用者にいわゆるメリット制の適用があることを前提にしている([荒木*2013a]222頁参照)。メリット制(労災の事故の発生の有無がその後の保険料率に反映される制度)は、継続事業については、原則として100人以上の事業書に適用され、特例により20人以上の事業所にも適用される。詳細は、厚生労働省の下記のベージを参照(2014年1月13日閲覧)。


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最高裁判所 昭和48年4月24日 第3小法廷 判決(昭和47年(オ)第908号)


要旨:

 1.土地の賃借人が土地の占有者に対し所有者に代位して提起した土地明渡請求訴訟に、所有者が原告に対し賃借権の不存在確認、被告に対し所有権にもとづき土地明渡を求めて独立当事者参加することができるとされた事例。
 .債権者が民法423条1項の規定により代位権を行使して第三債務者に対し訴を提起した場合であつても、債務者が民訴法71条(現47条)により右代位訴訟に参加し第三債務者に対し右代位訴訟と訴訟物を同じくする訴を提起することは、民訴法231条(現142条)の重複起訴禁止にふれるものではない。
 .債権者が適法に代位権行使に着手した場合において、債務者に対しその事実を通知するかまたは債務者がこれを了知したときは、債務者は代位の目的となつた権利につき債権者の代位権行使を妨げるような処分をする権能を失い、したがつて、右処分行為と目される訴を提起することができなくなる。
 3a.この理は、債務者の訴提起が独立当事者参加による場合であつても異なるものではないから、審理の結果、債権者が代位の目的となつた権利につき訴訟追行権を有していることが判明したときは、債務者は右権利につき訴訟追行権を有せず、その訴は不適法といわざるをえない反面、債権者が右訴訟追行権を有しないことが判明したときは、債務者はその訴訟追行権を失つていないものとして、その訴は適法ということができる。

/当事者適格/訴えの主観的利益/訴えの利益/訴訟要件/債権者代位権/

/民.423条/民訴.47条/民訴.142条/

内容:

 件 名 建物明渡等請求上告事件(棄却)

 第一審 福島地方裁判所郡山支部 昭和45年11月24日判決
 原 審 仙台高等裁判所 昭和47年5月24日判決

 上告人 (控訴人 被告)   *  代理人 今野佐内
 被上告人(被控訴人 原告)  *  外一名
 被上告人(被控訴人 参加人) *


主    文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人今野佐内の上告理由(一)について。
 所論は、参加人(被上告人)の被告(上告人)に対する訴の訴訟物は、原告(被上告人の被告に対する訴の訴訟物と同一であつて重複起訴になり不適法である、というのである。
 所論に関する本件の訴訟関係は、つぎのとおりである。すなわち、原告は参加人からその所有の第一審判決添付別紙目録(一)の土地(以下「本件土地」という。)を含む土地を賃借しているとして、その一部である本件土地につき賃貸人たる参加人に代位しその所有権にもとづき本件土地上に同目録(二)の建物部分(以下「本件建物」という。)を所有して本件土地を占有している被告に対し、本件建物収去本件土地明渡を求めたのが本訴であるところ、参加人は、原告が本件土地を被告に無断転貸したから本件土地についての賃貸借契約を解除したとして、原告に対し原告が本件土地について賃借権を有しないことの確認を求めるとともに、被告に対し所有権にもとづき本件建物収去本件土地明渡を求めて民訴法七一条により本訴に参加したものである。
 思うに、債権者が民法四二三条一項の規定により代位権を行使して第三債務者に対し訴を提起した場合であつても、債務者が民訴法七一条により右代位訴訟に参加し第三債務者に対し右代位訴訟と訴訟物を同じくする訴を提起することは、民訴法二三一条の重複起訴禁止にふれるものではないと解するのが相当である。けだし、この場合は、同一訴訟物を目的とする訴訟の係属にかかわらず債務者の利益擁護のため訴を提起する特別の必要を認めることができるのであり、また、債務者の提起した訴と右代位訴訟とは併合審理が強制され、訴訟の目的は合一に確定されるのであるから、重複起訴禁止の理由である審判の重複による不経済、既判力抵触の可能性および被告の応訴の煩という弊害がないからである。したがつて、債務者の右訴は、債権者の代位訴訟が係属しているというだけでただちに不適法として排斥されるべきものと解すべきではない。もつとも、債権者が適法に代位権行使に着手した場合において、債務者に対しその事実を通知するかまたは債務者がこれを了知したときは、債務者は代位の目的となつた権利につき債権者の代位権行使を妨げるような処分をする権能を失い、したがつて、右処分行為と目される訴を提起することができなくなる(大審院昭和一三年(オ)第一九〇一号同一四年五月一六日判決・民集一八巻九号五五七頁参照)のであつて、この理は、債務者の訴提起が前記参加による場合であつても異なるものではない。したがつて、審理の結果債権者の代位権行使が適法であること、すなわち、債権者が代位の目的となつた権利につき訴訟追行権を有していることが判明したときは、債務者は右権利につき訴訟追行権を有せず、当事者適格を欠くものとして、その訴は不適法といわざるをえない反面、債権者が右訴訟追行権を有しないことが判明したときは、債務者はその訴訟追行権を失つていないものとして、その訴は適法ということができる。
 本件についてみるに、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)が適法に確定した事実関係によれば、原告の代位原因たる本件土地の賃借権は、その発生原因である賃貸借契約が原告において被告に対してした無断転貸を理由として参加人により解除されたため消滅したものということができるから、原告の代位訴訟はその代位原因を欠くものとして却下を免れず、したがつて、参加人が本訴に参加し被告に対して所有権にもとづいて本件建物収去本件土地明渡を求めた訴は適法というべきである。
 右と結論を同じくする原判決は相当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

 同(二)について。
 所論は、参加人の被告に対する請求は権利の濫用である、というのである。
 しかし、原判決が適法に確定した事実関係によれば、参加人の右請求が権利の濫用に当らないとした原判決の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。引用の判例は本件に適切でなく、論旨は採用することができない。

 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本吉勝 裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄


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判例掲載誌  最高裁判所民事判例集27巻3号596頁* 判例時報704号52頁

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最高裁判所 平成14年1月22日 第3小法廷 判決(平成10年(オ)第512号)


要旨:

 商品の売主が建築工事の請負人に対して代金支払請求の訴えを提起したところ,買主は施主であるとの主張がなされたため,売主が施主に訴訟告知をしたが,施主が補助参加することなく,買主は請負人ではなく施主であるとの理由で請負人に対する代金支払請求が棄却された後で,売主が施主に代金支払請求をした場合に,前訴判決中の買主は施主であるとの判断に参加的効力は生じないとされた事例。

 .旧民訴法78条,70条(現53条,46条)の規定により裁判が訴訟告知を受けたが参加しなかった者に対しても効力を有するのは,訴訟告知を受けた者が同法64条(現42条)にいう訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する場合に限られるところ,ここにいう法律上の利害関係を有する場合とは,当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいう。
 1a.商品の買主が施主であるか請負人であるかが問題となっている場合に,請負人に対する代金支払請求訴訟の結果によって施主に対する代金支払義務の有無が決せられる関係にあるとはいえないから,施主は,請負人に対する前訴の訴訟の結果につき法律上の利害関係を有していたとはいえないとされた事例。

 .旧民訴法70条所定の効力は,判決の主文に包含された訴訟物たる権利関係の存否についての判断だけではなく,その前提として判決の理由中でされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断などにも及ぶ。(先例の確認)
 2a.参加的効力の及ぶ理由中の判断とは,判決の主文を導き出すために必要な主要事実に係る認定及び法律判断などをいうものであって,これに当たらない事実又は論点について示された認定や法律判断を含むものではない。

/参照条文/(大正15年)民事訴訟法:64条;70条;78条/

/現行規定/民事訴訟法:42条;46条;53条/

内容:

 件 名 商品代金請求・上告事件(破棄差戻)

 原 審 大阪高等裁判所 (平成9年(ネ)第589号)


主    文

 原判決を破棄する。
 本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理    由

 上告代理人洪性模,同許功,同安由美の上告理由について

 1 本件訴訟は,被上告人が,上告人に対し,家具等の商品(以下「本件商品」という。)の売買代金の支払を求めるものである。原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,カラオケボックス(以下「本件店舗」という。)建築のため,平成6年10月,Aとの間で店舗新築工事請負契約を締結した。
 (2) 被上告人は,Aに対し,本件商品を含む家具等の商品を販売したとして,平成7年9月18日,和歌山地方裁判所にその残代金の支払を求める訴えを提起した(同裁判所平成7年(ワ)第466号。以下,同訴訟を「前訴」という。)。
 前訴において,Aは,被上告人が本件店舗に納入した本件商品を含む商品について,施主である上告人が被上告人から買い受けたものであると主張したことから,被上告人は,上告人に対し,平成8年1月27日送達の訴訟告知書により訴訟告知をした。しかし,上告人は,前訴に補助参加しなかった。
 (3) 前訴につき,本件商品に係る代金請求部分について,被上告人の請求を棄却する旨の判決が言い渡され確定したが,その理由中に,本件商品は上告人が買い受けたことが認められる旨の記載がある。

 2 以上の事実関係の下において,原審は,旧民訴法78条,70条所定の訴訟告知による判決の効力が被告知人である上告人に及ぶことになり,上告人は,本訴において,被上告人に対し,前訴の判決の理由中の判断と異なり,本件商品を買い受けていないと主張することは許されないとして,被上告人の請求を認容した。

 3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 旧民訴法78条,70条の規定により裁判が訴訟告知を受けたが参加しなかった者に対しても効力を有するのは,訴訟告知を受けた者が同法64条にいう訴訟の結果につき法律上の利害関係を有する場合に限られるところ,ここにいう法律上の利害関係を有する場合とは,当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解される(最高裁平成12年(許)第17号同13年1月30日第一小法廷決定・民集55巻1号30頁参照)。
 また,旧民訴法70条所定の効力は,判決の主文に包含された訴訟物たる権利関係の存否についての判断だけではなく,その前提として判決の理由中でされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断などにも及ぶものであるが(最高裁昭和45年(オ)第166号同年10月22日第一小法廷判決・民集24巻11号1583頁参照),この判決の理由中でされた事実の認定や先決的権利関係の存否についての判断とは,判決の主文を導き出すために必要な主要事実に係る認定及び法律判断などをいうものであって,これに当たらない事実又は論点について示された認定や法律判断を含むものではないと解される。けだし,ここでいう判決の理由とは,判決の主文に掲げる結論を導き出した判断過程を明らかにする部分をいい,これは主要事実に係る認定と法律判断などをもって必要にして十分なものと解されるからである。そして,その他,旧民訴法70条所定の効力が,判決の結論に影響のない傍論において示された事実の認定や法律判断に及ぶものと解すべき理由はない。
 (2) これを本件についてみるに,前訴における被上告人のAに対する本件商品売買代金請求訴訟の結果によって,上告人の被上告人に対する本件商品の売買代金支払義務の有無が決せられる関係にあるものではなく,前訴の判決は上告人の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすものではないから,上告人は,前訴の訴訟の結果につき法律上の利害関係を有していたとはいえない。したがって,上告人が前訴の訴訟告知を受けたからといって上告人に前訴の判決の効力が及ぶものではない。しかも,前訴の判決理由中,Aが本件商品を買い受けたものとは認められない旨の記載は主要事実に係る認定に当たるが,上告人が本件商品を買い受けたことが認められる旨の記載は,前訴判決の主文を導き出すために必要な判断ではない傍論において示された事実の認定にすぎないものであるから,同記載をもって,本訴において,上告人は,被上告人に対し,本件商品の買主が上告人ではないと主張することが許されないと解すべき理由もない。

 4 以上によれば,前訴の判決の理由中に本件商品は上告人が被上告人から買い受けたことが認められる旨の記載があるからといって,前訴の判決の効力が上告人に及び,上告人が本件商品の買主であるとして売買代金の支払を認めるべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上告人の本件商品の売買代金支払債務の有無について更に審理を遂げさせる必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)


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  本件は,最高裁判所のWebサーバーの「最近の最高裁判決」に掲載されていたものである。「主文」以下の内容は,若干のレイアウト変更を除き,サーバーからダウンロードした時の状態のままである。

判例掲載誌  

判例研究


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最高裁判所 昭和54年3月16日 第2小法廷 判決(昭和51年(オ)第49号)


要旨:

 .債権者代位訴訟における原告は、債務者自身が原告になつた場合と同様の地位を有し、その債務者が現に有する法律上の地位に比べてより有利な地位を享受しうるものではないから、被告(第三債務者)の提出した債務者に対する債権を自働債権とする相殺の抗弁に対し、原告の提出することのできる再抗弁は、債務者自身が主張することのできる再抗弁事由に限定されるべきであつて、債務者と関係のない、原告の独自の事情に基づく再抗弁(相殺が権利濫用に当たるとの再抗弁)を提出することはできない。

 .主位請求棄却・予備請求認容の控訴審判決に対して被告のみが上告し、原告は上告も附帯上告もしない場合に、上告審の調査の対象となるのは予備請求に対する原審の判断の適否であり、上告に理由があるときは、上告審はこの部分のみを破棄すべきであり、主位請求部分まで破棄することは許されない。(意見あり)

/権利濫用/口座振込指定による輸出円貨代金債権の担保化/第三者のためにする契約/予備的併合/予備的請求/主位的請求/

/民.423条1項/民1条3項/民.537条/民訴.293条/民訴.313条/民訴.320条/

内容:

 件 名 第三者の為にする契約に基づく振込金請求上告事件(破棄差戻)

 第一審 東京地方裁判所 昭和47年4月7日判決
 原 審 東京高等裁判所 昭和50年10月8日判決

 上告人  控訴人  被告 株式会社協和銀行 代理人 島谷六郎 外三名
 被上告人 被控訴人 原告 株式会社東洋楽器 代理人 大政満 外二名

 意 見


主    文

 原判決中予備的請求を認容した部分を破棄する。
 右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理    由

 上告代理人島谷六郎、同山本晃夫、同高井章吾、同杉野翔子の上告理由第一について
 原審は、被上告人の予備的請求に関し、上告人の相殺の抗弁に対して相殺権の行使が権利の濫用である旨の被上告人の再抗弁を判断するにつき、資力の乏しい中小企業貿易業者がその取引銀行に対し輸出先の取引銀行が発行した信用状に基づく輸出商品の荷為替手形の買取又は取立を依頼すると同時にその買取又は取立金のうちから当該輸出商品の買付先である生産業者らに対する買受代金支払の方法として右生産業者らの取引銀行の口座に右代金相当額の金員の振込を依頼し、他方、自己の取引銀行からの依頼を承諾する旨の書面を受けてこれを生産業者らに提示し、これにより買受代金支払の確実性を担保して輸出商品を買受けることが一般に行われており、上告人は右の取引界における実情を了知していたこと、被上告人と訴外飛鳥貿易株式会社(以下「訴外会社」という。)との間に成立した本件取引も右の一般の例にならつたものであるところ、被上告人は上告人の承諾のある原判示の内容の輸出円貨代金振込依頼書(甲第一号証)を信頼し、確実に代金の支払が受けられるものと信じて訴外会社との間の本件取引に応じたものであること、上告人もその間の事情を知らなかつたわけでもないこと、を確定したうえ、右のような諸事情のもとでは、上告人の相殺の主張は、上告人が、訴外会社がたまたま倒産したことを理由にして、上告人の行為を信頼して行動した被上告人の権利を無視し、もつぱら自己の債権の回収のみを図ろうとするものであつて、訴外会社に対する関係ではともかく、被上告人との関係においては取引の信義則に反し権利の濫用として許されない、と判示し、被上告人の再抗弁を容れ、上告人の抗弁を排斥して、被上告人の請求を認容した。
 しかしながら、本件訴訟は、被上告人が、民法四二三条一項の規定に基づき、訴外会社と上告人との間で締結された荷為替手形の取立金からの前示振込委任契約を訴外会社に代位して解除し、その結果、上告人の訴外会社に対する支払義務が具体化するに至つた右取立金の返還債務につき、被上告人が訴外会社に対して有する前示売買代金債権を保全するため、さらに訴外会社に代位して自己に直接支払を求めることを内容とする債権者代位訴訟であるから、被上告人の提出にかかる前記権利濫用の抗弁の採否は、まず本件訴訟の右の性格を考慮して決すべきものであるところ、債権者代位訴訟における原告は、その債務者に対する自己の債権を保全するため債務者の第三債務者に対する権利について管理権を取得し、その管理権の行使として債務者に代り自己の名において債務者に属する権利を行使するものであるから、その地位はあたかも債務者になり代るものであつて、債務者自身が原告になつた場合と同様の地位を有するに至るものというべく、したがつて、被告となつた第三債務者は、債務者がみずから原告になつた場合に比べて、より不利益な地位に立たされることがないとともに、原告となつた債権者もまた、その債務者が現に有する法律上の地位に比べて、より有利な地位を享受しうるものではないといわなければならない。そうであるとするならば、第三債務者である被告の提出した債務者に対する債権を自働債権とする相殺の抗弁に対し、代位債権者たる原告の提出することのできる再抗弁は、債務者自身が主張することのできる再抗弁事由に限定されるべきであつて、債務者と関係のない、原告の独自の事情に基づく抗弁を提出することはできないものと解さざるをえない。しかるに、本件において被上告人の提出した権利濫用の抗弁について原審がこれを採用した理由として判示するところは、要するに、上告人の相殺の主張は、訴外会社に対する関係ではともかく、被上告人との関係においては取引の信義則に反し権利の濫用として許されない、というのであるが、債権者代位訴訟における当事者の地位に関する前記説示に照らすと、本訴債権が相殺により消滅したと本件訴訟において主張することが訴外会社にとつては信義則に反し権利の濫用とならないため相殺による本訴債権の消滅を肯定すべき場合においても、なお被上告人との関係においては右相殺の主張が取引の信義則に反し権利の濫用となるものとして相殺の主張が容れられないものとすることは、債権者代位訴訟である本件訴訟の性質からみて、債権者たる原告の地位を債務者が訴訟を追行する場合に比して有利にするものとして、許されないものといわなければならない。
 そうであるとすると、被上告人に原判示の趣旨における権利濫用の再抗弁の提出を認めた原判決には、民法四二三条一項の解釈を誤つた違法があり、論旨は理由がある。したがつて、原判決中予備的請求を認容した部分はその余の論旨につき判断を加えるまでもなく破棄を免れず、上告人提出の相殺の抗弁の当否について更に審理を尽くさせるため右破棄部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官吉田豊、同本林譲、同栗本一夫の各補足意見、同大塚喜一郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。


 裁判官吉田豊、同本林譲、同栗本一夫の補足意見は、次のとおりである。

 大塚裁判官の反対意見は民事訴訟法四〇二条、四〇三条に違反する。すなわち、被上告人の主位的請求については、原審は、「本件振込契約(甲第一号証による輸出円貨代金振込依頼契約)に第三者のためにする約旨が存在することについてはこれを認めるに足りる確証がない」とし、第三者のためにする契約の成立を否定して、右請求を棄却する判決をし、これに対し被上告人は不服の申立をしなかつたのであるから、当裁判所は、原判決が確定した事実に羈束されるばかりでなく、不服申立のない右請求については調査、判断することが許されない(本件においては民事訴訟法四〇五条の職権調査事項は存しない。)。このことは、民事訴訟法が明らかに規定するところであり、これを許すときは、不服のない訴訟当事者の一方の利益のためにその相手方である訴訟当事者に不測の不利益を被らせるものであつて、いわゆる不利益変更禁止の原則に触れるばかりでなく、かえつて、私的紛争の公平な解決を目的とする民訴法の基本理念に照らして相当でないといわなければならない。右の理は、被上告人が主位的請求について上告又は附帯上告をしなかつたのは、大塚裁判官が推測されるように、被上告人が原審の判断を正当であると考えたためか、又はこれについて不服申立をする必要がないと考えたためか、どうかによつて左右されない。
 大塚裁判官は、その反対意見の帰結として、原判決については被上告人の主位的請求を棄却した部分及び予備的請求を認容した部分の全部を破棄し、本件を原審に差し戻すべきものとされるが、被上告人の主位的請求については、原審が請求棄却の判決をし、これに対し被上告人は上告又は附帯上告の申立をしなかつたのであるから、当裁判所が本件上告手続において右判決を変更することができず、したがつて、原判決の主位的請求を棄却した部分を破棄することは許されないのである。


 裁判官大塚喜一郎の反対意見は、次のとおりである。

 記録によれば、(1)被上告人(原告)は、本件輸出円貨代金振込依頼契約(以下「本件契約」という。)を第三者の為にする契約であるとして、上告人(被告)に対して約定の取立代り金三〇万一〇〇〇円の支払を請求したところ、第一審は右請求を認容した。(2)原審において、被上告人(被控訴人)は、予備的請求として、訴外飛鳥貿易株式会社(以下「訴外会社」という。)に代位して、上告人(控訴人)に対し、本件契約を解除するとともに、上告人が訴外会社に対して負担するに至つた取立代り金返還債務中被上告人が訴外会社に対して有する原判示売買代金債権相当額の支払を求めたところ、上告人は、訴外会社に対する貸金債権をもつて右取立代り金の返還債務を対当額において相殺した旨主張したが、原審は、本件契約が第三者の為にする契約であることを前提とする主位的請求を棄却し、予備的請求に対する判断として、右相殺の抗弁は被上告人との関係では取引の信義則に反し権利を濫用するものとして許されないとの判断を示して、被上告人の請求を認容した。
 これに対する上告理由第一の要旨は、債権者代位権を行使する被上告人は、その債務者である訴外会社が上告人に対して権利を行使する場合と同一の立場にたつものであるところ、訴外会社の上告人に対する債務が相殺によつて消滅した以上権利の濫用を論ずる余地はなく、原審の右判断は民法四二三条の解釈適用を誤つたものであるとするものであるが、多数意見は右論旨を是認し、原判決には破棄すべき違法があるものとしている。債権者代位にかんする右解釈は正当であり、その限度において、私は多数意見に異論はない。
 ところで、多数意見は、原審が、右結論に導く前提として主位的請求を認容した第一審判決を取り消し、本件契約を委任契約とした解釈を是認しているが、私は、次の理由により、本件契約を第三者の為にする契約であると解するのが相当であると考える。
 思うに、輸出円貨代金振込依頼契約は、中小企業の輸出業者がその取引銀行(仕向銀行)に対し、輸出為替手形の買取または取立を依頼すると同時に、仕向銀行においてその買取代金または取立代り金のうちから、右輸出業者が当該輸出商品の買付先である生産業者らに対して負担する買受代金支払の手段として、右買受代金相当額の金員を右生産業者らの取引銀行(被仕向銀行)の口座に振り込むことを依頼し、仕向銀行がこれを承諾することによつて成立するものであるところ、輸出業者は生産業者らとの間で売買契約が成立する以前に、仕向銀行から、将来仕向銀行に対し輸出手形の買取りまたは取立を依頼することを停止条件として仕向銀行から予め前記の承諾を得たうえ、生産業者らに対して右承諾の記載された書面を提示し、買受代金支払の確実性を担保して輸出商品を買受けることが一般に行われている。この場合生産業者らとしては、その代金が支払われる過程に社会的信用性の高い為替取引銀行が介在していることに信頼をおき輸出商品を出荷するものであり、他面、右銀行は、為替取引の流通過程における要めである信用機関として右業者らの負託に応える立場にあるのであり、その機能を果たすことによつて輸出為替取引が円滑に進められるのであるから、輸出円貨代金振込依頼契約の法的性質を検討するにあたつては、右取引の実体を重くみるべきである。そして、原審の確定したところによれば、前記の取引界の一般例が存在することを前提として、上告人は右の取引界の実情を了知していたものであり、被上告人と訴外会社との間に成立した本件取引も右の一般の例にならつたものであるところ、被上告人は上告人の承諾ある原判示内容の本件依頼書(甲第一号証)を信頼し確実に代金の支払を受けられるものと信じて訴外会社との間の本件取引に応じたものであり、上告人もその間の事情を知らなかつたわけでもないというのであるから、右確定事実と前叙の輸出為替取引の実体とを併せ考えると、本件契約締結の当事者の意思は、その買取り代金または取立代り金中の前記振込依頼額相当の金員については直接被上告人に対し債権を取得させる趣旨であり、甲第一号証により第三者のためにする契約が成立したものと解するのが相当である。
 なお、被上告人の取得した債権は、もともと、上告人に対して訴外大和銀行錦糸町支店の被上告人口座口へ前記代り金を振り込むことを請求することを内容とするものであるが、本件上告人請求の如く右代り金相当額の支払を求めるものであつても、その経済的効用は同一であるから、これをそのまま是認して差しつかえはないと考える。さらにまた、本件の場合における受益の意思表示については、本件振込依頼書の形式および記載内容に照らすと、すでに振込依頼申込の準備段階において、被上告人は、訴外会社に対して訴外銀行錦糸町支店の自己の口座口に振込を依頼されたきことおよびその趣旨を上告人に伝達されたきことを申し入れていたものと推認することができるから、右受益の意思表示は、訴外会社を使者ないし代理人としてなされ、甲第一号証が成立したことによつて、将来訴外会社が上告人に当該輸出為替手形の買取又は取立を依頼することを条件として確定されたとみることができる。
 ところで、右の如く本件契約を第三者のためにする契約と解する帰結として、原審が被上告人の主位的請求を排斥し予備的請求を認容したことは、法令の解釈適用を誤つたものというべきものであるところ、被上告人は、当審において、原審で請求を棄却された主位的請求については不服申立をしていないから、当審がこの請求部分について調査判断することができるかどうかについては、検討すべき問題がある。吉田裁判官らの補足意見は、民訴法四〇二条、四〇五条を厳格に解釈する立場から、消極に解すべきものとされているが、私は、これを積極に解すべき合理的理由がある場合には、特段の事由あるものとして例外を認めるべきであると解する。本件の場合、被上告人が主位的請求にかんして上告または附帯上告をしなかつたのは、冒頭掲記の経緯に照らすと、原審が被上告人の主位的請求を排斥し予備的請求を認容したためであつて、被上告人は、原審の右判断が正当であると考えたか、または結論において不服を申立てる必要がないと考えたものである、と解するほかはない。すなわち、被上告人が右の不服申立をしなかつたのは、前掲私見を前提とすれば、原審が法令の解釈適用を誤つたためであるということができるから、このような場合、当審が、特段の事由あるものとして、被上告人が一審、原審を通じて主張してきた主位的請求部分を調査判断の対象とすることは、私的紛争の合理的解決を目的とする民訴法の基本理念に照らして是認すべきである(類似の取扱いをした先例として当裁判所昭和三七年(オ)第五五〇号同四一年一二月一五日第一小法廷判決・民集二〇巻一〇号二〇八九頁参照)。
 よつて、原判決の主位的請求を取消した部分及び予備的請求を認容した部分の全部を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻すことが正当であると考える。


(裁判長裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊 裁判官 本林譲 裁判官 栗本一夫)


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判例掲載誌  最高裁判所民事判例集33巻2号270頁*

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最高裁判所 平成11年6月29日 第3小法廷 判決(平成10年(オ)第2189号)


要旨:

 1. 上告理由としての理由不備とは、主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていることをいうものであり、解除条件成就の抗弁を入れながら解除条件の成就作出の再抗弁について判断も加えないで請求を棄却したことは、これに該当しない。
 2. 原審が解除条件成就の抗弁を入れながら解除条件の成就作出の再抗弁について判断も加えないで請求を棄却した場合に、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとの理由で、原判決が職権で破棄された事例

 /民訴.325条2項/民訴312条2項6号/民.130条/

内容:

 件 名 約束手形金請求・上告事件(破棄差戻)

 原 審 大阪高等裁判所


主    文

 原判決を破棄する。
 本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理    由

 上告代理人金野俊雄の上告理由について

 一 本件は、約束手形の所持人である上告人が裏書をした被上告人らに対して手形金の支払を求める訴訟であり、所論は、原判決には、再抗弁についての判断の遺脱があるから、理由不備の違法があるというのである。

 二 記録によれば、当事者双方の主張の要点は、次のとおりである。

 1 被上告人らは、原因関係の抗弁として、次のように主張した。

 (一) 本件手形は、有限会社日ノ出建設が、上告人やその代表者西村武らから本件不動産及び本件出資持分を買い受ける本件売買に当たり、手付金の支払のために振り出して上告人に交付したもので、被上告人らは、その支払を保証する目的で本件裏書をしたものである。
 (二) 本件売買には、日ノ出建設が代金支払のために環境事業団から融資を得られたときに初めてその効力を生ずるとの停止条件が付されており、これが成就していないから、本件裏書は原因関係を欠く。
 (三) 停止条件ではなく、右融資が得られないときに本件売買の効力を失わせる旨の解除条件であるとしても、日ノ出建設は環境事業団から融資を拒絶され、その条件が成就した。

 2 これに対し、上告人は、再抗弁として、日ノ出建設は、故意に環境事業団から融資を得られないようにしたから、(一) 故意に停止条件の成就を妨害したか、又は(二) 故意に解除条件を成就させたものであると主張した。

 三 条件の成就によって利益を受ける当事者が故意に条件を成就させたときは、民法一三〇条の類推適用により、相手方は条件が成就していないものとみなすことができる(最高裁平成二年(オ)第二九五号同六年五月三一日第三小法廷判決・民集四八巻四号一〇二九頁)。したがって、上告人の右二2(二)の主張(解除条件の成就作出)は、被上告人らの同1(三)の抗弁(解除条件の成就)に対する再抗弁となるべきものである。

 四 ところが、原判決は、停止条件の不成就と解除条件の成就をいずれも抗弁として摘示しながら、再抗弁としては、停止条件の成就妨害のみを摘示し、解除条件の成就作出を摘示していない。しかも、原審は、本件売買は解除条件が成就し無効となったから、本件裏書は原因関係を欠くに至ったとして、解除条件成就の抗弁を入れながら、解除条件の成就作出については何らの判断も加えないで、上告人の請求を棄却した。

 右によれば、原判決には、判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断を遺脱した違法があるといわなければならない。

 五 しかしながら、原判決の右違法は、民訴法三一二条二項六号により上告の理由の一事由とされている「判決に理由を付さないこと」(理由不備)に当たるものではない。すなわち、いわゆる上告理由としての理由不備とは、主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていることをいうものであるところ、原判決自体はその理由において論理的に完結しており、主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けているとはいえないからである。

 したがって、原判決に所論の指摘する判断の遺脱があることは、上告の理由としての理由不備に当たるものではないから、論旨を直ちに採用することはできない。しかし、右判断の遺脱によって、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるものというべきであるから(民訴法三二五条二項参照)、本件については、原判決を職権で破棄し、更に審理を尽くさせるために事件を原裁判所に差し戻すのが相当である。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金谷利廣  裁判官 千種秀夫  裁判官 元原利文  裁判官 奥田昌道)


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  本件は、最高裁判所のWebサーバーに「最近の最高裁判決」として掲載されていたものである。「主文」以下の内容は、軽微なレイアウト変更を除き、サーバーからダウンロードした時の状態のままである。

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