関西大学法学部教授 栗田 隆


民事執行法概説「動産執行」の注


注1 131条6号が差押禁止動産として予定しているものは、「器具その他の物」という言葉に表されているように、本来、価額のあまり大きくない小型動産である。そのことは、債務者が破産した場合に、民事執行法施行時の旧破産法6条3項によれば、民執法131条4号・5号の差押禁止財産が破産財団に取り込まれるのに対して、6号の差押禁止財産は破産財団に取り込まれないとされたいたことにも表されている。このように立法当初は、職業維持に必要な動産の価格の大小による区別が、農業者・漁業者とその他の職業従事者との間で考えられていた。しかし、この区別はしだいに重視されなくなった。実際、農業や漁業のための必需品程度に財産的価値のある道具は、他の職業分野でも個人が職業継続のための必要とすることがよくあり、現行破産法では、4号・5号の差押禁止動産も破産財団に属しないとされている(34条3項2号)。

判例は、次の動産を差押禁止動産とする。

他方、商品は差押禁止財産となっていない(131条6号末尾カッコ書き)。小売商人である債務者が営業を継続することは、非常に困難となる(委託販売の受託者となって営業を継続しようとしても、占有を基に差し押さえられ、委託者が第三者異議の訴えを提起しなければならない)。しかし、彼には他の小売業者に雇われる形で従前の職業経験を生かす道が残されていることでもあり、止むえない。債務者の職業継続は最低生活の保障ほどには重要な要請ではないというべきであろう。

注2 月額33万円という金額は、月払の場合の給料債権の差押禁止額の上限に対応するものである。債務者が月払とは異なる周期で給料(152条1項2号)あるいは生計維持給付(同1号)を受けている場合には、その周期の長さに応じて金銭の差押禁止の範囲が132条により伸縮されるべきである。例えば、生活維持給付が3カ月ごとになされる場合には、その給付がさなれた時点で3カ月分の生活費を確保するのに必要であれば、66万円を超えて適当な額(例えば33万円の3倍の99万円)に差押禁止額が拡張されるべきである(旧規定下での文献であるが、[竹下*1985a]228頁)。

もっとも、銀行やコンビニエンスストアのATM等で預金を必要に応じて引き出すことが簡便にできるようになり、さらに現金を用いない決済(代金支払)が普及してきている現代社会において、手許に現金66万円をおいている家庭はそれほど多いとは思われない。2か月分の生活費を差押禁止財産として保護するのであれば、むしろ預金債権を差押禁止財産する方が重要であろう(この問題は、破産手続においてより重要な問題となる。破産手続では現金99万円が自由財産とされているが、預金債権は自由財産に含まれないので(解釈による変更が必要になってきている時期であり、現にその旨の解釈論も主張されてきてはいるが)、99万円を自由財産として確実に確保するためには、債務者は、破産手続開始の申立てをする前に、手持現金が99万円になるように、預金を予め引き下ろして置く必要がある)。

なお、債務者が差押禁止範囲の拡張を申し立てようとする場合には、債務者にその機会を与えるために、執行官は、換価あるいは弁済金交付の時期を延期すべきである。

注3 これについては、次の見解がある。

  1. 有体動産執行説  立木に対する動産執行を認め、執行官は立木を占有して差押え、明認方法によりその表示をすべきであるとの見解。[中野*民執v4]536頁、石川[百選*1994a]129頁。ただし、[中野*民執v4]536頁[中野*民執v5]594頁注1[中野*民執v6]615頁注1末尾は、債務者が第三者の所有地上に有する未登記立木について、第三者が立木差押えのための土地立入りを拒否する場合には、提出を拒む第三者の占有動産の場合と同じく権利執行の方法によるべきであるとする。
  2. 権利執行説  執行対象を立木自体ではなくその伐採権とした上で、167条により執行をなすべしとする見解。最判昭和46.6.24民集25-4-574[百選*1994a]59事件[百選*1994a]55事件(齋藤哲)は、動産執行説を否定して、これを採用した。
  3. 不動産執行説  立木の登記がなされている場合以外に、立木の地盤の地上権、賃借権または立木の明認方法により立木が土地とは別個の物権の目的となりうる場合に、不動産執行に服するとする見解。

こうした見解の対立がある状況を考慮すると、債権者は、債権者代位権により立木の所有権保存登記をしてから不動産として差し押さえるのが確実である(不動産登記法には代位登記を認める規定がある(59条7号)のに対し、立木法には直接の規定はないが、肯定すべきである)。実際、未登記立木を購入しても、直ちに伐採できるとは限らず、土地所有者からの収去請求に対抗するために、法定地上権を認めなければならない場合もあろうし、また、土地使用権(立木法9条2項)を買受人に認めるべきであろうが、動産として売却した場合にそれが可能なのかといった疑問が生ずるからである。なお、現行の立木法は、未登記の立木に対する差押えの登記を認める規定(不登法76条2項に相当する規定)を欠き、民執規23条2号も未登記不動産に対する強制競売の申立てが土地と建物に限られることを前提にしているが、この点を改めて、未登記立木の差押えを認めることも検討の余地があろう。

その点はともあれ、債務者の所有地上に立木が存在する場合について、権利執行説の内容をもう少し詰めてみよう。権利執行説の具体的内容は、必ずしも明瞭ではなく、さまざまな可能性があるが、次のような構成も可能であろう。伐採権の売却といっても、伐採された樹木は伐採権の買受人の所有に帰するとしなければ意味がないから、伐採権は立木所有権ないしそれを取得する権利を含むと理解しなければならない。そうであれば、ここでいう伐採権は、(α)土地に生育した状態での樹木の所有権を含み、これに付随して(β)所有権取得の対抗要件(立木法による登記または明認方法)を得る権利、および(γ)樹木の生育及び伐採のために当分の間土地を利用する権利も含むとするのがよい。土地の利用権については、民執法81条を類推適用して相当期間の土地利用権(地上権ないし賃借権)の成立を認めるべきであり、これについても対抗要件が具備されるように配慮しなければならない。(δ)買受人の代金支払義務は、立木について予め差押えの登記ないし明認方法がなされていないことを考慮すると、対抗要件の取得との引換えとなろう。

動産執行説に立った場合には、債務者所有の立木が第三者の土地の上に生育していて、その第三者が土地への立入りを拒絶する態度を示す場合が問題となる。樹木がすでに伐採期に入っていることを前提にして、163条の適用を考えると、まず、樹木の伐採は誰がすべきかが問題となる。(α)差押債権者が伐採するという選択肢は否定してよいであろう。 (β)債務者の土地に生育している樹木との比較では、土地に生育している状態で売却し、執行官が買受人にこれを引き渡すということの具体的内容として、買受人の伐採・搬出に対する土地所有者の妨害を執行官が制止することができるとするのが本来であろう。(γ)しかし、執行官が伐採業者の補助を得て伐採・搬出し、それを動産競売に付すということも認めて、具体的事案に応じていずれかを選択することができるとしておくのがよいであろう。

これを前提にして、再び権利執行説に戻ると、163条1項の請求内容は、「第三債務者は、差押債権者の申立てを受けた執行官に別紙目録記載の立木を引き渡さなければならない。第三債務者は、前項の立木につき、執行官または執行官の許可を受けた者が伐採・搬出することを妨げてはならない」ということになろう。

もっとも、債務者がその所有地上に立木を有する場合については、治水治山の問題と絡んで、立木伐採時期の選択の自由(立木法4条4項参照)、土地と立木との不可分関係を維持する自由を土地の所有者に認めるべきかという根本的問題がある。この自由を尊重する立場に立てば、執行売却後に直ちに伐採することを強いるような執行は否定されるべきであり、立木と土地とを一体にして売却すべきことになる。

注4 第三者の救済方法については、次の見解がある(日比野[百選*1994a]138頁、日比野[百選*2005a]125頁参照)。

  1. 引渡命令に対する請求異議の訴え
  2. 動産執行に対する第三者異議の訴え

債務名義に基づく強制執行に対しては、請求異議の訴えを提起することができるのが原則である。地位保全の仮処分は重要な例外となるが、それでも保全債務者は、起訴命令により保全債権者が提起する本案訴訟において自己の権利を守る機会が与えられるのが原則である。その点から、引渡命令に対する請求異議の訴えを肯定する見解に説得力を感じつつも、問題となる状況に応じて例外を認めてよいであろう。差押物引渡命令に対する請求異議の事由は、動産執行に対する第三者異議の事由とほとんどの場合に重なり合うであろう。そうであるならば、紛争の根本的解決に役立つ、動産執行に対する第三者異議の訴えを本来的な救済方法とすべきである。

第三者異議訴訟で仮の処分により動産執行が取り消された場合に引渡命令も効力を失うことに問題はない。他方、動産執行の停止が命ぜられたにとどまる場合について、見解が分かれる。

当事者間の利害関係の暫定的な規整として、どちらの方が柔軟かの視点から問題を考えると、引渡執行も停止されると考えてよい。東京高決昭和58.4.26下民集34-1=4-178[百選*1994a]64事件[百選*2005a]58事件(日比野泰久)を例にとると、差押物と共に歯科医院の経営を執行債務者から引き継いだ第三者にとって、引渡命令の執行は、大きな打撃を与える可能性がある。この場合に、第三者異議の訴えの受訴裁判所が、引渡執行は停止させるべきであるが動産執行そのものは取り消す必要はないと考えた場合に、適切な解決を与えることができると考えられるからである。効力維持説をとっても、債務者は従前の占有場所を離れており、債務者の所在が不明な場合には、目的動産の保管に窮することになろう(執行官が保管すればよいと言っても、あまり現実的ではないことがあろう)。それよりは、執行停止説をとって、引渡命令の執行停止中は第三者には保管義務が生じ、執行停止が解除された場合には、引渡執行に服するのみならず、彼が執行停止を求めて執行手続を遅延させたことの効果として、その保管場所で売却することを受忍する義務も負うとするのがよいであろう。なお、動産執行の停止の仮の処分の具体的内容の一つとして、引渡命令を執行することができるとすることも認めてよい(この点が明示されなければ、引渡命令の執行も停止される)。

ただし、効力維持説が多数説といわれている現状では、上記の例において第三者の利益の保護を確実にするために、受訴裁判所は第三者に相当額の担保を提供させて動産執行の取消しまで命じておくのが通常となろう。

注5 手形法では「呈示」の語が使われているが、民事執行法では「提示」である。有価証券一般を対象としているので、一般性の高い用語として「提示」を用いたのであろう。

注6 立法趣旨は、次の点にある。

注7 建築中の建物、鉄塔、ガスタンクなども動産執行の対象の例として挙げられることが多い。一般論としては正当であるが、代表例となりうるかは疑問である。これらに対する動産執行は、定着物の所有者と土地の所有者とが同一であるという通常の場合については、惨めな結果をもたらすことが少なくないからである。例えば、建築中の建物を動産執行により売却した場合に、法定地上権(81条)は発生しないから、買受人は建築中の建物を収去しなければならない。収去して動産としての利用価値があればよいが、そのような場合は多くない。建物の建築にとって重要な要素である基礎工事も無駄となる。建築中の建物を動産として売却して土地から分離することは、多くの場合に経済的合理性を欠く行為である。むしろ、土地と共に売却する方がよい(土地の買受人が土地の従物である建築中の建物の所有権も取得し、建築業者に工事を続行させる余地がある)。

鉄塔やガスタンクあるいはガソリンスタンドの給油設備については、分離可能となることが多いが、それでも、土地から分離する工事に相当な費用がかかり、かつ、分離されたものが屑鉄等としてしか利用できないのであれば、動産執行の対象とする意味がないことに変わりはない。土地から分離して再利用する価値がある場合(土地と共に売却する場合と比較して価値の減少が大きくない場合)にのみ、動産執行の対象になるとすべきである。

注8 以前は下記のように考えていた。実際上結論に差違はないが、本文のように考えてがよいであろう。

土地からの分離・搬出をどのようにするかが問題となる。次のように考えたい。これは、買受人がなすべきことであり、執行官の職務には含まれない。しかし、執行官は代金を納付した買受人に売却動産を引き渡さなければならず(規則126条)、買受人が分離・搬出作業をすることができるように立ち会うべきである。債務者が分離・搬出を妨害する場合には、 6条 によりそれを排除すべきである。

注9 最高裁判所 平成11年11月29日 第2小法廷 判決(平成8年(オ)第556号)の北川弘治裁判官の補足意見(末尾部分)参照。

注10 破産管財人が営業譲渡の方法で換価する場合には、顧客等の個人データをその一部に含めることができる。営業譲渡に含まれなかった個人データの記録物(顧客名簿等)は、会社消滅の最終段階で、個人情報の漏洩にならない形で破産管財人が廃棄処分すべきである。

注11 条文の文言上は、「未公表のもの」は、「物」(有体物)にかかる。しかし、有体物自体が未公表であるか否かは重要ではなく、著作物あるいは発明が公表されているか否かが重要と考えるべきであろう。例えば、小説が公表済みであれば、原稿用紙に書かれた自筆原稿自体は未公表であっても、差し押さえることができると解すべきである。

注12 金銭に代えて記名国債が支給される場合には、その記名国債の差押えも禁止される。

注13 このように解すると、132条4項は、「第1項又は第2項の申立てについての裁判に対しては、執行抗告をすることができる」との文言で置き換えることができる。132条4項がこの文言を採用しなかった理由を債務者に迅速な保護を与えることに求めれば、132条1項により差押えを取り消す決定に対しては12条1項の適用はないと解すべきことになる。この解釈にも魅力を感ずるが、しかし、本文のように解しておきたい。

注14 平成16年改正前は、差押債権者に配当すべき余剰を生じない換価が禁止されていた。しかし、平成16年改正で、本文に述べるように改正された。標語の形で言えば、「無剰余換価の禁止(債権者に利益をもたらさない執行の禁止)」から「優先債権者を害する換価の禁止」への移行である。

注15  電子マネーの実体は、決済用の預金口座が所在する金融機関に対する特殊な指名債権であり、それが債権執行に服する。電子マネー用のカードは、いわば債権証書に相当し、差押債権者は、148条によりその引渡しを得ることができ、これにより債務者の行使とその決済用の預金口座の残高の減少を防ぐことができる。

注16  [兼子*1962a]75頁は、「差押物の直接占有は、執行吏に帰する。封印等を施して債務者の保管に委した場合も、債務者は逆に執行吏の占有機関たる関係にある」とする。債務者に保管を委ねた場合でも、執行官が直接占有者であるとする趣旨であろう。

[井口*1959a]71頁は、次のように述べる:「差押等の執行処分を受けても債務者は代理占有の限度で占有権を保有するとの理論が成立つかぎり、公法占有説をもって絶対的な説と解する実際上の必要はないというべきである」。執行官が自ら差押物を保管している場合を念頭において、執行官を占有代理人(直接占有者)と見、債務者を本人(間接占有者)と見るのであろう。

注17  2015年3月15日より前には、「公示催告中・・・の有価証券は、動産執行の対象とならない」と記していたが、同日に改めた。