2007年倒産法I 講義の補充(3)

栗田 隆

2007年8月30日−2007年9月4日


44条1項の破産財団の意義について

Q: 44条1項の「破産財団に関する訴訟手続」という場合の「破産財団」とは、法定財団をいうのでしょうか、それとも現有財団をいうのでしょうか?

A: 破産手続が開始されると、破産者が有する一切の財産は破産財団を構成し、この財産が破産債権の比例的満足に充てられるのでしたね。この目的の達成のために、この財産の管理処分権は、破産管財人に帰属し、かつ、破産手続の追行に必要な費用に係る債権を中心とした一定範囲の債権が財団債権として破産財団から破産手続によらずに優先的に弁済を得ることになっています。そこで、(α)破産財団に属する財産に関する訴訟(積極財産に関する訴訟)及び(β)破産財団から満足を受ける債権に関する訴訟(消極財産に関する訴訟)で破産者を当事者とするものについては、その訴訟手続を破産者に追行させても適切な紛争解決が得られないので、その訴訟手続は破産手続の開始により中断すると規定されているのでしたね(44条1項)。

財団財産については、破産管財人が管理処分権を有し(78条1項)、これに関する訴訟の当事者適格を有するのは破産管財人になります(80条)。財団債権に関する訴訟についても、財団債権の責任財産について管理処分権を有する破産管財人が当事者適格を有します(80条)。これらの訴訟手続は、44条2項により破産管財人が受継することになっています。他方、破産債権は、100条以下の手続により行使されなければなりません。破産債権の額等を訴訟で確定する必要がある場合に限り、係属中の訴訟が破産債権確定訴訟として利用されることになっており、誰が手続を受継するかは、その手続の中で決定されます(127条1項・129条2項)。

以上のことを前提にして、破産財団に属する財産に関する訴訟手続の範囲が問われていると理解してよいですね。一般論として言いますと、破産管財人は、法定財団に合致するように現有財団を整理し、財団財産に関する訴訟手続はその整理に影響するということができますので、法定財団又は現有財団に含まれると主張されている財産に関する訴訟手続は、44条1項にいう破産財団に関する訴訟手続に含まれます。換言すれば、44条1項にいう「破産財団」は「法定財団と現有財団の双方」を指すということになります(44条1項の破産財団は、法定財団と現有財団の和集合です)。

破産財団に関する訴訟手続

具体例で確認していきましょう。XがYのある財産についてある権利を主張し、その紛争がXY間の訴訟に発展し、その係属中にX又はYが破産したとします。以下の訴訟は、全て44条1項の破産財団に関する訴訟になります(このこと自体についてわかりにくい点があったら、別途質問してください)。

訴訟の内容 Xが破産 Yが破産
1 Yが占有している物について、Xが所有権を主張して返還請求の訴えを提起したが、YがXの所有権を争い、自己の所有権を主張している場合 現有財団に属しないことについて争いなし。

法定財団に属するか否かについて争いあり。
現有財団に属することについて争いなし。

法定財団に属するか否かについて争いあり。
2 Yが占有している物について、Xが所有権を主張して返還請求の訴えを提起したが、Yがその動産が自己のものでないことは認めているが、Xの所有権は争っている場合(他の者に返還すべきであると主張している場合)、あるいはXの所有権は認めるが賃借権の抗弁等により返還請求権を争っている場合。 現有財団に属しないことについて争いなし。

法定財団に属するか否かについて争いあり。
現有財団に属することについて争いなし。

法定財団に属しないことについて争いなし。
3 Xが所有権を主張して返還請求の訴えを提起した場合に、YがXの所有権は認めているが、自己が目的物を占有しているとの事実は争っているとき。なお、Xが目的物を占有していないことについては、争いなしとする。 現有財団に属しないことについて争いなし。

法定財団に属することについて争いなし。
現有財団に属することについて争いあり。

法定財団に属しないことについて争いなし。
4 Y所有の不動産上に設定登記のされているXの抵当権について、YがXを被告にして抵当権不存在確認請求の訴訟を提起している場合 当該担保権が現有財団に属する(抵当権設定登記があること)について争いなし

当該担保権が法定財団に属するかについて争いあり
当該担保権が現有財団の負担となっていることについて争いなし。

当該担保権が法定財団の負担となるべきかについて争いあり

上記の表に挙げた訴訟は、Xが破産者になっても、Yが破産者になっても、44条1項の破産財団に関する訴訟になります(その実質的理由について疑問があるときは、改めて質問してください)。この表について、次のことを確認してください。

「A会社の工場内に所在する、A社の所有物でない機械につき、A社を被告として引渡訴訟が提起され、その係属中にA社が破産した場合、破産管財人Xは、この訴訟手続を受継することができるか」という問題については、肯定の答えをすることになります(これは、上記の表の2に該当します)。この問題をよく理解できなかった理由の一つは、係争物が被告の所有物でない(ことについて争いがない)のに、なぜ訴訟になるのだろかということでしょう。いろいろのケースを想定してみてください(最後は、理不尽な主張をする当事者もいると考えて、設例を理解します)。

自由財産に関する訴訟

次の訴訟は、通常は、破産財団に関しない訴訟として扱われます。

訴訟の内容 Yが破産
5 Y(個人)の未公表の発明に係る物(民執法131条12号)に該当することについて争いがないY占有の動産について、Xがそれを譲り受けたと主張して、引渡請求の訴えを提起したが、Yが譲渡の事実を争っている場合。なお、その動産がYの住宅とは別個の場所(アトリエ)にあり、Yの破産後に、破産管財人がその場所を管理していることを想定し、また、発明の内容を開示しなくても、審理裁判は可能であるものとする。 法定財団に属さず、自由財産に属することについて争いなし。

破産管財人は速やかに当該動産をYに引き渡しべきであり、引き渡しがなされた時点で現有財団に属さなくなる。

もっとも、破産管財人がその発明は公表済みであり自由財産には属しないと主張する場合には、この訴訟の被告適格(80条)について争いが生じていることになりますので、訴訟手続の進行には工夫が必要となるでしょう。上記の設例は、破産管財人がそのような態度をとっていないことを前提にしています。

この場合に、当該動産は誰が占有して管理しているかが問題となりますが、それが自由財産に属することを破産管財人が認めて、破産者にただちに引き渡せば、現有財団に属さないことになります。破産管財人が、訴訟の結果に従ってX又はYに引き渡すという態度をとっている場合には、当該動産は現有財団に属することになります。しかし、この選択肢は、民執法131条12号の基礎にある発明の奨励という視点からは好ましいことではなく、同条1号の衣類など同様に自由財産に属すると判断された時点で速やかに現有財団から放出すべきです。

まとめ

以上の事例の検討から、44条1項の「破産財団に関する訴訟」であるための要件は、財団財産に関する訴訟について言えば、少なくとも当事者の一方が、「係争財産が現有財団又は法定財団に属する」と主張していることが必要であり、かつ、それで足りるといってよいでしょう

質問は、≪44条1項の「破産財団に関する訴訟手続」という場合の「破産財団」とは、法定財団をいうのでしょうか、それとも現有財団をいうのでしょうか?≫というものでしたね。これに簡潔にかつ誤解が生じないように答えることは難しいのですが、誤解を恐れずに簡潔に答えれば、「法定財団と現有財団の双方を指す」ということになるでしょう。

練習問題

次の訴訟手続の中断・受継について論じなさい。

 1.Xの所有地にYが無権原で建物を建築して所有している。XがYを被告にして建物収去、土地明渡の訴えを提起した。その訴訟係属中に、Yについて破産手続が開始された。破産管財人は、XのYの建物は収去されるべき建物であり、破産財団にとっては無価値であると判断し、78条2項12号の規定により裁判所の許可を得て放棄することにした。裁判所は、判断に迷った末に、この権利放棄は破産財団に不利な行為ではないので許可した。破産管財人がこの権利放棄のをXとYに通知した。Xは、どうしたらよいか。

 2.Aは、Yから建物を賃借して居住していたところ、Bがその不動産はB所有の不動産であると主張して、賃貸借契約の締結と賃料の支払いを求めて来た。そこで、Aがこの事実をYに知らせたところ、Yが間違いなくYの不動産であると言うばかりで、Bとの紛争の解決に乗り出してくれない。そこで、Aは、Bを被告にしてこの建物がYの所有に属することの確認請求の訴えを提起するとともに、Yに対して訴訟告知をした。その訴訟の係属中にYについて破産手続が開始された。訴訟手続はどうなるか。