2007年倒産法I 講義の補充(2)

栗田 隆

2007年6月3日


賃貸借契約について

Q: 賃借人が破産して、なおかつ破産管財人が履行を選択する場合(破産法53条1項、78条2項9号)、賃貸人が賃借人に対して有する賃料債権は、公平の観点から、財団債権になると思います(148条1項7号)。この場合、どこからの賃料債権が財団債権として保護されるのかがわかりません。破産手続開始決定後なのか、破産手続開始決定後破産管財人が履行選択した時点からなのか…。

A: 賃貸借契約は、破産手続開始時において双方未履行の状態にありますので、破産手続開始後の期間に係る賃料債権は、破産管財人が履行の意思表示をする前の期間に係るものであっても、財団債権になります。

ただし、この点は、見解が分かれていることに注意してください。

  1. 破産手続開始後の賃料債権のみが財団債権になり、開始前の期間に係る賃料は破産債権になるとする見解([山木戸*1974a]122頁)。あるいは破産手続開始後の賃料債権は財団債権になると述べるにとどまる見解([三谷*2006a]203頁、[谷口*1976b]185頁、[加藤*2006a]236頁)。
  2. 破産手続開始前の未払賃料も含めて148条1項7号の財団債権になるとする見解([伊藤*破産v4.1]264頁)

Q: その(条文の読み方の)根拠は、どこにあるのでしょうか?

A: 売買契約のようないわゆる非継続的契約、つまり一定の期間を区切って、期間ごとの双方の履行の有無を考えることができないものについては、当該契約から生じた相手方の債権全体が財団債権になります。しかし、期間を区切って双方の履行を考えることができる契約については、破産手続開始前の期間と開始後の期間とにわけて考えるのがよいと思います。この考えに従い、破産手続開始後の期間に係る賃料は、財団債権になると考えます。

条文の文言解釈の点からは、8号の適用ある種類の契約については、8号の場合と同様に、破産手続開始時点を基準にして、それ以降のものは財団債権になると理解したらよいでしょう。そして、破産管財人による選択がなされるまでの期間の賃料はいずれにせよ財団債権になりますので、選択がなされてから、7号又は8号の規定により財団債権になると考えれば足ります。

なお、破産手続開始後で、管財人が履行または解除の選択をするまでの期間の賃料について、これを148条1項4号により財団債権になるとする見解もあります([宗田*2005a]157頁注9)。確かに、賃借物が天災等により滅失し、これにより賃貸借契約が終了する場合については、7号にも8号にも該当しないという意味で、4号に該当すると解する余地もありますが、この場合は、8号の類推適用と考えてよいでしょう。

Q: 148条1項7号により、財団債権として保護されるのは、破産手続開始決定後の賃料債権だと考えるとすると、レジメのように、破産手続開始前の賃料債権の取扱はどうなるのか、という問題意識が出てくると思います。先生は、55条2項を類推適用して、破産手続開始前の賃料債権も財団債権として保護すべきだ、と述べられていましたが、この場合の「類推適用」は、何を「類推適用」しているのでしょうか。継続的供給契約でない賃貸借契約に55条2項を直接適用することはできないから、類推適用ということになるでしょうか。だとすれば、55条2項類推適用の結果、財団債権として保護されるのは、破産手続開始申立後・破産手続開始決定までの賃料債権ということになるのでしょうか。

A: その通りです。55条1項の適用される代表例は、電気・ガス・水道・電話などのライフライン供給契約です([小川*2004a]83頁)。これらについては、次の特徴があります。

  1. 大まかにいって、事業者は、債務者の生活領域に立ち入って威力を用いることなく、事業者の支配領域内の措置により、供給を停止することができます。典型例は、電話です。
  2. 法律で契約締結の強制が規定されている場合があります。

後者の点については、例えば水道法15条(給水義務)が次のように規定しています。

1項「水道事業者は、事業計画に定める給水区域内の需要者から給水契約の申込みを受けたときは、正当の理由がなければ、これを拒んではならない。」

3項「水道事業者は、当該水道により給水を受ける者が料金を支払わないとき、正当な理由なしに給水装置の検査を拒んだとき、その他正当な理由があるときは、前項本文の規定にかかわらず、その理由が継続する間、供給規程の定めるところにより、その者に対する給水を停止することができる。」

そこで、破産管財人が破産手続開始後の水道料金を財団債権として支払うと述べて給水契約の申込みをしたときに、水道事業者は、破産手続開始前の水道料金の不払いを理由に契約締結を拒絶することができるか、という問題が生じます。このような問題の解決のために、最初は昭和27年会社更生法104条の2に現行破産法55条と同趣旨の規定が置かれ、これが平成16年破産法にも取り入れられたのです。ここで念頭に置かれている継続的供給契約の代表例は、電気・ガス等でありますが、条文の文言上は、これに限定されていません。

不動産の賃貸借契約については、賃貸人がその義務の履行を拒むことは、電気・ガス等の供給拒絶のようには簡単にはいきません。また、契約の締結強制を定める規定もありません。したがって、賃貸借契約には55条1項の適用はないとする見解が有力です([伊藤*破産v4.1]264頁注63、[加藤*2006a]233頁)。

しかし、適用が明示的に排除されているのは労働契約のみであり、また、賃貸借契約について類推適用まで排除して破産手続を適正に行うことができるだろうかという心配はあります。
 ()破産会社が賃借建物で業務を行っていて、破産管財人が管財業務を行うために、一定の期間その建物を利用することが必要不可欠であるという場合を考えてみます。破産管財人は、賃貸人から確答を催告されれば、期間を限定してであれ、履行を選択すると答えざるを得ません。このような場合には、破産管財人が賃借建物の利用を必要とする状況は、ライフラインを必要とする状況と似てきます。そこで、破産管財人が履行を選択した場合には、破産手続開始申立てがなされた日の属する期間以降の賃料債権を財団債権として保護してあげてよいだろうという価値判断で、55条2項の類推適用を認めることにしました(少数説です)。破産管財人が賃借物を利用する事情は様々でしょうが、あまり詮索していても煩瑣でありますので、それ相応の必要があって賃貸借契約の履行を選択したのでしょうから、破産手続開始後の賃料債権のみならず、開始申立ての日の属する期間以降の未払賃料債権も財団債権になると考えました。
 ()さらに、破産手続開始前に賃貸人が解除権を取得していたが、まだ解除をしていないという状況では、その解除権の行使を阻止する必要があります[1]。ここでは、55条1項の類推適用も必要となるでしょう。この類推適用は、次のことを意味します:破産管財人が履行を選択した場合には、その解除権は消滅し、破産手続開始後に解除権が行使されていた場合には、解除権行使の効果も消滅する。解釈論としては、ここまで進んでよいと思いますが、授業ではここまでは言いませんでした。
 ()破産手続開始前に解除権が行使されていた場合に、55条1項の類推適用により賃貸借契約を復活させることは難しいでしょう。賃料不払いを理由に賃貸借契約が解除されてから現実の明渡しまでに長期間を要する場合があり、破産手続開始申立後・開始決定前の賃料債権及び損害賠償債権を財団債権にしただけでは、賃借権の復活により賃貸人が被る不利益とのバランスがとれないと考えられるからです。

整理しますと、破産管財人が賃貸借契約の履行を選択した場合の破産手続開始後の賃料債権は、148条1項7号の規定により財団債権になりますが、破産手続開始前の賃料債権の取扱いについては、次のような選択肢があります。

  1. 破産債権説  開始前の期間に係る未払賃料債権は破産債権になる
  2. 財団債権説  破産手続開始前の未払賃料債権も148条1項7号の財団債権になる
  3. 55条類推適用説  破産手続開始申立後・破産手続開始前のものが55条2項の類推適用により財団債権になる。

Q: 破産手続開始前の未払賃料も財団債権になるとする見解(財団債権説)の根拠は、何なのでしょうか。

A: 形式論でいきますと、非継続的契約については、履行の選択により、当該契約から生ずる相手方の債権が全部財団債権になりますので、それと同様に扱うと言うことでしょう。実質論はわかりません。ただ、思い付くままに状況設定をして、考えてみましょう[2]。

)財団債権説に従えば、破産管財人が履行を選択する際には、破産手続開始前の未払賃料額を確認することが非常に重要になります。未払賃料額が高額になれば、賃貸人がすぐに解除するのが通常ですが、賃料増額請求がなされ、増額を正当とする裁判が確定するまでの間賃借人が相当の認める賃料を支払っている場合には、未払賃料額が大きくなる場合があります(借地借家法11条2項・32条2項)。また、賃料債権について仮差押えの執行がなされ、賃借人が賃料を供託せずにいたため未払賃料が高額になっていることもあり得るでしょう。

)破産管財人が賃貸借契約の履行を選択する代表例は、破産者が借地上に建物を有している場合に、破産管財人がその建物を借地権付で売却するときです(借地権の譲渡について借地借家法19条1項所定の裁判所の許可が得られることを前提にします)。(α)全額が財団債権になるとの見解の下では、破産管財人は未払賃料を弁済したうえで賃借権を譲渡することになり、結論は明確です。(β)破産手続開始後の賃料債権のみが財団債権になるとする見解の下では、賃借権の譲受人は破産手続開始前の未払賃料について弁済義務を負わないとしないと、首尾一貫しません。問題は、この結論が、賃借人が破産していない場合の賃借権の譲受人の義務に関する一般論と調和するかどうかです。いくつかの文献をみたのですが、この点に関する議論を見出すに至っていません。賃借権の譲渡は賃借人の地位の承継であると考えて、その点を厳格に貫くと、賃借権の譲受人は、譲渡人の未払賃料債務も承継することになるでしょう。破産の場合は、その例外とすることができるかどうか。実際上は、借地権譲渡の承諾に代わる許可の裁判の中でこの点も整理されることになるでしょうが(借地借家法19条1項・2項)、その裁判の際に未払い賃料があることをどのように考慮するかに影響するでしょう。

破産手続開始決定後の登記について

Q: 1号仮登記は、権利変動の実体的要件を充足しているものであるから、破産手続開始後になされたものであっても、登記権利者が破産手続開始について善意の場合には、破産手続との関係においてもその効力を主張することができる(49条ただし書)ということを教わりました。ところで、現在私が使用している教科書(「倒産法概説」弘文堂P177)には、それとは別個に、破産手続開始前に1号仮登記がなされ、破産手続開始後に本登記がなされた場合についての説明があります。そこでは、1号仮登記は、権利変動の実体的要件が破産手続開始前に充足されているから、手続開始前に1号仮登記を備えていた場合、手続開始後に本登記を経た権利者は、本登記の効力を破産手続との関係においても主張することができるとされています。これ自体については理解できるのですが、上記の内容は、どの条文から導かれるものなのでしょうか?

A: 不動産登記法106条(仮登記に基づく本登記の順位)によります。


注1  賃貸人が破産手続開始前に発生した解除権を破産手続開始後に行使した場合に、破産管財人が民法545条1項ただし書の第三者に該当すると主張して原状回復を拒むことができるかという問題が派生しますが、賃借人は目的物について処分権限を取得することはありませんので、この選択肢は考慮しないことにします。

注2  その外にも、どのように考えたらよいのか迷うことがあります。破産者が営業者で、破産管財人が管財業務を行うために破産者が賃借した不動産を引き続き賃借する必要がある場合を考えてみましょう。賃料が月額200万円、敷金・保証金によってカバーされない未払賃料が1000万円あり、管財業務のために12ヶ月間の賃借が必要であり、賃貸借契約を解除して他に賃借不動産を求めると、賃料が月額220万円、移転費用が400万円かかるとします。破産債権への配当率を1割と仮定します。この場合には、破産管財人は賃貸借契約の履行を選択することになるのか、解除を選択することになるのかを考えてみましょう。

) まず、期間の定めのない賃貸借で、6ヵ月前に解約申し入れをすることが必要であると規定されていたとします(借地借家法27条参照)。賃貸人から確答の催告があった場合に、破産管財人が1年後に賃貸借契約を終了させたいと述べた場合に、これは53条の解除があったとみるべきか、履行を選択した見るべきか。(α)破産債権説の下では、解除とみても履行とみても、財団債権の範囲は同じですので、契約終了により賃貸人に生ずる不利益を賠償すべきか否かの点に焦点を絞って評価を定めればよいでしょう。この場合には、その必要はありませんので、履行の選択と評価してよいでしょう。(β)財団債権説の下では、履行と評価するか解除と評価するかで、大きく異なります。破産前の未払賃料を財団債権にしないために、是非とも契約の解除と評価したいところですが、この解除による契約終了は、約定の解約権の行使による契約終了とほとんど同じであり、また、この解除により相手方に賠償すべき損害が生ずることはありませんので、契約の履行の選択と見るべきでしょう。しかし、そうなると、破産手続開始前の未払賃料も財団債権になり、破産財団に不利になりますので、破産管財人は即時解除をして破産前の賃料債権が財団債権となることを回避すべきことになります。

) 期間の定めのある賃借権で1年後に期間が満了する場合も、破産管財人は(a)の場合と同様な選択をすることになるでしょう。

) 期間の定めのある賃貸借で、5年後に期間が満了する場合を考えてみましょう。(α)破産債権説の下では、破産管財人は、(a)の場合と同様に、1年後に契約を終了させるとの意思を表示することになりますが、約定期間前の契約終了により、賃貸人には、賃料収入を得る機会を逸失するという不利益が生じ、この不利益は、54条の規定により賠償されるべきものですので、この意思表示は、解除と評価すべきです。賠償すべき金額は、賃貸人が新賃借人を見いだすのに通常要する期間を1年と見て、200万円×12ヶ月=2400万円であるとすれば、破産財団からその1割の240万円が配当されるべきことになります。(β)財団債権説の下では、履行より解除の方が有利であるので、解除を選択することになりますが、上記の意思表示を解除と解する根拠をどこに求めるのかが問題となります。もし、約定期限前に契約を終了させるのであるから解除であると評価するのであれば、破産管財人は、賃貸人からの確答催告に約定期限の1日あるいは1週間前に契約を終了される旨を回答すればよいことになり、それにより破産手続開始前の未払賃料が財団債権ではなく破産債権になるという大きな違いが生じます。そうなれば、この見解は、些細な違いが大きな違いをもたらす可能性のある解釈論ということになるので、別の解決を検討することが必要でしょう。財団債権説の下では、やはり、破産管財人は直ちに契約を終了させるという意味での解除を選択すべきであるというのが、無難でしょう。