著作権法75条の前注

関西大学法学部教授
栗田 隆

1996年6月29日初稿 / 1996年7月29日改稿


目次資料検索著作権法第2章第10節

1 権利公示の必要性

権利はすべて観念的なものであり、直接目で見たり、触ることができるものではない。その観念的な権利の所在・内容を把握しやすくするための一つの方法として、登記ないし登録制度がある。その代表的なものは、不動産の登記制度であり、著作権登録制度もその一つである。

著作権は、著作物の創作とともに発生するのであり(17条2項)、その登記は著作権の効力発生要件とはされていない。他方で、著作権は譲渡可能な権利とされており、例えば、著作者Aが創作により取得した著作権をBに譲渡した後で、同じ著作権をCに譲渡した場合、現在の著作権者はBであるのかそれともCであるのかという問題が生ずる。こうした問題を解決するために、著作権法は、著作権の譲受人は権利取得の登録を経なければ、権利取得を第三者に対抗できないものとしている(77条)。したがって、前記の設例において、BもCも著作権の移転の登録を得ていない間は、互いに著作権を主張することができず、したがって、互いに相手方の複製行為に対して、それを自己に帰属した著作権の侵害行為であるとして損害賠償することも、差止め(112条)を請求することもできない。自己の著作権を相手に主張(対抗)するためには、著作権移転の登録が必要である。この意味で、権利移転の登録は権利移転の対抗要件であると呼ばれる。

2 登録制度の公示機能

著作権に関する登録は、著作権登録原簿に記載してなされる。登録簿には、次の事項が登録され、それらを公示する機能を果たす。

  1. 著作権自体の公示
    1. 実名の登録(75条
    2. 第一発行年月日の登録(76条
    3. プログラムの著作物の創作年月日の登録(76条の2
  2. 著作権を巡る各種の法律関係の公示
    1. 著作権の移転・処分の制限の登録(77条1号)
    2. 著作権上に設定された負担(質権)の設定、移転、変更、消滅または処分の制限の登録(77条2号)

著作権は存続期間が限定されており、その終期の決定につき著作者の死亡年または公表年等が起算点として用いられているので(51条以下)、1のa−cの事項が重要な登録事項となる。これらの事項の記載に公信力(登録を信頼して著作権取り引きを行った者は登録の記載にしたがった権利を取得するという効力)を付与することはできないが、登録制度を実効性のあるものにするために、それらの記載には推定力が認められている(75条3項・76条2項・76条の2第2項)。

3 登録手続きに関する規定

 著作権登録に関する規定は、著作権法75条以下のほかに、次の法令にある。

4 民事執行との関係

4.1 強制執行との関係

著作権に対する金銭執行、つまり金銭債権の満足のために債務者に属する著作権に対して行う強制執行は、その他の財産権に対する執行として、「債権執行の例」により行うものとされている(民事執行法167条)。

一般に、金銭執行は、目的物の差押え、換価、配当の3段階を経るが、執行対象の差異に応じて執行の具体的方法が異なってくるのは、差押え・換価の段階である。配当は、執行機関が裁判所であるか執行官であるかによって若干の差異はあるが、基本的には同じである。著作権の差押え・換価の方法の要点は、次のようになっている。

著作権登録制度は、実際には、あまり利用されていないと言われているが、執行売却においては、買受人に確実に権利を取得させることが必要であるので、執行売却の前提として、著作権登録がなされ、差押えの登録がなされていることが必要である。では、執行申立ての時点において執行対象たる著作権について登録がまったくなされていない場合には、どうなるか。

同様な問題は、不動産の強制競売の場合にも生ずる。表示の登記のない不動産について強制競売が申し立てられた場合について言えば、次のようになる。表示の登記は職権でなすことができるが(不動産登記法25条の2)、それでも登記事務に必要な書類はできるだけ登記を求める者に提出させるのがよいので、執行裁判所の裁判所書記官が差押登記(処分の制限の登記)を嘱託する場合、不動産登記法104条2項により101条2項が準用され、測量図等の添付が要求され、競売申立債権者はそのための図面を執行裁判所に提出すべきものとされている(民事執行規則23条2号)。測量図等を添付して差押登記の嘱託がなされると、登記官は、まず当該不動産の表示登記をなし、それから、104条1項により債務者名義の所有権保存登記をなして、差押えの登記をなすことになる。

では、未登録の著作権に対して金銭執行が申し立てられた場合は、どうか。著作権登録制度についての参考資料が少なく、登録制度自体について誤解をしていることを恐れつつ、誤りがあれば叱正していただくことにして、筆を進めると、次のように考えてよいであろうか。

  1. 不動産登記法104条の類推適用
    著作権法施行令には不動産登記法104条に相当する規定はないが、権利公示制度としての基本的性格を共有する同法のこの規定を類推適用して、執行裁判所から差押えの登録の嘱託があった場合には、対象著作物のための登録用紙を作成し、著作権登録原簿に編入して、表題部表示欄に著作物の題号等必要事項を記載する(この場合に、著作者の氏名は、債務者の氏名となる)。そして、事項区には差押えの登録を記載する。
  2. 債権者代位による「著作権登録」の可能性
    不動産の場合には、金銭債権の保全のために債権者が債務者に代位して所有権保存登記を申請することも認められている(不動産登記法46条の2、[幾代=徳本1994a]96頁、[遠藤=青山*1994a]123頁以下)。同様なことが著作権の登録についても可能であれば、債権者は「著作権登録」をした上で、その著作権に対する金銭執行の申し立てをすればよく、この場合には、不動産登記法104条の類推適用は必要なくなる。著作権法施行令29条は、債権者代位により著作権等の登録を申請することを認めている。ただ、この規定によって、不動産の所有権保存登記に相当することを債権者がなしうるかのは、必ずしも明瞭ではない。

未登記不動産の強制競売の場合に不動産登記法104条所定の方法が通常であることも考慮すれば、第一の方法によるのが確実であろう。

4.1.1 コンピュータプログラムの著作権に対する強制執行

コンピュータプログラムの登録制度は、他の著作物の著作権の登録制度とは、趣を異にする。そこでは、プログラムが著作者の創作物であり他人の著作物の模倣ではないことを明確にするために、創作年月日の登録制度が設けられている(76条の2)。この登録制度の趣旨を実現するために、登録の際にプログラムの複製物(プログラム登録施行令3条により、マイクロフィルムに複製したもの)の提出が要求されている。このプログラムは、ソースコードでも、コンパイル後のオブジェクトコードでもよいとされている。登録簿に記載された事項は、登録制度の目的上当然に公開されることになるが、他方で非公開プログラムは、特にそれがソースコードで表現されている場合には、重要な営業秘密である場合もあり、秘密保持が重要となる。この秘密保持は、次のような形ではかられている。すなわち、「何人も、文化庁長官に対し、プログラム登録原簿のうち磁気テープをもって調製した部分に記録されている事項を記載した書類の交付を請求することができる」(プログラム登録法2条2項)が、プログラムの複製物は磁気テープには記録されない。したがって、その反面解釈により、プログラムの複製物は、公開の対象とはならないことになる。

プログラムの複製物の提出は、プログラムの同一性判断の重要な要素でもあるので、創作年月日登録に限らず、いかなる登録の場合でも、最初に登録する場合には、プログラムの複製物の提出が必要とされている(プログラム登録法3条)。

プログラムの複製物の提出は、未登録のプログラム著作権に対して金銭執行が申し立てられ、執行裁判所が差押えの登録の嘱託をなす場合にも必要となろう(著作権法施行令15条2項参照)。それは、執行債権者が執行裁判所に提出すべきものであろう。そうだとすると、執行債権者がそれを何らかの方法により得ることができない限り、金銭執行はなしえないことになる。市販のプログラムについては、実行形式のコードをダンプすれば、オブジェクトコードは比較的容易に得られよう。そのオブジェクトコードにより特定されたプログラムがすべて債務者の著作物である場合には、問題は比較的簡単である。この場合でも、

が問題となるが、この場合の債権者によるマイクロフィルムへの複製は、債権者代位に基づく登録のための複製であり、適法と言うべきである(民法423条、プログラム登録法施行規則29条、著作権法施行令29条参照。私的使用のための複製と位置づけることもできるが、このように位置づける方がよいであろう)。

ところで、債務者の著作物として市販されているプログラムであっても、実際には、債務者の著作したプログラムと債務者が利用許諾を得ている他人の著作物とが混在している場合がある。典型的には、コンパイラーメーカーが提供している各種のサブルーチンプログラムが含まれている場合がそうである。

が問題となる。結論から言えば、市販されている状態のプログラム全体をマイクロフィルムに複製することが許されるとすべきであろう。なぜなら、

  1. 第三者が著作権を有する部分を債権者が認識することは非常に困難と思われ、分離を要求することは、執行の否定につながる。
  2. 債務者が第三者の許諾を得てその著作物を取り入れた自己の著作物を制作した場合、債務者の著作物は、第三者の著作物を取り込んだ状態でのそれである(もちろん、第三者の著作物に債務者の著作権が及ぶという意味ではない) 。第三者の許諾が消滅しない限り、債務者はその著作物全体の複製をなしうる(例えば、映画においての許諾を得て他人の音楽が使用された場合に、その音楽を含んだ状態の映画が著作物であり、音楽著作権者の許諾が存続している限り、著作権者はその状態の映画の複製をはなすことができる)。それゆえ、債権者は債権者代位権に基づいて登録のための第三者のプログラムを含んだ状態で債務者の著作物をマイクロフィルムに複製することができると解してよいからである。

4.1.2 マルチメディア作品に対する強制執行

数値計算のためのプログラムや文書作成用ソフトや表計算ソフトも、アイコンや警告のためのテキストを含んでいるが、これらは作品全体としてみればやはりコンピュータプログラムと見てよいであろう。しかし、ゲームソフトやエデュテイメントソフトのように、多数の音や画像を含み、作品全体として見れば、プログラムというより、映画や美術といった他の種類の著作物(著作権法10条1項参照)と見ることもできる場合には、どのように考えて良いであろうか。

今、次のような特質を有する作品をマルチメディア作品と呼ぶことにしよう(マルチメディアについての通常の定義よりかなりゆるやかな定義となっているが、それは問題設定との関係でこの定義で十分だからである)。

  1. コンピュータ上で使用される作品であり、それゆえコンピュータプログラムを含んでいて、
  2. プログラム以外に、テキストや画像、音声等のデータを含んでいて、
  3. これらが一体となってプログラムとは異なった一つの作品を形成している作品。

このような複合的作品は、同時に、

という特質を有することになる。もし、この特質を有さないのであれば、個々の構成要素に分解して著作権法上の取り扱いを考えれば足りよう。

マルチメディア作品の著作権に対する強制執行の構成
問題は、このようなマルチメディア作品の著作権に対する強制執行の方法をどのように構成するのがよいのかということである。具体的には、次の2つの選択肢が考えられる。

  1. 作品全体をプログラム以外の著作物として差し押さえることができるのか、
    その場合に、
    1. プログラムの部分の差押えは不要になるのか、あるいは
    2. やはり必要なのか
  2. プログラムを含む以上、常に作品全体をプログラムの著作物として差押えなければならないのか、
    その場合に、
    1. マイクロフイルムに複製して提出することが必要なのは、固有のプログラム部分なのか、あるいは
    2. 画像データ等の部分もコンピュータに一の結果を出させるために必要であるかぎり、マイクロフィルムに複製して提出することが必要なのか

問題の解決には、各部品について第三者が著作権を有する場合の取り扱いから検討していくのがよいであろう。

これらのことから、構成部分がすべて債務者の著作物である場合も含めて、前述の「執行方法の構成」のうちの2 の選択肢は採用できないとしてよいであろう。それゆえ、1 の選択肢を採用することになる。

ともあれ、プログラムが債務者の著作物でない場合には、プログラムの著作権の差押えはできない。この場合には、マルチメディア作品の執行売却による買受人は、プログラムの著作権者から利用許諾を得たり、あるいは、同等の機能を有する別のプログラムでもって置き換えたりする余地がなお残されており(この部品の置き換えが許されるかについても議論の余地はあるが、肯定すべきであろう)、マルチメディア作品の執行売却はなお可能である。

プログラムが債務者の著作物である場合に a, b いずれの選択肢をとるべきかが問題となる。この問題は、プログラムの部分を差押えなかった場合に、どのような結果になるとすべきかという問題に置き換えてよいであろう。あるマルチメディア作品に用いられている債務者のプログラムが汎用性の高いものであり、画像等のデータを置き換えれば別のマルチメディア作品を作成することができる場合に、マルチメディア作品の著作権の差押えの効力がプログラムの著作権の全部に及ぶとすることは、行過ぎのように思われる。債務者が同一のプログラムを用いたマルチメディア作品を複数制作している場合を想定すれば、そのことは明瞭である。このような場合には、プログラムの著作権は、それ自体で独立した財産的価値があり、マルチメディア作品の著作権とは別個の執行対象になるとすべきであろう。しかし、マルチメディア作品の著作権を差し押さえて執行売却しても、買受人はプログラム部分について何の権利も得ることはないというのでは、プログラムを含んだマルチメディア作品の複製もできないことになり、したがって執行売却の対象としてのマルチメディア作品の財産的価値は半減してしまう。この場合には、当該マルチメディア作品の複製、翻案、有線送信等に必要な範囲で買受人はプログラムの複製、翻案、有線送信等ができ、その権限はその後におけるプログラム著作権自体の譲渡等によっては影響を受けないとすべきであろう。 その場合の法律関係の構成については、

  1. アメリカ法にしたがって債権的利用許諾はその後における著作権の譲渡によって影響されないとする構成と、
  2. プログラムの著作権がマルチメディア作品の複製、翻案、有線送信等に必要な範囲で一部譲渡されたとする構成(目的により限定された一部譲渡)

いずれの構成をとっても大差はないが、日本法の解釈論として承認されるには、まだまだ時間のかかる問題点を含んでいる。

こうした問題点があるにもかかわらず、私としてはいずれかの構成が採用されるべきであると考えたい。いずれの構成が良いか問われれば、マルチメディア作品の著作権の買受人がさらに譲渡する場合のことを考えれば、第二の選択肢となろう。

とはいえ、差押債権者にとって最も確実な権利実現方法は、マルチメディア作品と共にその部品であるプログラムも差し押さえて、一括売却することである。

4.2 担保執行との関係

著作権に設定可能な担保権は、質権である。質権の実行には、質権の存在を証明する次のいずれかの文書を提出することが必要である(民執法193条1項・181条1項)。

  1. 質権の存在を証する確定判決等の謄本
  2. 質権の存在を証する公正証書
  3. 質権の登録がされている登録簿の謄本

上記の3番の文書が提出される場合には、すでに著作権登録がなされているので、同一著作物の登録用紙(著作権法施行規則第6条参照)に差押えの登録を記載することになる。その他の文書が提出された場合には、質権の登録がなされていないことが多いであろう。その場合には、強制執行の場合について述べたことが妥当しよう。

5 著作物の同一性と二重登録の防止

一般に、権利関係を公示する登記簿・登録簿については、権利の客体ごとに一つの公示用紙を作成する物的編成主義を採用するのが望ましい(不動産登記についてであるが、物的編成主義と人的編成主義との対立につき、[鈴木*1974a]329頁以下参照)。そのような公示簿の代表例は、不動産登記簿である。のみならず、公示機能の維持のためには、同一客体について二重に公示簿が作成されないようにすることが必要である。

著作権登録簿も一つの著作物ごとに一組の登録用紙を備えるものとされており(著作権法施行規則6条)、物的編成主義を採用していると理解してよいであろう。しかし、客体の性質上、その同一性の判断は、不動産の場合より、格段に困難となろう。例えば、ある著作物が最初「A」という題名で出版された後で、題名のみを変えて「B」という題名で出版され、それぞれについて異なる譲受人への権利移転登録の申請がなされた場合に、それを登録審査の段階で防止することはおそらく困難であろう。実体的には同一の著作物について登録原簿上は異なる著作物として二重に移転登録される危険性が高いのである。

こうしたことを考慮すると、著作権登録制度は、その客体の性質自体により権利公示制度としては不完全なものになるといわざるをえない(同じ無体財産権でも、特許権の場合には、特許維持のために少なからぬ特許料の支払いが必要であり、登録審査が著作権の場合より格段に厳格であるために、こうした問題が生ずる可能性は、はるかに少ないであろう)。そのことを前提にして具体的な解釈論を考えるならば、前記の実質的二重登録の場合には、「A」または「B」の題名で先に移転登録を得た者が保護されると割り切るべきであろう。それは、他方の題名で後から移転登録を受けた者は、先に移転登録された異なる題名の著作物が実質的には同一著作物であるか否かを調査する責任を負うことを意味する。

6 著作権の一部譲渡の登録

著作権の一部譲渡は、61条により認められているので、少なくとも、21条から28条に掲げられた権利(支分権)の譲渡の移転登録は認めなければならない。問題は、それ以上に著作権を細分して譲渡することを、登録制度との関係で認めることができるかである。

不動産物権については、物権法定主義の原則があり、法定物権以外の物権の創設は許されず、たとえその合意をしても、その登記は認められていない。不動産の支配関係が錯雑になるのを防止することが重要な目的であるが、それは同時に登記簿の記載の簡素化も目的としていると言ってよいであろう。同様な考慮は、著作権登録にも妥当しよう。しかし、だからといって、一部譲渡は、支分権を単位にして支分権全体の譲渡のみが許されるというのでは、硬直的すぎよう。不動産については、地上権の設定が認められており、地上権の存続期間は、当事者間の合意により定めることができるものとされている(民法268条参照)。著作権の支分権の期間限定譲渡(ないしは、一定期間経過後に原著作者に当然に復帰するという特約付の譲渡)を認めることは、機能的には、地上権のような制限物権設定を認めるのと同じである。その程度の柔軟性は著作権についても認めるべきであり、また、登録簿の公示機能の点からも許容範囲内というべきであろう。それ以上の細分化ないし条件付譲渡が認められるか否かの検討は、ここでは留保しておこう。