Web出版における引用について |
1996/3 初稿
通常の出版物と同様に、Web出版においても、他人の著作物を引用することがあり、著作権法上の問題が生じうる。ここでは、通常の出版物における引用の問題には立ち入らずに、Web出版における引用の問題に焦点を当ててみたい。
著作権者は、その著作物について複製権(他人の複製を禁止する権利と複製を許可する権利・著作権法21条)や有線送信権(著作権法23条)を有しているが、その権利に対する制限として、著作権法32条により一定範囲で引用が認められている。他人の著作物の利用行為が複製や有線送信にあたるならば、引用として許容されるか否かが問題となる。他方、複製や有線送信にあたらなければ、引用にあたるか否かを問題にする必要はない。単なる参照指示は、著作物の複製を伴わないので、引用にはあたらない。
Web出版において、著作権法32条の意味での引用にあたるのか否かが問題になりうるものとして、次の3つが考えられる。
以上の内で、1番は通常の出版物における引用と同じであり、ここでは立ち入らない。2番と3番が検討対象となる。
今、これらの行為をしている者を「利用者」(他人の著作物の利用者)と呼び、利用されている文書のリンク先ないしはソースファイルの保持者を「提供者」(著作物の提供者)と一括しておこう。利用者は、いずれの場合も、何の複製行為もしていない。他人のファイルの有線送信もしていない。有線送信をしているのは、提供者である。利用者がしているのは、著作物の有線送信の依頼をなすべきことの指示ないし依頼の準備だけである(図1参照)。したがって、通常の出版物におけるような引用(その前提としての複製・有線送信)はないことになる。
それゆえ上記のようなリンクやソースファイルの指定はいずれも自由になしうることになりそうであるが、そのように言ってしまってよいかがここでの問題である。Web出版物が読者にどのように提示されるのか、そして著作権者の経済的利益が擁護されるのかも考慮して判断すべきであろう。
他人のHTML文書へのリンクが張られ、読者がそのホットスポットをクリックした場合には、その他人のHTML文書の全体がリンク元の文書から独立して読者に提示される。したがってこのリンクは、引用というより、参照指示と言うべきであろう。この参照指示に基づき読者がホットスポットをクリックしてリンク先に有線送信を依頼しているのである。
もっとも、リンク元の出版物が巨大で、多数のファイルに分割されていて、多数のリンクが張られ、リンク先として自己のファイルと他人Webサーバーのファイルとが混在している場合には、他人のHTML 文書がリンク元の出版物の一部のような印象を与える可能性がある。この印象は、リンク先の文書にアンカーが置かれ、読者に最初に提示されるのが文書の途中である場合に一層強まる。この場合には、他人のHTML文書へのリンクが引用にあたると評価する余地がないわけではない。しかし、読者に提示されているのは、他人のHTML文書の全体であり、読者は文書の先頭部分あるいは後尾部分を見れば、その文書の著作権者が誰であるかは容易に判断できる。また、リンク先のファイルの著作者は、タイトルとして自己の名前等を入れれば自己の文書の独立性を保つことができる。
それゆえ、他人のHTML文書へのリンクは、その複製や有線送信にはあたらず、したがって引用にもあたらないと言ってよいであろう。ただ、前段で述べた場合のように、読者にとってリンク元の文書とリンク先の文書との区別が困難となるように出版物全体が構成されている場合には、リンク元の文書においてその点の区別が明確になるように しておくことが好ましいであろう。
イメージあるいはJAVAアプレットのソースファイルとして、他人のファイルが指定されている場合には、事情は次のように異なる。
これらのこと、並びに、有線送信の依頼があれば送信するというWebの慣行を考慮すれば、イメージ等のソースファイルとして他人のファイルを指定することは、著作権法32条の範囲内でのみ許されるべきではなかろうか。 このことは、提供者の提供する著作物(HTMLで指定されたソースファイル)について第三者が著作権を有する場合(例えば、著作権フリーの表示のある著作物の場合)に、特に重要となる。著作権者は、通常、対価を支払った者にのみ有線送信を認めているのであり、それ以外の者が上記のような形で利用することになれば、著作権者の経済的利益が害される。
なお、これに関連して、著作権者から有線送信を認められた者は、他のサーバーのHTML文書に基づく有線送信の依頼には応じないように保護措置をとるべきか否かが問題となる。そのような保護措置が一般に普及しているHTTPサーバープログラムにおいて今すぐできるかというと、私の経験の範囲内では疑問であり、また、可能であるとしても、負担のかかることとなろう。現在の段階では、著作権者が提供者にそのような保護義務を明示的に課した場合を除き、一般にはそのような保護措置をとる義務はないと考えるべきであろう。
次に、「イメージ等のソースファイルとして他人のファイルを指定することは、著作権法32条の範囲内でのみ許されるべきである」との結論を法学的にどのように説明するかが問題となる。
イメージ等のソースファイルとして他人のファイルを指定することは、著作権法23条の本来の意味での有線送信行為(当該ソースファイの有線送信行為)にはあたらないことを前提にすると、著作権法23条の拡張解釈が必要である。同条の有線送信の概念には、著作物の利用者が有線送信する場合のみならず、HTML文書におけるソースファイルの指定により他人に自動的に有線送信させる場合も含まれると拡張解釈すべきである。
民法の領域であれば、この程度の拡張解釈はよくあることであるが、著作権法の領域で認められるかは問題である(注2)。見解の変更の余地のあることを留保しつつ、一応肯定しておきたい。
(注1)JAVAアプレットについてこれが可能なことにつき、ディセンバー(松田晃一・訳)『JAVA HorJavaを知る』(プレンティスホール、1996年)65頁参照。[本文に戻る]
(注2)斎藤博『概説著作権法(第3版)』(一粒社、1994年)18頁以下が、著作権法の諸命題の多くが事実の変遷の影響を強く受けることを強調しつつ、それに一般条項ないし不確定概念でもって対応するのは適当ではなく、「著作権法の諸規定には、民法のような一般法と異なり、ある程度の具体性が求められる」としている。その点からすれば、著作権法の規定の概念の拡張解釈には慎重になるべきことになろう。[本文に戻る]